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ノアの指示通りにノアの箱船の奥まで進んで行くと円テーブルが見えた。

ノアは円テーブルの一番奥の椅子に腰掛けると、俺達に席に着くように促した。

シンは馴れたようにノアの右隣の椅子に腰掛ける。リアムと言う男は一瞬迷うように視線を泳がせていたが、シンが声をかけ自分の隣に座らせた。

俺達はノアの正面の椅子に腰を下ろした。さっきまで俺達を取り囲んでいたノアの箱船の囚人達は、ノアに指示されているのか各々自分の房に戻ったり外に出たりと俺達から離れて好きに動き始めた。


プレッシャーを感じずに会話が出来るのはありがたいが、ノアの考えがわからず妙な気持ち悪さを感じた。

「ノアのおじさん、俺聞きたい事があるんだけどいい?」

ハイジは我慢の限界だったのか、椅子に座るなり口を開いた。

「ああ、俺も聞きたいことがある。先にお前の話を聞いてやる」

俺はハイジが何を話すつもりなのかわからない為、警戒を強めノアの様子を細かく観察する。

「ノアのおじさんは俺の事…」

ハイジが一瞬言うのを躊躇うと、ノアはハイジを刺激しない為か穏やかに先を促す。

「おじさんは、俺の事…好き?」

緊張した面持ちでハイジがそう言うと、ノアとリアムと言う男は予想外だったのか僅かに動揺が見られた。

ノアは一瞬考えるように視線を動かしたが間を空けずに口を開いた。

「ああ…好きだぜハイジ。嫌いだったら遊びに来いなんて言う訳ねえだろ…?」

ノアがそう言うと、ハイジは安堵し体の力を抜いた。

「…よかったあ。じゃあ、ゼロに酷い事をしたのは俺の事が嫌いだからじゃないんだね」

核心を口にするハイジに、シンとリアムと言う男の表情に緊張が走った。

「ああ…悪かったよハイジ。俺はお前との約束を守るつもりだった。だが、小百合はお前の事がどうにも許せなかったみたいでな…今回の件は小百合の暴走で俺の知らない所で起こった事だ。そして小百合以外のゼロに手を出した奴は、死をもって既に罰を受けている。だからこの件はこれで収めてくれねえか」

ノアのこの言葉から、ノアは早くこの件を流して欲しいと言うような意図が感じられる。それはこれ以上のエドアンの制裁を警戒してなのか、これ以上仲間が傷つくのを防ぐ為なのか。

しかし、仲間を大事にしエドアンを嫌っているノアがそんなにもあっさりと納得が出来るものなのだろうか。

まあ、ノアとしてはハイジが小百合を許したとしてもエドアンが制裁をする可能性もある訳で。小百合を生かす為にはエドアンよりもハイジをなだめて程々に小百合を痛め付けさせた方が生存率は高いって事なのかもしれねえが…。

俺には何故ノアがそこまでして小百合を助けたいのか理解出来ず、確信を得られずにいた。

ノアの言葉を聞いて、ハイジは不思議そうな顔をした。

「死んじゃった囚人さん達を責める気なんて俺にはないよ。だけど、小百合だけはまだ許せない」

「…何故だハイジ。もう罰は受けてるだろ。小百合はラクハに耳を切り落とされてる。今後あいつがゼロに何かをすることはねえし、お前らに近づくこともねえ。それなのにこれ以上制裁が必要か?」

