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魔王、美少女、そして猫。
「目的と行動が間違ってませんかねえ」
 俺は魔王の頭上で欠伸混じりに言った。
 結構、頭の上って暖かいのな。最近の俺の定位置である。
 俺は一応、使い魔って存在だ。見かけはただの黒猫だけどな。
 すっげえ力を持ってんだぜ、使い魔だからな! まあ、癒し系の力というか、俺に触るヤツが笑顔になる呪いがかけられている。
 俺は自慢の長い尻尾でうちの色ぼけ魔王の後頭部をバシバシ叩いたが、ヤツの視線はある一点から離れない。
 巨大な鏡である。
 俺の美意識から言っても、世間一般的な美意識から言っても、うちの魔王はイケメンってヤツだと思う。
 無駄にサラサラストレートの銀髪、無駄に長い睫毛、形のいい鼻や唇、黙っていればそこそこいい感じだ。
 まあ、黙ってないからアホなんだけどな。
 で、鏡を何で見つめているかといえば、別に自分の美貌に見惚れているわけじゃない。
 そこに映し出されている女の子が問題なんだな。
 何だかよく解らんけど、その鏡は魔力を持っているらしい。
 どうやら魔王は随分前にこの鏡を近くの村で買ってきたらしい。骨董屋で見つけた珍品だ! ちょっと高かったんだぞ、とか浮かれていたが、何だよそれ、ぼったくられてんじゃねーの?
 魔王が普通に村で買い物すんなよ、脅し取れよ! 足元見られてんじゃねーか?
 まあ、うちの魔王はアホだからしゃーないわな。

 普通、魔王ってのは人間を襲ったり勇者に城を攻め入れられたりするのが当たり前だ。
 しかし残念ながら、コイツはあまり戦うことには興味はなく、この辺りの巨大な森を治めている領主みたいな存在だ。
 魔王って名前、捨てたらいいんじゃないだろーか。
 しかし最近はよからぬ野望ができた。
 鏡のせいだ。

 鏡は、どこか別の世界を映し出しているらしい。
 全く見たことのない光景がそこにはある。
 四角い建物がいっぱい並び、四角い乗り物が走り回り、たくさんの人間が行き交う街。
 それを毎日興味津々に見つめていた魔王が、ある少女に一目惚れした。
 黒くて長い髪の毛、茶色に近い瞳、大人しそうな雰囲気。
 多分、まだ十六歳とか十七歳とか、その辺り。
 友人らしき女の子と同じ仕立ての服を着て、毎日学校とやらに通うジョシコーセイらしい。何だか解らんけど、それが職業だな。
 確かに可愛い顔立ちだ。村で見かける勝ち気な娘なんかより、ずっと優しそうな雰囲気だ。
 その子はよく笑う。友達と買い物したり、歌を歌ったり。
 凄くキラキラした眼差しで飼い猫――使い魔か?――を撫でてる時なんか、くそ、俺も撫でていいんだぜ! とか言いたくなる。
 そんな彼女を一目見たときから舞い上がってしまったうちのアホ魔王は、最近悩んでいる。
「どうすれば彼女と恋仲になれるだろうか」
 と。
 無理じゃね?
 だって住む世界が違うんだからよ。
 しかし、アホは真剣な眼差しで鏡を見つめたまま呟く。
「よく、異世界から救世主を呼び出すとかあるだろう。あれで呼び出したらいいんじゃないだろうか」
「呼び出す理由は?」
 バシバシ。唸れ、俺の聖剣! 魔の尻尾よ!
「えーと、救世主だし、魔王退治かな……」
「おめーが倒されるのかよ!」
「じゃあ、悪政君主を倒すために」
「どこにそんな君主がいるんだよ!」
「じゃあ、魔物退治」
「おめーが統率してんじゃねーか。ワザと魔物を暴れさせて、それを助ける、なんて三文芝居をするわけじゃないだろうな?」
「あ、頭いいなあ」
「アホか」
 俺は魔王の頭で爪とぎしてやろうかと思った。「まだ向こうの世界におめーがいく方が展開としては面白いぜ。今さら、救世主として呼び出すとかありえ」
「向こうの世界」
「本気にすんな」

