…5。
ぐっと唇を噛み締めて眉を顰めると、ケンジの腕にそっと触れた。
「…なあ。」
思わず声をかけてしまったが、何を言うつもりなんだ?
振り返ったケンジの顔を見ながら必死に次の言葉を探してみたが、上手いセリフが思い付かずに曖昧に微笑むと、
「何?」
「…………お腹空かないか?」
…何言ってんだろ、俺。
さして減ってもいない腹を押さえた自分が情けなかったが、ケンジは俺の言葉を素直に受け取ったみたいだ。
「んじゃ、飯買いに行く?」
…違う。
「何食いたい?」
…違うんだ。
「…どうかした?」
今にも泣き出しそうな俺に気付いて、心配そうに訊ねるケンジに、胸の中がざわついた。
手足が痺れるような緊張が走って、ゆっくりとケンジに近付いていく俺は、何をしようとしてる?
「兄貴?」
柔らかそうな唇がそう呼んで、でもそれが自分の呼び名の気がしないんだ。
掴んだままだった腕を引き、距離を縮めていく俺は、
ブブー。
タイミングがいいのか悪いのか、聞き慣れた間抜けな呼び鈴の音で我に返った。
「…」
「……」
目の前にはケンジの顔。
僅かに見開かれた目には、驚きの表情が読み取れる。
「…な、」
…何してんだよ俺。
自分の行動が信じられない。
今、俺…。
あまりの気まずさに立ち上がると、無言のまま逃げるように玄関のドアを開けた。
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