…1。
『懐古と雨音』
「…なんか久しぶりだね。」
俺の言葉に頷くケンジは、やっぱりちょっと寂しそうだった。
駅に着きバスを乗り継いで着いたのは、田園地帯が広がる山の中だ。
バスなんて一時間に一本あればいい方で。
昼間は蝉の声、夜は蛙の声が鳴り響く。
久々に訪れた田舎は、まるっきり昔のままとはいかなかったが、それでも懐かしさに溢れていた。
「……。」
夏独特の青臭い空気を含んだ風が頬を撫でて、湿気でべたつく肌がじっとりと汗を滲ませていく。
次第に重くなっていく足取りに、唇を噛んで足元を見つめた。
祖母の家は、バス停から徒歩で20分ほど歩いた場所にある。
田んぼに囲まれた何もない道路を歩き、橋を渡ったその先。
小学校までの通学路にあたるその道は、俺が小学五年生まで通っていた道だ。
俺が十歳ケンジが五歳の時、父親の転勤で引っ越すまでここが俺の居場所だった。
そう、“だった”んだ。
…俺も、祖母ちゃんは嫌いじゃない。
いつでも優しくて、しわくちゃで骨張った手で俺の頭を撫でてくれる。
引っ越してから、俺から会いに行くことはほとんどなかったけど、それを誰も咎めなかったし、強制する事もなくて、むしろわざわざ会いに来てくれた。
厳しいけど、優しい祖母ちゃん。
…でもそれは、俺が気付いてたからだろ?
ふと、隣を歩くケンジの手が俺の指に当たった。
そのまま汗ばんだ手を絡ませて、キツく握られた手に涙が溢れそうだった。
…俺はここが嫌いだ。
楽しい思い出も沢山ある。けど、嫌い。
足元に落ちる濃い影を眺めながら、雑音の少ない道端で聞こえるのは、せせらぎと虫の声。
それと俺の小さな嗚咽だけだった…。
[次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!