あっちもこっちも 「いえ、僕は庭師です」 困惑しながら彼に頭を下げると、不思議そうな表情が返ってきた。 「庭師?」 「はい、舞踏会に使う花の準備で忙しくて、泊まらせてもらうことに」 そこまで言った瞬間、彼が「マジか……」と顔色を悪くさせ、肩に担いでいた大剣を下ろした。 「すまない! お前、よくよけたな……」 何とも情けない表情で慌てて頭を下げる彼。僕はふと、そういえば風を切るような音が聞こえたかな、と思い出した。 顔を引きつらせた僕に気がついて、彼もさらに慌てる。 「ケガしたのか? その頬は」 「いえ、これは」 昨夜できた傷で――、と言うより早く、また別の男性の声がした。目の前に立っている男性の背後に、四十代くらいの男性の姿。 「どうした」 年配の男性の声は渋みのきいたもので、何となく安心感を与える。穏やかな声音と僕は感じたが、目の前の若い男性は明らかに緊張して振り向いた。 「いえ、何でもないです、団長!」 僕は彼らを交互に見やる。今は二人とも甲冑などはつけていないけれど、騎士団の人間なのは明らかだ。 そして、年配の男性は騎士団の団長ということか。 突然、若い男性は剣を柔らかな地面に刺して、空いた手で僕の肩をだいた。 何だ? と戸惑って彼の横顔を見ると、彼は強張った笑顔でこう言った。 「いや、剣の使い方を教えてくれって頼まれまして! ちょっと訓練を!」 何を言って……と訊こうとしたら、彼は僕の背中に手を回して、思い切りわき腹の近くをつねってきた。 「あはは、そうなんです!」 よっぽど「痛い痛い」と騒いでやりたかったけど、やっぱり騒ぎを起こすのは避けたかったから、必死に話を合わせた。 「訓練をつけてやるのもいいが、自分のための訓練も疎かにするなよ」 団長が親しみやすい笑顔でそう言い残して宿舎のほうへ消えると、そこで若い男性が安堵の息を吐いたのが聞こえる。 「やべえやべえ、素人を攻撃したのバレたら俺の首が飛ぶわ」 彼は小さく呟く。「物理的に」 「……は?」 僕が眉を顰めていると、彼がバンバンと僕の背中を叩いてきた。 痛い。 「悪かった悪かった! 話が通じる相手で助かった!」 「じゃあ、僕はこれで」 「まあ、待て」 この場を離れようとした僕の腕を掴み、彼は明るく続ける。「剣が扱えたほうが何かと便利だろう? 教えてやる」 「いや、僕は色々忙しくて」 「剣を教えてるって言っちまったし、団長にバレるとヤバいんだよ。今度、城の外で旨い飯をおごってやるから少し付き合え」 「えー」 僕の喉から本音の混じった声が漏れる。正直、めんどくさい。 「いいから!」 結局、彼に押し切られた。 魔術師に続いて、次は剣士? なんだかあっちもこっちも忙しい。 最近、ため息をつくことにも慣れた気がする。 若い騎士は、アイザックと名乗った。どうやら、この騎士団に入って間もないらしい。 「動き、いいな」 僕はアイザックから渡された細身の剣で、彼の持つ剣を叩くことに専念していた。 空はすっかり暗くなっていて、月が高く登っていた。宿舎から漏れる明かりもあって、小さな広場は充分明るかった。 「戦うのは苦手です」 僕は息を整えながら応える。 「誰かに剣を教えてもらったのか?」 「……父に。逃げるが勝ちと教わりました。だから、逃げ足だけは早いですが……」 「攻撃は苦手か」 アイザックは軽く僕の攻撃をあしらい、明るく笑った。「確かに、逃げるのは重要だ。どんなに格好悪くても、生きて帰らなくちゃいけないこともある」 さすがに息が上がってきて、きつい。返事をするのも大変だ。 「でも逆に、どんなに格好悪くても戦わなきゃいけない時もあるはずだ」 彼は何だか格好いい台詞を言う。つい、攻撃の手をとめて彼の顔をまじまじと見つめたら、そこに照れたような表情が浮かんだ。 「何だよ」 明らかに照れ隠しで乱暴な口調にしている。からかいたくなる衝動に駆られていると、宿舎のほうから聞き慣れない男性の声。 「お前らいい加減食事にしろ!」 騎士団の人間らしい男性が、窓に手を置いてこちらを見つめていた。 「おうよ!」 アイザックはそう叫ぶと、僕の手から剣を取って「お疲れさん」と労う。 うん、かなり疲れた。 ただ、気分のよい疲れかたではあった。 「庭師なのかよー」 「そのわりにはいい感じじゃん」 宿舎の食堂は意外に広かった。ほとんどの人間は食事を済ませた後なのか、食堂にいる姿は多くはない。 その少ない連中が、どうやら窓から僕たちの剣のやり取りを見ていたようで、食堂に入るとすぐに声をかけてきた。そして、質問責めにあう。 名前だったり年齢だったり経歴とか。何とか差し障りのない言葉で返事をしていると、アイザックが厨房のほうから二人分の食事を運んできた。 「腹減ってるんだから、質問はその辺にして食わせてやれよ」 と、アイザックは周りの連中をたしなめ、僕の前のテーブルに食事の皿が乗ったトレイを置いた。 「ありがとうございます」 僕は彼にお礼を言って、早速食べ始めた。 こんがり焼けた骨付き肉、野菜たっぷりのシチュー、大きなパン。どれも美味しい。 やがて、僕の存在に興味を失ったのか、騎士の皆はそれぞれの会話に戻っていった。 「団長が言ってたけど、警備を厳しくするらしいな」 「ああ、交代で街の巡回もするとか」 そんな会話が聞こえてくる。『盗賊』の話が伝わっているらしい、と耳を澄ましていた。 「暇な時間にまたこいよ」 ふと、目の前に座っていたアイザックがパンを千切りながら言う。 僕が視線を投げると、彼は自分自身の頬を指で撫でた。僕の傷跡のように。 「刃物だろ、それ」 「……」 「お前の腕じゃ誰かに襲われても戦えんだろうし」 「普通、庭師は戦いませんけどね」 僕がつい笑うと、彼は奇妙な表情で首を傾げて見せた。 「普通の庭師ならな」 [*前へ][次へ#] [戻る] |