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「じゃあ…ずっと兄ちゃんは俺の兄ちゃんだ」
ハイジはそう言って、顔を腕で覆ったまま笑った。
***
あの時のハイジの言葉や笑顔を俺は今でも何度も思い出す。
思い出す度に、俺は安堵していた。
ハイジには俺が必要だと。
ハイジは俺が居なければ生きてはいけないと。
だがそんなものは所詮は俺の愚かな願望であり、今は仮にハイジにとって俺が必要であっても、いずれは俺を必要としなくなる。
なぜなら、俺と居ることはハイジにとって良くないことだからだ。
ハイジが平気で人を殺せるのは、今まで受けてきた地獄のような暮らしがハイジの感覚を麻痺させ、暴力がハイジにとって日常になってしまっているからだ。
それに父親とのトラウマが今でも残っていることを考えれば仕方ないことだと俺は思う。
だが俺はそうではない。
俺が人を殺すことに一切の躊躇いや微塵も罪悪感、痛みを感じないのは、おそらく俺が俺と俺以外の人間を区別しているからだ。
時々頭を過ぎることがある。
どうして、快楽や自分勝手な感情、欲望で他人を傷つけ、暴力をふるう人間が笑うことが出来て、痛みを感じることが出来て、人間らしい感情を抱くことができるのか。
どうして俺には許されず、失ってしまったものを持つことを許されているのか。
俺が生まれたことが罪だと言うなら、早く俺を殺せばいい。
俺の中で自分の存在意義を見つけ何がなんでも生きたいと言う気持ちと、これ以上俺が自分を失う前に早く殺して欲しい、楽にして欲しいと言う気持ちが交差している。
俺はハイジとシンのやり取りを見守りながら、そう遠くない未来に訪れるであろう空虚感を予感していた。
「ねぇシン、どうして?シンなら俺を殺すことだって出来る。どうして俺に殺されることを受け入れたの?」
ハイジの声を聞いてシンの方に視線を移すと、シンは困ったように顔をしかめ、観念したようにゆっくりと口を開いた。
「…お前だけじゃねぇってことだ」
視線をさ迷わせながらそうシンが言葉を吐き出すと、ハイジは理解ができなかったのか顔をしかめる。
「お前となら…ダチになれると俺も思ってんだよ。…お前と居ると退屈しねぇしな」
シンは言いにくそうにそう言って目を伏せる。
ハイジの体が吐き出されたその言葉を聞いて震えるのがわかった。
俺から離れ、覆いかぶさるようにシンを抱きしめるハイジを俺は引き止めようとは思わなかった。
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