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俺は固く結んだ結び目を乱雑にほどき、躊躇う事なくバンダナと眼鏡を外す。
「これが俺のアンタへの誠意だ。…満足かよ」
眼鏡とバンダナをテーブルの上に落とし、ノアの目を見つめそう言うと覚えの新しい耳障りな音が頭を貫いた。
「小百合っ、今スッゴい音したけど大丈夫?!」
「ててててめぇに心配されても嬉しくねぇんだよっ…!」
何故か再び椅子ごと後ろに倒れていった白髪の男は姿を消したまま心配するハイジに罵声を浴びせる。
「くっそ…シン、手を貸せ。…おいシンっ」
小百合と言う男の声があまり頭に入っていないのか、シン・アベルは口を目一杯開き茫然としている顔を俺に向けたまま事務的に男に自分の皿を差し出した。
小百合と言う男はそんなシン・アベルの意味不明な行動に気づいていないのか何も言わず差し出された皿を掴むシン・アベルの腕を掴み起き上がると俺を睨みつけてくる。
「何だってんだよっ、何だってんだよ…っ?!」
真っ赤に染まった顔で俺の方を睨み、震える腕で俺の顔を指差して訳のわからない言葉を吐く男を少し不思議に思ったが考える事はしなかった。
「…小百合お前地獄に落ちるんじゃねぇのか…?勿体ねぇ…唇に血が滲んでやがる」
粘着質な視線を俺に絡ませてくるノアのその言葉に口元を拭うと右手の甲が僅かに赤くなった。
食堂内は俺がバンダナと眼鏡を外した途端に予想通り奇妙な空気に包まれてしまい、俺は直ぐに俺に向けられ始めるであろう言葉を耳に入れないように意識を別の所に飛ばす。
「…何だ…ありゃぁ」
「何で、こんな所にあんなのが居やがんだ…?ここは刑務所だぜ?何で…ムショに天使が居んだよ」
「あの目と髪見てみろよ。ホントに人間かよアイツ…」
「あぁ、つーかもう色んな意味で人間の域じゃねぇだろ…」
「噂以上じゃねぇか…、何食ったらあぁなるんだよ?天使なんて初めて見たぜ…突っ込みてぇ…」
「…あぁいうのを見ると犯して泣かしてよがらせて立ち上がれなくなるまで汚してやりたくなるぜ」
「そりゃ仕方ねぇだろ、それが男の性(さが)ってもんだぜ」
好き勝手な事を言う声や俺を嘲笑う囚人達の声によって、今まで散々浴びせ続けられた俺の心を鋼鉄にする儚く透き通るような声が鮮明に頭の中に蘇った。
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