 時にアホの行動力は侮れない。
 アホ魔王は、向こうの世界に住む人間と似たような服を身につけ、厄介な魔術を三日三晩かけて完成させ、向こうの世界にいった。
 目的はナンパだ。

「あいどんとすぴーくいんぐりっしゅそーりーそーりー」
 彼女はアホに街角で話しかけられて、慌てたように笑いながら逃げた。凄い逃げ足。しかも、凄い笑顔。
 告白前に玉砕か、まあ、世の中ってのは無情だからな。元気出せよ。
 向こうの世界から戻ってきたアホは、しばらく自分の部屋にこもって出てこなかった。
 そして、やっと出てきたかと思えばこの世の地獄を見た、と言わんばかりの顔つき。
 うぜえ。
 湿っぽい。
 湿度上げられると眠くなるからやめて欲しい。
 全く、しょーがねえなあ。
 俺は魔王の使い魔だし。すっげえ力を持ってるしな!
 城の床にはまだ魔法陣が描かれたままで、向こう側に通路ができている。ちょっと遊んでくるか。
 なんて、軽く考えたのだ。

 俺は向こう側の世界に行き、猫好きらしい少女の前に姿を現した。
「黒猫ー。ノラかな?」
 彼女はほんわかとした笑顔を作る。
 そして、俺はニヒルな笑みを作りながら、ついてきな、と言いたげに一鳴き。
 魔法陣までいらっしゃーい。

 よし、王道な異世界召喚のいっちょ上がり!
 後はアホに任せるか……。

 と、思ったんだが。
 ちょっと失敗した。城に誘い込む前に彼女が道に迷った。
 たったあれだけの短い距離ではぐれるとか、ありえないだろ。
 しかも、道に迷った先で偶然、この国の王子と騎士に拾われてるんですケドー!

 俺はまだそのことを知らないアホのところに戻り、その頭上に登った。俺の定位置。
 どうしよう、いつ言おうかなあ。

 俺がぐずぐずしてる間に、アホは鏡を見た。
 そして、知った。
 王子に拾われた少女が、この国で大切に扱われていること。彼女はこの国の言葉が解らない。でも、王子とその側近が彼女に言葉を必死で教えていた。
 意志の疎通は難しい。でも、どちらも一生懸命だった。
 そして、アホは察したのだ。
 王子が彼女を憎からず思い、少女も恋心を抱いていること。
 いつもアホは鈍いくせに。一目惚れした彼女のことだから、だろうか。
 俺は、最大の失敗をしたのだ。
 結局、アホ魔王は何もできないまま失恋した。
 どうやら、初恋ってヤツらしい。
「ごめん」
 俺はアホの足元に頭をこすりつけながら言った。「俺が余計なことしたから」
「いいよ」
 アホは俺を抱き上げ、肩に乗せた。「最初の印象が悪かったし。逃げられたからな……」
 少しだけ、アホ魔王の表情に憂いとやらが見え隠れするようになった。少なくとも、アホには見えない。
「しかし、どうするかね」
 俺は鏡を見る。
 この世界にやってきた少女は、何だか厄介な事件に巻き込まれている。恋仲になった王子はいいやつだったが、その弟はよくないやつだったらしい。
 王位争いに巻き込まれて、少女は右往左往。しかも、少女の身を守っているイケメン騎士も、少女に惚れたらしい。
「元の世界に戻すにはタイミング悪いな」
 アホが苦笑する。
「様子見かあ」
 俺は魔王の頭上によじ登る。そして、丸くなって目を閉じる。
「ま、適当なところで彼女を自分の世界に送り返すよ。彼女の両親も探してるしな」
 魔王は静かに言うと、椅子に座ってため息をついた。


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