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死の山には近づくな
「ああ、もう見えない」
 ラースが心の底からがっかりしたように言った。そして、また僕の腕を取ろうとしてきたが、僕は急いで後ずさってそれを避けた。
 微妙な緊迫感。
 僕がラースを睨んでいると、イリアスがため息をついた。
「場所を変えよう」
 気づけば、僕らの様子をおかしく感じたのか、近くを通る人たちが怪訝そうに振り返っていた。

 イリアスは少し離れたところにある宿屋に入った。
 そのまま二階の部屋へ行き、扉を開ける。
 多少警戒しながらも僕は部屋に入り、辺りを見回した。何の変哲もない部屋。
 ただ、一人部屋であったから、イリアスかラースのどちらかが借りている部屋なのだろう。
 イリアスは窓の桟に寄りかかり、ラースは扉を背に立っている。そして僕は、イリアスに促されるまま近くにあった椅子に腰を下ろした。
「まず、最初に確認しよう」
 イリアスが薄く微笑む。「君は金で情報を売る男か?」
「……」
 僕は目を細めて彼を見つめ直す。
 イリアスは多分、この国の人間じゃない。彼が求めているのは、この国の情報を売る人間だ。
「……いいえ。そんな危険なことはしません」
 僕は静かに応える。すると、彼はこの応えを予想していたのか、小さく頷く。
「魔術が効かないのであれば、残ったのは交渉しかない。こちらも多少の情報は流そう。もし、利害が一致するなら、君に協力してもらいたいからね」
「約束はできかねます」
「全く、見た目によらず強情らしい」
 彼は呆れたように笑い、肩をすくめた。
 彼はしばらく考え込んだ後、こう言った。
「君は本を読む? 死の山と言ったら、何を想像する?」
 僕はまじまじと彼を見る。何を突然、変なことを言い出すのかと思ったからだ。
 僕はやがて苦笑した。
「おとぎ話ですか? 子供なら誰でも一度は言われたことがあるでしょう」

 死の山には近づくな。
 魔物が獲物を狙ってる。
 山に罪人捨てていこう。
 魔物に食われて戻れない。

「いたずら好きな子供は、そう言われて脅されるものですよ。僕だって言われた」
 おばあさんに言われた時、物凄く怖かった覚えがある。
 いわゆる、教訓みたいなもの。悪いことはしてはいけないよ、罰があたるよ、という意味の。
「おとぎ話。誰だってそう思うだろう」
 彼は笑ってはいたが、その瞳は真剣だった。「もし、それが本当にあったらどうする?」
「本当に……って、死の山がですか? それとも魔物?」
「両方だよ」
「……現実的ではないですね。魔物なんていますか?」
「いるよ。残念ながらね」

 彼はどう話したらいいのか、少し悩んでいたようだ。言葉を探しつつ、こう言った。
「数百年前、三人の魔術師が神を呼び出す儀式を行った。そんな伝説を聞いたことがある?」
「……いいえ」
「そう。まあ、これは事実かどうかは解らないけどね、その儀式は失敗した。呼び出せたのは神ではなく、魔物だった。邪神かもしれない」
「邪神?」
「そして邪神だか魔物はこの世界を滅ぼそうとした。人間は戦い、それらを追い返した。ただ、呼び出した三人の魔術師は呪いを受け、魔物の配下となった。その呪いは魔術師の子供たちにも受け継がれ、そして今もなお、邪神たちが住む世界の入り口を守っている」
 本気で言っているのだろうか。
 あまりにも突拍子もない話だ。ただの言い伝え、というなら納得できるけれど。
「信用しなくてもいいよ。実際、目にしてみないと信じられないしね」
「じゃあ、あなたは見たんですか?」
 僕が困惑しながら訊くと、彼は頷いた。
「そうだね、門番を見た」

 門番。

 入り口を守るもの。
 僕はただ黙り込んで彼の次の言葉を待った。

「少し前に、邪神の力を手に入れようとした男がいた。たくさんの魔術師を引き連れて死の山に入り、門番たちを殺したんだ」
 彼は言う。
 門番を殺し、入り口を開けようとした。
 しかし、やはり失敗して邪神の怒りを買い、また入り口から恐ろしい災厄が訪れたのだ、と。
 この世界のあらゆる国の王が集まり、邪神と交渉した。
 そして、生け贄を捧げて邪神の怒りを静めた。それによって、また世界に平和が戻った、と。
「信じられないです」
 僕は正直に言う。
 イリアスも「だろうね」と笑う。そして続ける。
「でも、生け贄を捧げた一人の王のみが、一番の恩恵を受けたと言われてる」
「恩恵って」
 何となく、変な感じがする。生け贄を捧げたからといって……。
「邪神が求めたらしい。人間の中でも、特別な力を持つ者を」
「特別な力?」
「魔術師すら持つことのできない、未来を見通す力を持つ者。つまり、この国の王妃だ」

 ――王妃? 王妃様?
 僕の思考が停止した。

「この国の王は、自分の妻を生け贄にして、邪神に何百年も続くであろう平和を与えられたのだよ」

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あきゅろす。
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