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子供を守るために
 少し風が出てきたようだ。
 クランツ王国へと向かう道は、旅人がよく通るのだろう。草は生えているけど、石はあまり転がっていない。
 一度、行商人らしい男たちが乗る馬車とすれ違ったけれど、それ以外には人影を見かけない。
 遠くには鬱蒼と茂る森、草原。しかし、当たり前だけれど民家みたいなものはなかった。
 僕たちは馬を走らせて急いでいるわけではなかったが、それでもほとんど休憩を取らずの道のりだ。
「今夜は野宿だな」
 太陽が高いうちから、父が言う。「食料調達するか」
 辺りには森しかない。
 つまり、狩りかな。父は昔から狩りが上手い。仕事で留守にした帰りに、自分で仕留めた獲物を担いでくることも多かった。
 じゃあ僕は、食べられる野草探し担当になろうと考えながら、父に続いて森の中に入っていった。

 食事の時間になっても、騎士たちの間ではあまり会話がなかった。
 イリアスとラースもあまりこちらに話しかけず、ただ、自分たちが持ってきたであろう食料を僕らに分け与えるくらいで接点を持とうとしない。
 アイザックは気さくに色々話しかけてくれる。でも、彼も少し仲間の騎士たちを気にしているみたいだった。
 とりあえず、僕は大人しく料理に専念することにした。
 父は「こんなに大所帯なのは久しぶりだ」と言いつつ、野ウサギを二頭狩ってきた。
 それに、旅に慣れてる父は、意外と色々街から持ってきてくれていたらしい。保存がきくチーズや干し肉、ワインに塩や香辛料もあったので、かなり助かった。
 僕は野生していた芋を見つけたし、鳥の巣から卵も失敬してきた。卵は明日の朝使おうか、なんて考えながら、ウサギを捌く。あなたの命に感謝します。合掌。
 門番は不思議そうに僕がやっていることを見つめていて、僕のそばから離れない。
 森の中、もう辺りは暗く、焚き火の明かりが赤々と彼女の顔を照らし出す。鉄板代わりの石が焼ける音、鍋がぐつぐついう音。
「味見する?」
 僕は門番に訊いてみる。
 焼けた石の上で、芋が香ばしい匂いを振りまいている。
 それに、ウサギのシチュー。
 シチューを少しだけ皿に取って彼女に渡すと、彼女は戸惑いながらそれを食べる。
「すごい」
 彼女は目を見開いて僕を見つめ直した。
「美味しい?」
「うん」
 彼女は素直に頷いた。何だか可愛い。僕より年上なのに、妹がいたらこんな感じだろうか、なんて思ったりする。
「料理はヤバいよなあ」
 父が僕のそばに腰を下ろし、しみじみとした口調で言った。「お前がだんだん料理をするようになって、本当に助かったんだよ。俺が仕事から帰ると、ご飯できてるよ、と言ってくれるたび、何て言うかな……」
「何だよいきなり」
 僕が苦笑すると、父は優しい目で僕を見る。
「お前が子供の頃、素性を調べてたって言ったろ?」
「見つからなかったから諦めたって言ったね」
「ああ。でも、何て言うか……その頃には俺もお前のことを本当の息子のように思っててな。途中から、探すのは放置してたんだ。あれはほぼ餌付けだな」
 何だそりゃ。
 僕は笑う。
「そういやクリスティアナ様に僕は餌付けされたようなもんだよ」
 賄賂のお菓子。
 それを父に説明すると、くくく、と笑われた。
「似た者親子でいいなあ」
 父はそう言って笑った後、少しだけ真面目な顔になった。「クリスティアナ様のことはどう思う?」
「どうって?」
「好きなのか」
「そりゃ好きだけど」
「真剣な話だ」
 僕は少しだけ黙り込んだ。
 多分、真剣に彼女を好きなのか、ってことだ。
「……身分が違うよ」
 僕はやがて小さく言った。「父さんだってそうだったんだろ」
 父は何も言わなかった。言えなかったのかもしれない。
「それに、これからどうなるか解らないし」
 僕は視線を門番に移した。「門番は、僕を門のそばに連れていきたいみたいだ。僕はいきたくないけど」
「確かになあ」
 父が鼻の上に皺を寄せる。困り切った表情。
「門のそば、安全」
 やがて、門番が僕たちの視線を受けて、戸惑いながら言った。「あなたが生きてたから、わたしも頑張る」
「頑張る?」
 僕と父が同時に言った。何を頑張るのか。
「門番、ガラムの子供を守るのが役目。あなたが死んでると思ったから、わたし、一人だった」
「うん?」
「あなた、生きてた。わたし、子供作る」
「は?」
「あなたと、その子供守るのが門番。だから、わたしも子供作って、あなたたち守る。門番、そのために存在する」

「はあ!?」
 一瞬の沈黙の後、僕は素っ頓狂な声を上げていた。
 何だそれ。
 何か、とんでもないことを言われてる気がするぞ。

「じゃあ、その相手はぜひ私が」
 急に、ジーンが話に割り込んできた。
 彼は門番の目の前に膝をつき、彼女の手をうやうやしく手にとって嫣然と微笑んでいた。
「さあ、私と子供を作りましょうか」
 ジーンがキラキラした眼差しでそう言ったので、僕は咄嗟に彼の後頭部をバシッと叩く。
「あなたは巨乳なら誰でもいいんですか!」
「いったいわね! 普通、いきなり殴る?」
 彼は後頭部を手で押さえながら、僕を睨みつけた。
「変態」
「うるさい。貧乳好き」
「貧乳だっていいじゃないですか! っていうか、あなたは胸が大きければ誰でもいいんですか!?」
「可愛くないのは却下」
「確かに彼女は可愛いけど! でも、門番ですよ!?」
「だから何よ」
 ジーンは立ち上がり、腕を組んで僕を上から見下ろす。無駄に偉そうだ。
「子供作る?」
 門番が無表情のままそう言って立ち上がろうとするのを、僕は慌てて押し留めた。
「ダメ、この人は変な人だしダメダメ!」
「そう?」
「そうそう!」
 今度は僕が後頭部をジーンに殴られる。
「勝手に話を進めないでよ! 恋愛は自由でしょ?」
「どこに恋愛があるんだ……」

 気がつけば、僕ら以外の人間は呆気に取られたように僕たちを見つめていた。
「お前ら……」
 アイザックが渋い表情で頭を抱えている。
 頭を抱えたいのはこっちのほうだ!

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