安心、錯覚? 「僕はあまり詳しくないので、どこで売っているかは分かりかねます」 どう応えるか悩んだ後、僕は静かに言った。 「堅苦しい口調ー。いつもそうなの?」 クリスティアナ様は眉間に皺を寄せて、唇を尖らせる。僕の顔を妙に近い位置から見上げて、不機嫌な色をその青い瞳に浮かばせた。 「……あなた様は王女様ですので、僕の口調はこれでいいかと」 「まーね」 そしてこぼれるため息。彼女はがっかりしたように笑うと、その身を引いて肩をすくめた。 そして、ふと何か思いついたようにその長い睫毛を震わせた後、ニヤリと笑って僕を見た。 「あなた、付き合いなさい」 「はい?」 驚いたせいか、僕の喉から変な声が出る。 「城を抜け出して街に探しにいきましょ」 「厭です」 とんでもないことを言われてつい、素でそう応えてしまっていて、その直後、身体中の血が引くような感覚を覚えて頭を深く下げた。 「申し訳ございませんが、叱られてしまいますので!」 「……うー」 彼女は不満そうに低く唸って僕を睨みつけてきた。「命令でも?」 「ダメです。本当にダメです。仕事がクビになってしまいます」 僕は必死だった。 父からいつも、きつく言われていたことだ。 問題を起こさない。 目立つ行動をしない。 勝手に判断して行動しない。 何かあったら父に判断を仰いでから行動する。 でも、今は父はいない。 頭が混乱してまともな言葉遣いもできそうになかった。 「あっ」 僕はない頭を絞って思いついたことを口にした。「確かこの城には宮廷魔術師がいるそうですね。その人に頼めば何かいい薬を…」 「薬に頼るなって言われたのよ」 クリスティアナ様が綺麗に流れている髪の毛をくしゃくしゃと掻き回す。 苛立ちを露わにした目を僕に向け、じっと唇を噛んでいる。 そんな目をしても、無理なものは無理なわけで。 「すみません、すみません」 と頭を下げながら繰り返す僕に、彼女はやがて呆れたように続けた。 「バレたとしても、クビになんかさせないのに。わたし、この国の王女よ? 大抵のことは何とかなるし」 そんなことを言われても。 大体、僕が本当に怖いのは、仕事をクビになることよりも、どちらかというと父に怒られるほうが怖いのだ。 父は昔から厳しい人だった。普段は優しく、気さくな人間であるとは思う。 でも、礼儀とかだったり、人として何が正しい行動なのかとか、責任などといったものには厳しすぎるほどだった。 僕は父を尊敬していたし、母がいない寂しさも感じさせないくらいに色々とたくさんのことを与えてくれたことに感謝していた。 何より、僕を信頼して仕事を任せてくれる父をがっかりさせたくなかった。 「……解ったわよ」 やがて、クリスティアナ様はにこりと笑って言った。「あなた、真面目なのね。悪い人じゃないんだ」 「……悪い人って」 僕が眉を顰めると、彼女はさらに明るく笑った。 「またね、庭師」 彼女はくるりと身を翻して城のほうに駆けていった。これはあっという間の出来事で、色々考えることはあったけれど、無事に難関を突破したかのような安心感があった。 この安心感も、錯覚のようなものだったと気づくまで、そんなに時間は必要とはしなかったけれど。 [*前へ][次へ#] [戻る] |