紙包みの中身 その日、空が僅かに赤みが差して夕暮れが近づいてきた頃、クリスティアナ様がまた姿を見せた。 僕は一通り自分の仕事を終えて、厨房でおやつか何か貰えるといいなあ、なんてぼんやりと考えている時のことだ。 「あなたの部屋はどこ?」 気がつくとクリスティアナ様は木の影に佇んでいて、僕のことを見つめている。 「いえ、僕は通いでここにきています」 そう応えると、彼女はたたた、と僕に駆け寄ってきた。 「庭師の家、いきたいなあ」 「ダメです」 すぐに却下した。 このままここにいると、クリスティアナ様に絡まれる。 僕は厨房に寄ることは諦めて、彼女に頭を下げてから城の門へと向かって歩き出した。 「わたし、同じくらいの歳の友達がいないの。あなた、何歳?」 何歳かどうか応えるより先に、友達になんてなり得ないことを彼女に説明したかった。したかっただけで、実際には口にできなかったけれど。 「十六です」 「わたしより年上ね。わたしは十四歳だから」 「……」 少し歩調を速めて歩く僕の隣を、小走りで歩く彼女。 少し気まずい。 「ねえ、庭師」 「……何でしょう」 「明日も話そう」 ふと、僕は足をとめて彼女を見た。城からの脱走を手伝わせるつもりだろうか。 無邪気に笑う彼女の様子からは、どんな思惑が隠れているか見て取ることはできない。 ただ、あまり彼女に関わるのは得策ではないことは解る。 「おそらく、それを歓迎する人はいないでしょう」 僕は慎重に言葉を選んだ。「国王陛下の許可があれば別ですが」 「お父様は許すはずがないわね」 「それが正解です」 「でも、色々と相談相手が欲しいのよ」 「その役目は僕でないほうがいいでしょう」 「どうして?」 「何かの答えを求めているなら、経験豊富な大人に適うわけがないからです」 「大人は頭が堅いことが多いわ」 「経験の差です」 僕は静かに続けた。「もう一度、宮廷魔術師にご相談されては? 気分を落ち着かせるのにはメリルではなく、別の方法を知ってるかもしれないですよ」 「……あ、そうか」 彼女は初めてそれに気がついたようだ。びっくりしたように目を見開いた後、小さく唸った。 「でも、あの変態と話すのは疲れるのよねー」 彼女はとても不本意そうな表情でため息をついた後、僕に笑いかけた。 ……変態? その言葉に眉を顰める僕の手に、彼女は小さな紙の包みを押し付けて「また明日ね」と言った。 ……何だろう? 僕がその包みに視線を落とした時には、もう彼女は城へと踵を返していた。 彼女の姿が見えなくなってからその包みを開くと、甘い香りがほのかに漂う。 それは見た目からしてもすぐに解る、高級な焼き菓子だった。こんがりと焼けた色、生地に埋まっている木の実。とても美味しそうなお菓子。 しまった、と思う。 これは、賄賂だ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |