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駆け引きか脅迫か
「ただの庭師ではないでしょう? あのカイト・ローズウッドの息子なら」
「何のことですか」
ジーンの表情がだんだんと凄みを出してきている。凄い圧迫感。
でも、僕も必死に睨み返す。
「あなたの父親は、今はどこにいるの?」
「は?」
「誰の命令でこの国を出たの?」
「何のことですか」
意味が解らない。
誰の命令で?
父は何の仕事で出かけたのか。どこに行ったのか。
だいたい、この国を出たのかすら僕は説明を受けていない。
「あなたの父親は、国王陛下とどんなつながりがあるの? 国王陛下の命令で動いているんじゃないの?」

僕は言葉を失った。
よく解らないことを言われている。
僕には答えられないことを訊かれている。
どうしたらいいか解らなかった。

「あなたは今日はもう、帰りなさい」
やがて、ジーンは酷く優しい声で言った。でも、その目は笑ってはいない。
「王女様たちは適当に誤魔化しておくわ。だから、できるだけ遠ざかっていて欲しいの。特に、クリスティアナ様から」
「……それは、もちろん」
僕は唇を噛んだ。
多分、そうした方がいいはずだ。父だって、僕が問題を起こすのを喜ぶはずがない。
それに父は……父は一体、今どこにいるんだろう。訊きたいことがたくさんあるというのに。

「仕事は続けたいんでしょ?」
魔術師はふと意地の悪い笑みを浮かべた。
僕は急に不安になって彼の整った顔を見つめ直す。
「王女様に近づく男の子として国王陛下に報告されて、大事にはしたくないわよね?」
「……脅しですか」
「イヤねえ、ちょっとした駆け引きよ」
「それって脅しと何が違うんですか」
眉を顰める僕のほうに、彼はゆっくりと近づいてくる。僕はじりじりと後ろに下がり、最終的には壁際へと追い詰められた。
「あなた、私の弟子になりなさい」
「は?」
顔の位置が近い。
ちょっと怖い。
「父親が帰ってくるまででいいわ。庭師の仕事が終わったら、空いている時間はここにくること」
「断ったらどうするんですか」
「あらあ。断れるわけないわよねえ」
彼は口元に手を当てて上品な笑みをこぼす。「宮廷魔術師って、結構権力があるのよ。実際に身をもって経験したい?」
「イヤです」
僕は肩を落とした。
何でこんなことになっちゃったのかな。よりにもよって、こんな変な人に目を付けられるなんて。
「きっと楽しくなるわよー」
彼は明るく笑ったが、楽しいのは彼だけだと思う。
僕は深くため息をついた。

そして、次の日。
僕が庭師としての仕事をこなすために城へとやってくると、もうすでに庭にはジーンの姿があった。
太陽が輝くその下で、彼は日焼けを避けるかのように黒いフードを目深にかぶっている。
いかにも怪しい。
近寄るのイヤだなあ、と思って足をとめたとき、遠くからクリスティアナ様の声が飛んできた。
「ちょっとぉ、変態魔術師、どういうことよ!」

城のほうから駆け寄ってくる足音が聞こえる。
それはもちろんクリスティアナ様で、青いドレスの裾を捲り上げて息巻いている。
「ちっ」
魔術師が舌打ちした。
「わたしが先に彼に目を付けたんだから! 勝手に変なことしないでよ!」
クリスティアナ様は顔を少し赤く染めて声を上げる。
……目を付けたって、どういう意味でだろう。
とりあえず深く考えるとヤバいことになりそうなので、僕はそれを聞き流した。

今日はいい天気だ。
現実逃避しよう。

「クリスティアナ様はお姉様たちとダンスの練習でもしたらいかが?」
魔術師がわざとらしく笑っている。
「してもいいけど、ダンスの相手が必要よ!」
「召使いたちを呼びましょうか」
「この子でいいじゃない!」
「あらあ、庭師がダンスを踊るなんて有り得ないわあ」
「何よ、ちゃんと教えるわよ!」

何か厄介だから、自分は自分の仕事をしよう。
僕は厩舎の近くにある小屋へと近づき、草刈り鎌やら枝切りバサミを持ってくると、早速庭の手入れをしようとした。

「変態魔術師、まさかあなた、男の子が趣味なの!?」
ガランガラン。
僕は手にしていた鎌などを落とした。あまりにもびっくりしたせいだ。
「あらあ、私はこう見えても女の子が好きよー」
ジーンはニヤリと笑って応える。
ちょっと安心した。女の子が好きなら、あんまり変態ではないのかも。
「個人的には、クリスティアナ様のような元気な子が好きです」

そして、微妙な空気が流れた。

「嘘ばっかり言わないで」
「嘘じゃないわよー。だから邪魔してるんじゃない。こんな馬の骨に手を出されないように見張らないといけないし大変だわー」
馬の骨ですか、僕。
僕が困惑しながら鎌などを拾い上げ、地味に仕事を開始させる。
その背後で二人は微妙な会話を続けていた。
「いっそのこと、クリスティアナ様は舞踏会に出なくてもいいんじゃないかしら。悪い虫がついたら困るし、ちょうどいいわ」
「何を勝手なことを。だいたい、あなたがわたしを好きなわけないでしょ! いつも嫌味ばっかり言うし!」
「可愛い子は虐めたくなるのよー」
「有り得ない! 絶対違う!」
「酷いわあ、信用されてないのね、私……」
そんなことを色々言っているうちに、どうやらクリスティアナ様は疲れてしまったらしい。
「もういい、部屋に戻るわ……」
と言い残し、城のほうへと歩いていった。
そして、クリスティアナ様の姿が消えると魔術師が呟く。
「チョロいわ」

……変な人たちだ。
僕がぼんやりとそんなことを考えていると、魔術師は僕のほうに目をやって意味深に笑う。
「そろそろお茶にしましょう」

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