『花束を君に』
6*4
「すまない。付いて来て欲しかったんだ。」
何度かの呼び掛けにやっと応えてくれたのは、人気の無い路地裏だった。
「え?」
ドキッとした。
暗闇に浮かび上がる深田さんの目が、真っ直ぐ私を見ていたからだけではない。
好きな人にそんなことを言われたら、例え奥さんがいようとときめいてしまうのは仕方がない事。
湧き出てくる切なさと後ろめたさで視線を逸らすと、深田さんはポケットからメモ用紙を取り出し、私に手渡した。
「すまないが、その本をここまで届けてくれないか?」
「え?」
渡されたメモを見ると、あの病院の部屋番号が記してあった。
「宜しく頼む。」
有無を言わさないその雰囲気に、大人しく『はい』と言うしか無かった。
「え…あ、深田さん!」
そのまま立ち去ろうとする背中を呼び止めると、あの傘を差し出した。
「…傘。ありがとうございました。」
「…捨ててくれて構わないよ。」
深田さんは振り向かずにそのまま歩き出した。
今度こそ、小さくなっていく後ろ姿を、見えなくなるまで見送った。
あの人の傘を握り締めながら…。
7章へ
[*前へ]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!