『半分こ』 足元に濃く映る影と蝉の声がさらに暑さを強調して、 首筋をつたう汗が、隣に座る吉川のTシャツを透かしていく。 俺は、額に滲む汗を拭うふりをして視界に映ったそれに溜め息を吐いた。 ――ポキン! 「どっちがいい?」 「…大きい方。」 いつもの帰り道。 いつもの寂れた商店。 いつもの木陰のベンチ。 いつもの…じゃなかった。 両手に持った二つ割れの棒アイスを見比べて、俺は頭を捻った。 「…同じ、じゃねえの?」 「大きい方!」 …面倒くせぇ。 ミリ単位で量れとでも? 最近の日課である買い食いは、茹だるような暑さも相成って低価格のアイスにおさまっている。 有り難い。 有り難いけど、 …なんでモナカが売り切れなんだよ。 今日に限って、いつもの商店にコイツの好きなモナカアイスがなかった。 あれなら、多めに割り分けれて楽チンなのに。 おかげで変わりに買った棒アイスは、割れるけどほぼ真っ二つ。 コイツのお眼鏡にはかなわなかったみたいだ。 コイツの、吉川のわがままは今に始まった事じゃない。 嫌いなものは押し付けるし、好きなものは他人のまで奪う。 冷たい、なんて影で言われてたりもするけど、 …けど、何でだろ。 毎回その犠牲になっても、何故か断れないんだよな。 そんなに嫌じゃないし。 多分それは、友達だからってだけじゃないんだけど…。 隣に座る吉川を見た。 ぐて〜っとベンチにもたれかかって、「暑い〜」なんて、Tシャツをパタパタと動かしている。 「…何見てんだよ。」 「別に。暑そうだなって思って。」 俺の言葉に「当たり前だろ?」と眉をひそめると、蒸れた素肌を少しでも外気に触れさせる為、ジャージの裾を捲りだした。 「……」 生っ白い所為だろうか。 見慣れたはずの足がやけに色っぽく感じるのは。 逸らすように両手に持った棒アイスを睨み付けると、その1本を手渡した。 「はい。」 「…大きい方?」 「いいから食え。」 まだ大きさにこだわっている吉川の口に突っ込んで、かじったのを確認して引き抜くと、 やっとありつけたアイスを奪われて、当たり前だけど吉川は不機嫌そうだ。 「んんっ!…なに?」 怒気を含んだ抗議に苦笑いして、だけど俺には名案があるんだ。 「ほれ。」 「?」 奪ったアイスの代わりに渡したのは、まだ食べてない俺のアイス。 「これでお前の方が多いだろ?」 半分このアイスも俺のを一口やれば解決だろ? 残念な事に遠慮ないデカい一口の所為で半分になっちゃったけど。 まあ、コイツにならあげてもいいや。 吉川の食いかけアイスを口にくわえた瞬間だった。 口の中のアイスをシャリシャリと音を立てて噛み下した吉川が、 「だ、駄目だ!」 …何でだろう。 持っていたアイスを放り出して覆い被さってきた。 「!?」 「…ば、ばかっ!勝手に俺の食べんじゃねぇ!」 意味のわからない俺はアイスをくわえたままクエスチョンマークを浮かべるしかない。 「…ふぁ?」 だから、大きい方をあげただろ? 残念ながら、現在アスファルトが粗食中だけど。 なんて食い意地の張った奴だと呆れたくなる。 しかも無理矢理俺のアイスを引き抜いた所為で、手はベタベタ。 俺は口元から首筋に甘い雫を垂らす羽目になった。 「…お前はっ、俺の食いかけとか食べちゃダメなんだ!」 …なんだその意味不明な理屈。 わがままにも程があるだろ? 既に溶けたアイスが吉川の手から崩れて落ちた。 でも、アイスより見たこともない吉川の表情の方が俺には重要なんだけど。 「…俺のアイス、どうしてくれんの?」 まだ跨がったままの吉川は、真っ赤な顔で泣きそうな、苦しそうな表情を浮かべてて…、 「…んなの知るかよ…」 いつもの俺様っぷりだけど、でもいつもと全然違うよ。 だって、 誘ってるようにしか見えやしない。 棒を持った吉川の手を引き寄せると、指をつたう雫に舌を這わせた。 「っ、」 肩を揺らして身を引いたが、でも逃げない吉川に苦笑いして、 …ま、いっか。 冷たくて甘い新しいアイスは、今目の前に座ってるから。 夏の日差しにも溶けないソイツは、甘いけど汗でちょっと、しょっぱかった。 [*前へ] |