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五年の時が流れ、平助が十の歳になった冬、一月のことである。

「母様、大丈夫?」
「えぇ、少し立ち暗みしただけよ。……さて、夕ご飯を作らなくてはいけないわね」
「そんなこといいから、もう寝てて!」

近頃体の調子があまりよくない母を無理やり床に就かせて、平助はよく絞った手拭を母の額にのせた。
触れた手のひらに熱が伝わってくる。かなり高いようだ。

「悪いわね、平助」
「気にしないでよ。私は平気だから!」

そう言って平助は足取りも軽く台所に向かう。
火にかけていた鍋からは、湯気とともにぐつぐつと煮える音がしている。蓋を開けると粥が丁度よいくらいに出来上がっていた。
平助はそれを器によそって母の元に駆け寄った。

「母様、できたよ。少し起きられる?」
「ありがとうね、とても美味しそうだわ」

母は木の匙で粥を口に運ぶと、にこりと微笑んだ。
それを見た平助は嬉しく思うと同時に何故か恥ずかしくなって、肩を竦めて照れ笑いした。
母の隣りで平助も簡単に食事を済ませ、後片付けを始める。
その合間にふと母の様子を覗くと、微かな寝息を立てて寝入っていた。

この様子なら明日には大分回復しているだろう。
平助は安堵して一息ついた。

翌日には万全とまではいかずともある程度体調は回復し、母はせかせかと働き始めた。
治りたてであるにもかかわらず忙しく歩き回る母を平助は心配と不満が混じった瞳で見つめる。

「母さま、また無理したら駄目だからね」
「大丈夫よ、もう大分よくなったもの」

母はいつもどおり明るい笑みを零し、冷たい風に吹き付けられて赤く染まった平助の頬に手を伸ばして包み込むように触れる。その手は触れられた瞬間に体が跳ねてしまうような冷たさである。
平助は驚き、とっさに自分の両手で母の両手を握った。

「母さま、冷たい手!」
「あら、さっきまで水仕事をしていたからかしら」
「もう、言ってくれたら私が水仕事くらいやったのに!」

そう言いながら平助は母の手を暖めるように強く握る。
平助の手の熱が母のそれに移り、二人の手は次第に同じ温度になっていく。

「大丈夫よ、心配してくれてありがとう」

母は両手を平助の膝の上にのせ、軽く叩いた。顔には変わらぬ笑顔が浮かんでいる。
平助を安心させるだけではなく、それ以上の心配を拒むような言い振りであった。

「さて、夕食の支度でもしようかしら」
「……じゃあ、私も手伝うよ」

平助は諦めるように息を吐き、母の後ろに続いて台所へ入っていった。
母と比べても平助の方が体もずっと小さく頼りなくて、逆に母に心配をかけているということは十分に自覚している。しかし、病を得て体の調子が優れない状態においても一切弱い部分を見せない母の様子に、平助は自身の情けなさ、腑甲斐なさを強く感じた。




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