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ロビーに足を踏み入れると、そこにいた複数の囚人達から嫌な視線を感じた。

俺達はそれを気にせず、興味深そうに見つめてくる囚人の間を通り抜けて黄色い渡り廊下の方へと歩いていく。

丁度ノアの箱船の渡り廊下に差し掛かり、床の色が黄色に変わる辺りに見馴れた人物が立っていた。

「シン!迎えに来てくれたの?」

シンの姿を見つけて嬉しそうに頬笑むハイジに、シンは少し気まずそうに視線を動かした。

「…まあな。言っとくけど、多分お前らに対して当たりが強いと思う。だけどそこは理解してくれ、仲間の死を受け入れられない奴もいるんだ。ただ、お前達の身の保証はする。俺の命に誓って」

ハイジと俺に言い聞かせるように言葉を選びながらそう訴えてくるシンを、ハイジは何かを確かめるように抱きしめた。

「…大丈夫。シンの事は信じてるし、俺はまだノアのおじさんを信じてるよ。困らせてごめんねシン」

「…別に、お前は何も悪くねえだろ。だから謝るなよ。ここではよくある事だ」

シンはハイジを強く抱き返し、体を離した。

「…悪かったよ、ハイジに手を出して。
…小百合を生かしたまま返してくれて礼を言う」

俺の顔を真っ直ぐに見つめてそんな事を言うシンに少し驚かされる。

「悪いな。俺も警告だけするつもりだったんだよ。予定では他の奴らもまだ生かしておいてやるつもりだったんだけどな…」

「ああ…それは小百合から聞いて知ってる。ノアさんもそこは理解してるぜ。だからこの件でお前らを責めるつもりはねえと思う。ただ…」

シンは一度言葉を切り、俺の右耳に視線を送る。

「フック船長の件であんたと話がしたいって言ってたぜ」

シンのその言葉を聞いて、昨日リズに呼び出された事を思い出す。

おそらくノアも俺の存在が煩わしいのだろうな。

俺達は先を歩くシンの後をついて行った。

シンは入り口の側に立っていた見張りと思われる囚人に声をかけると、俺達をノアの箱船の中へと通した。

「う…わあ…スッゲー…大きな船…
動物がいっぱいいるよ兄ちゃん!」

ハイジは壁に描かれたノアの箱船の物語の絵画を見て目をキラキラさせている。

俺はハイジがテンションが上がって動き回る前にハイジの腕を掴んで自分の近くに引き寄せた。

俺はネバーランドとは全く異なる空気と、待ち構えていたと思われるノアの囚人達の剥き出しの敵意に一瞬飲まれそうになる。

「てめえら絶対ゆるさねえからな…!」

「のこのこ敵のエリアに来やがって…ただで帰れると思うなよ」

あちこちから俺達を非難し、仲間を殺された怒りをぶつけてくる殺意に満ちた声が飛んでくる。

ハイジが気にするんじゃないかと思いハイジを抱き寄せると、ハイジは俺の顔を見上げて笑って見せた。

「大丈夫だよ、兄ちゃん」

俺を安心させる為か、落ち着いた声でそう言うハイジがどこか少し大人びて見えた。

「ハイジ…こっち来いよ?今直ぐにぶっ殺してやる…!てめえのせいで仲間が何人死んだと思ってんだ…死んで詫びろよ!」

これは流石に不味い。
ハイジの目の色が変わるのがわかり、ハイジの代わりに黙らせようと口を開きかけた。しかしそれはシンの怒鳴り声によってかき消された。

「うるせえんだよ…っ!ちょっと黙ってろ…!こいつらに八つ当たりすんな」

敵意を向けてくる囚人に向かってシンがそう叫ぶと、ハイジに死ねと言った1人の囚人がシンの胸ぐらを荒々しく掴んだ。

その囚人はシンより年上なのか体格も身長もシンより上回っている。

「シン…お前どっちの味方なんだよ?ネバーランドに肩入れしやがって…ハイジに惚れてんのかよ?それとも天使様に抱かれでもしたか…?」

馬鹿にしたようにシンを罵るその囚人を見て、シンはばつが悪そうに顔を歪めた。
自分の胸倉を掴むその腕を優しく外しながらシンは口を開く。

「…そんなんじゃねえよ。お前が一番俺がそう言うタイプじゃねえの知ってんだろ。お前が許せねえのもわかる。けど頼むよリアム…俺はこれ以上仲間が死ぬのを見たくねえんだよ」

リアムと呼ばれたその囚人は、シンの言葉を聞いて、怒りを堪えるように拳を固く握りしめた。

「…てめえは甘過ぎんだよシン。お前の事は認めてるが今回の件はお前にも責任があるんじゃねえのか?お前が小百合をもっと上手く躾てたらこんな事にならなかったんじゃねえのかよ」

「…わかってる。全部俺が悪い。責めるなら俺を責めろよリアム。その代わり、ハイジにもう二度と死ねとか言うな。次ハイジに何か文句言いやがったら…お前でも許さねえから」

シンが威圧的にそう言うとリアムと呼ばれた男は馬鹿にするように笑った。

「…あんまり調子に乗るなよシン。わからせてやる為に…お前が一番嫌な事してもいいんだぜ…?」

シンの耳許で囁くようにそう告げる男に、シンは一瞬体を強張らせた。しかし直ぐに覚悟を決めたような強い眼差しで男を見つめ返した。

「…それでお前の気が済むなら好きにしろよ。でも、お前はそんな事しねえ」

シンがリアムと言う男を真っ直ぐに見つめてそう言うと、男は驚いたように一瞬目を大きくした。そしてもどかしそうに顔を歪めた。

「…そう言う所が甘いんだよお前は。だから舐められんだろうが…」

二人のやり取りを注意深く観察していると、奥からこっちに誰かが近づいてくる気配を感じた。


「…その辺にしといてやれリアム。小百合は俺でも手を焼くくらいに扱いが難しいんだ。シンをあまり責めてやるな。お前だってわかってんだろ」

宥めるような優しい声をかける、その存在感のある大きな体格をした男の姿に俺は警戒を強める。

「だけどノアさん…俺は…っ…」

「リアム…お前の気持ちはよくわかる。だが今は少し冷静になれ。物事にはタイミングってもんがある」

「…ノアさんがそう言うなら」

男が渋々といった表情でそう言うと、ノアはリアムと言う男の頭を優しく撫でた。

「…いいこだ」

ノアとその男のやり取りを見て納得したのか、俺達に向けられていた複数の敵意や殺意のこもった視線が僅かに和らいだ。

「ああ…そうだ。リアム、お前に任せたい事がある。小百合の後を引き継げ。シンの手助けをしてやって欲しい。後の事はお前に任せる」

ノアがそう告げると、リアムと言う男は予想外だったのか勢いよく顔を上げ、確認するようにノアの顔を見返した。

「え…あっ…はい、わかりました」

男は戸惑いながらも了承したのかノアに軽く頭を下げた。ノアはそれを見届けると俺達の方に体を向けた。


「…よく来たな。取りあえず奥に来い。ゆっくり話をしようじゃねえか」

ノアの穏やかな態度に気味悪さを感じながらも、俺達も落ち着いた所で話がしたかった為ノアの後についていった。


「…ありがとうシン」

側でシンに声をかけるハイジの声が聞こえた。

「…別に何もしてねえ。リアムは仲間思いな奴なんだ、悪い」

シンが歩きながら気まずそうにハイジに謝罪すると、ハイジは静かに一言うん、と返事を返した。






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あきゅろす。
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