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京の冬はひどく底冷えがする。

男は軽く身を震わせた。空気は身を切るように冷たく、望月より陰りはじめた月が辺りを冴え冴えと照らしている。

(寒いな)

声に出さず口の中だけで呟く。そう口に出さずにはいられない程の寒さである。廊下の床から足袋を履いた足に冷気が染みて、痛いくらいに痺れている。

なるべく音を立てぬよう冷たさを我慢してそっと下駄を履き、庭に下りる。敷き詰められている砂利が擦れた不快な音に、男は顔をしかめる。辺りを見渡し誰もいないことを確かめると、ほっと息を吐き足を踏み出す。
今度は砂利の音を歯牙にもかけず歩を進める。小さな小石を踏み分ける音と衣擦れの音だけが宵闇に響く。


「はじめ」

唐突に張り詰めた空気が揺れて壊れた。逆に男の方が一切の動きを止めた。
驚きのあまり言葉が出ない。やっとのことで絞り出した声は、酷く掠れたものであった。
あまりに聞き慣れた、少し高く澄んだ声音。その声の主の名を強張った声で呼び返す。

「平助」
「はぁい」

調子のよい返事とともに、足を床に進める乾いた音がいやに大きく響いた。

「はじめ」と呼ばれた男、斎藤一はもと来たところへと目を向けた。
そこに立っていたのはやはり古くからの知己、藤堂平助であった。彼はその優しげな顔を綻ばせてヒラヒラと手を振っている。

「今夜は寒いね」
「お前、何故こんな時刻に?」

平助のたわいもない問い掛けを黙殺し、一は問う。焦燥感のあまり早口で、顔色は蒼白である。
しばしの沈黙が流れる。
時間としては十を数えるのにも満たない短いものであったが、一には焦れる程に長く感じられた。

「別に、ふと目が覚めちゃっただけだよ」

何のことはなく、世間話の延長のような語り口で告げる。笑んだ口許は変わらない。
対して一の顔は強張ったままである。これ以上進むことはできず、かと言って戻ることもかなわない。

「一こそ、どうしたのこんな夜更けに?」

最も恐れていた問いであった。
何か言い逃れする手段を模索するものの、大小を腰に据え荷物を全て纏めたこの状況では切り抜けられようもない。

「別に、」

口を開くがそれ以上言葉が続かない。再び口を引き結ぶと、やはり重苦しい沈黙が場を支配した。



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あきゅろす。
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