ノアはハイジを諭そうとするが、ハイジは小百合とのやり取りを思い出しているのか顔を歪めた。

何やら悩んでいるハイジを見かねて俺は口を開いた。

「…あれはゼロにした事への制裁じゃねえ。ハイジに手を出した事への制裁だ。第一小百合は自分で耳を切り落とした。俺に懺悔をしたくてな。それは罰になるのか?」

俺がそう言うとシンとリアムと言う男は驚いたように目を大きくした。

「あんたに懺悔だって?小百合がか?」

シンは信じられないのかそう俺に尋ねてくる。

「ああ。メガネとバンダナを取った姿で話を聞いて欲しいと言って何か懺悔していたな。悪夢を見たくないからとかなんとか言っていた」

俺がシンにそう返すとシンは顔をしかめた。

「…そう言う事か。ここ最近ずっと夜うなされていたから天使様に懺悔したかったって訳か。それにしたってこんな…無慈悲なサイボーグに懺悔するか?普通…」

シンは思い当たることがあるのか、何やらぼやいている。

「…質問いいか?お前は一人で俺達に喧嘩を売るつもりだったってことか?それともフック船長にあいつらを殺すようにお前が頼んだのか?」

リアムと言う男は、俺の考えていることが全く理解できないといった顔で俺を見つめながらそう尋ねてくる。

ノアも興味があるのか黙って俺が口を開くのを待っている。

「エドアンがあいつらを殺したのは俺も予想外だった。俺の予定では、ハイジを泣かせた事への制裁ができれば良かった。と言うか、俺は俺で…てっきり今の今まであんたに喧嘩を売られたのかと思っていたからな。

だけど、今回の件は小百合の暴走であんたにその気はなかったって言うなら別に…俺はもうこの件には関わらねえ。後はハイジの好きにさせる」

ノアの目を真っ直ぐに見つめ返しながらそう返すと、ノアは右眉を上げ苦い顔をした。

「…お前がブラコンなのはいい加減理解してる。俺がそんな馬鹿だと思われていたのは侵害だぜラクハ。お前に喧嘩を売るならそれなりに準備をしてからじゃねえとな」

ノアはそこまで言うと視線をハイジに戻した。

「…小百合の件をお前がどうしたいのかはシンから聞いてる。俺からも後で小百合に言っておくが、あいつが改心する保証はできねえ。だが、あんな奴でも俺達の大事な仲間なんだ。だから生かして俺の元に返してくれねえかハイジ」

ノアのその発言は少し意外だった。もっとハイジに小百合に手を出すなと威嚇するものだと思っていた。

ハイジがノアの事を嫌いじゃないと言っていたのは、ノアのこう言ったハイジを変に子供扱いしたり馬鹿にせずに対等に接する所が好感を持てたからかもしれねえな。

ノアの口振りから、もしかすると小百合はこう言ったトラブルをもう既に何度も起こしておりノアも対応に困っているのではないかと思った。

ハイジはゆっくりノアの言葉の意味を理解すると、成り行きを心配そうな顔で見守っているシンに声をかけた。

「ノアのおじさんも小百合の事が凄く大切なんだね。…きっと俺の知らない小百合の良い所を2人は沢山知ってるんだろうね」

シンは何も言わずにハイジの言葉に耳を傾けている。

「…俺もね、小百合は反省なんて絶対にしないと思ってる。だけど大丈夫だよ、だからシンとワンワンに立ち合って貰うようにお願いするつもりなんだ。俺が怒りで暴走しちゃった時に止めて貰えるように」

そう言って困ったように笑うハイジに、リアムと言う男は不愉快そうに顔をしかめた。

「正気か…?あのチェシャ猫の飼い犬がそんな事する訳ねえだろ。あいつはな、一見まともに見えるがアリスの森でNo.2やれるぐらいには頭がおかしいサディストなんだぜ?」

「リアム…っやめろって!」

慌てたようにシンが言葉を遮るが、リアムと言う男はそんなシンを気にする様子もなくハイジを小馬鹿にしたような眼差しで静かに威嚇している。

ハイジがキレる前に俺がリアムと言う男を黙らせようと思ったが、俺の心配をよそにハイジにキレる様子は見られなかった。

「ありがとうシン。別に大丈夫だよ。だってリアム君は知らないだけだもん」

柔らかい笑みを浮かべながらハイジがそう言うと、リアムと言う男は眉を寄せた。

「確かにワンワンは性格悪いしサディストだけどね。少なくとも俺よりは優しいと思うよ」

何でもない事のようにそう言ってのけるハイジに、リアムと言う男は顔を強張らせた。

無意識に狂気を滲ませた瞳をリアムと言う男に向けて威嚇するハイジを見て、ハイジの中に確実に小百合への怒りがあること理解させられた。

おそらく昨日ハイジはゼロにつけられた傷を見て、その1つ1つがどうやってつけられてそれがどれ程屈辱的だったのか。
経験からその痛みが手に取るようにわかり、ゼロの痛みがまるで自分に受けた痛みのように感じている。


リアムと言う男はハイジの狂気に触れて身を案じたのか、それ以上口を開くことはなかった。



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