459 「冗談なのか」 エドアンの言葉が何を指しているのかは明白だった。 「冗談だ、忘れてくれ。今の俺は冷静じゃない」 今俺に出来ることは、エドアンが早くこの件を忘れてくれることを願い、感情に流されないように頭を冷やすことしかなかった。 エドアンに背を向けたままそう言うと、エドアンに体を反転させられた。 冷たい水色のタイルの壁に縫い付けられ、冷たさに体が強張った。 「あんな目で俺を見つめて、冗談だって言うのか。じゃあ、俺がおかしいのかよ」 エドアンは何かを堪えるような眼差しで俺を見つめ、俺の手を掴むと、自分の胸元に持って行く。 押し付けられたエドアンの胸元から、激しく速度を増した心臓の動きを感じ、体が瞬時に熱くなった。 「近づきたいと思うのは俺だけだと思っていた。 けど今日初めて、クララから近づいてくれた。 それが嬉しくて、人をたった今殺して来たこの俺に、あんな事を言えるお前がすげぇなって。一瞬全てを忘れるくらいに馬鹿みたいに喜んでるってのに。 冗談なのかよ」 懇願するようにそう告げ、俺をきつく抱きしめるこの男に眩暈がした。 「…やめろっ、俺はお前を不幸にしたくねぇんだよ。 お前は何も知らない。俺はお前が思っているような人間じゃねぇんだよ。 早く俺を憎むなり嫌うなりして俺を拒絶しろ。 これ以上は、俺が堪えられねぇ」 頬を伝う存在に気づき、咄嗟に腕で顔を隠そうとしたがそれは敵わなかった。 腕を捕らえられ、見つめられたその琥珀色の熱に体を縛られ、動くことが出来ない。 「どうしてだろうな。俺の自惚れなら俺から逃げろよクララ。俺には、これ以上俺と居ると、俺から離れられなくなるって聞こえる。悪いクララ、もう駄目だ」 俺が言葉を発する前に噛み付くように口を塞がれた。 馴れないその行為に戸惑う俺を、強引に引きずり出すように。 余裕のない、普段とは違って荒々しさを感じる深い口づけに頭が痺れる。 まるで、飢えた狼が獲物を貪るように。 呼吸さえも許してもらえない。 どうしようもない不安や恐怖に怯えていたのはエドアンか俺か。 余裕がないのは、夢中になっていたのはエドアンか、俺か。 BackNext [戻る] |