モノクロなる恋模様 十六話:終わった後は 隣に座って、体を軽く揺すりながら、とおるを起こす。いつもこんな起こし方はしないが、気分だったんだなんとなく。 最初は寝惚けているようだったから、腹に軽く一撃入れれば、すぐに起きて身もだえていた。 ったく、最初からそうすればよかった。 なんか上機嫌だったのは認めよう。初めて意味のある喧嘩をしてみて、それが嬉しかったのかもしれないし、違うのかもしれない。本心が本人にもわからなくなったら、それは永久に分からないのだから。 ただ、感じていたのは満足感。充足感とも言えるかもしれない。こんなことの後に焦燥以外を感じたのは初めてだったし、それがむず痒くも感じていた。でも悪くねぇ。 少しだけそう思った。 しばらく二人でだらだらと話をした。思えば、こんなに長く会話と呼べるものをしたのは初めてだ。初めてなことばかりだったな、今日は。 俺もなんか気分が乗って、冗談も数年ぶりに言ってみた。意外と受けたらしい、とおるは笑っていた。 嗚呼…これが友達、というものなのか? いや、違う。 自問自答を即決で済ませた。友達、ではない。 友達、は俺にはいらない。 じゃあ俺にとってコイツは何なのか。その答えは、今は出ないのだろう。 ただ、交わした会話は楽しかった。それは認めてやる。 粗方話が終わって、とおるが、『風紀委員に連絡しないと』と言い出して、落ちていた携帯を渡して、電話を掛けさせた。しばらくのコール音のあと、ブツッと音が鳴ったら、 『オラァ潮原ァァア!テメェどこ行ってやがったんだ!風紀委員全員で探してんだぞごらぁあ!』 いきなりの怒鳴り声。 だが、声に感じるのは安心と心配。 恐らく、とおるのことが心配な上での怒鳴り声だろう。それに、思わず微笑みそうになった。 『今…第2体育館裏の倉庫です…ハイ…すいません』 だいぶ叱られながらも、とおるを迎えに来てくれるようだ。 しばらくして、倉庫の扉が開かれる音がした。 そして、 『潮原ァァア!』 という電話の男の声もした。 だが生憎とおるは寝ていて、返事はなかった。 すぐにかけてくる音がして、 『なんだオメェは…』 『テメェに教える義理はねぇ。コイツを早く持ってけ』 『…オメェ黒鷺か?』 どうやら俺のことを知っているようだ。風紀委員だからか? なにも答えないでいると、 『…オメェにも、帰寮令が出てる…ったく、これホントは風紀委員の仕事じゃねぇのによ…』 ぶつくさ言っているヤツによれば、ずっと帰ってきていない俺ととおるを探していたらしく、めちゃくちゃ不機嫌な顔で覗き込まれたあと、 『オメェ…潮原の恋人か?』 『アァ"?んなわけねぇだろ目ぇ腐ってんじゃねぇのか?』 『…オイ先輩に向かってその態度はなんだ』 あぁメンドクセェ。 無視をしていたら、 『とにかく、潮原を渡せ、んでお前も着いてこい』 これ以上言い争っても無駄なだけだがら、大人しく従ってやる。従ってやってるんだからな。 ソイツはとおるの膝間接と首に手を入れて、横にして持っていった。普通あんな運びかたするか? 他の風紀委員らしき奴らは、俺が倒した不良どもを拘束して連れていった。どいつもこいつも、体育会系というか、がっちりした体の奴らばっかりで、なんかむさ苦しかったので早く帰るように足を早めた。 当然、 『オイ!待てやゴラァ』 あぁメンドクセェ。 外はすっかり夜だ。 昼の暖かさと相まって、とても涼しく感じた。 今日は月夜だったみたいで、校庭は明るい。そのまま通り過ぎようかとも思ったが、どこか風流で、先に行ってろ、と他の風紀委員を送り出して、一人校庭に出た。 にしても、やたら広い校庭だ。そういやあんまり校庭に来たことはなかった。昼間はうるせぇし、夜は出られねぇし。 こんな時でもなければ、ゆっくり見ることもないだろう。 風がふわっと吹いて、髪が少し靡いてるのを感じた。顔に当たって、心地がいい。 空を見上げれば、いつもの数倍は大きく、明るい満月があった。 校舎にも電気は点いていない。だからこそ、とても綺麗な星空が広がっていた。 『ふぅ…』 息を吐いた。 『すぅ…』 息を吸った。 それだけで、心が落ち着いていく気がした。 いや元から落ち着いてはいたが、心が洗われる…不良の言うことじゃねぇな。 しばらく月をボーッと見ていると、後ろからけたたましい声が 『オイ!オメェ勝手なことしてんじゃねぇよ!』 『ッせぇなァ!どこにいようが俺の自由だろうが!』 負けじと言い返してしまうのは不良の性か。 見ると、もうとおるは持っていない。寮に届けて一人出てきたらしい。 ケッ…真面目なこって。 『だからオメェ…先輩になんだその態度は!しばくぞ!』 『アァ"?…いや、もういい。テメェとは喋らねぇ』 『…お…おう』 諦めた。ここで喧嘩してもいいことなどなにもないだろう。早く帰って風呂入って寝た方が有益だ。 踵を返して、寮に向けての道を歩き出す。 本当に今日は疲れた。それを癒すかのような満月に、見惚れて、思わず笑みを浮かべてしまった。 『………ッ、』 息を飲む声が聞こえて、すぐ振り替えれば、ごちゃごちゃウルセェ風紀委員が居た。やべぇ、笑ったとこ見られたか?こんな近くにいるなんて思ってなかった。 『チッ…テメェ…見たか?』 『…見てねぇ』 『……ならいい』 いつもの仏頂面に戻して、さっさと寮に帰る。 足を進めていれば、隣にうるさい風紀委員が…って、コイツ俺より背高ぇ。別にビビってはねぇけど、なんか負けた気がする。 『…オイ』 二人並んで歩いていると、急に話しかけてきやがった。面倒だから無視をする。 『………ありがとな』 『ッ…なんだテメェ…気持ちワリィ』 『風紀委員じゃどうしようもなかった。だから、潮原を助けてくれてありがとな』 『…別に』 『素直じゃねぇな。礼を言ってやったんだから嬉しそうにしろ』 『アァ"?…はぁ…』 『ま、いいか。でも、可愛い態度の方が人生うまくいくぞ?』 そう言って、俺の頭を撫でてきやがった。当然振り払おうとするが、思いの外力が強くて、振り払えず、抵抗するうちに疲れてやめた。 こっちを見てニヤッと笑うソイツがウザくて、前を向いた。 『そうそう、可愛くしてろ』 『可愛くねぇ』 『いや可愛い』 メンドクセェ。 もう関わんねぇしいいけど。 『っし、ここまでだ。じゃあな、後輩』 『ケッ…』 寮につけば、すでに静かになっている玄関で、風紀委員は自室に行ったようだ。 『ハァ……』 今日はいろんなことがあった。 とおるが甘えてきたり、とおるが拉致られたり、不良をボコったり。 疲れた。 ふいに空を見上げた。 さっさと変わらない、綺麗な星空と満月。 その時雲が流れてきて。 月を覆い隠した。 フッと微笑んで、立ち去った。 雲の切れ間に、月が覗いた―ーー -第一章 END- 【*前へ】 [戻る] |