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短篇集
『ありがとう』



遠足前かよ…。

夜明け前に目を覚ました自分にツッコミながら、昔の事を思い出していた。



彼女に出会ったのは学校で、
教育実習生だった彼女は、パリッとした新品のスーツを身に着けて童顔の顔とあがりまくって上擦った挨拶が可愛くて…
優しそうな声がやけに耳に残る存在だった。


話し掛けると必死に大人ぶり、そのくせからかうと子供みたいに顔を真っ赤にして。



…なんで、からかったりしてしまったのだろう。

彼女の気持ちも考えずに。



一人でこっそり泣いているのを見かけたのは、二週間しかない実習の半分が過ぎた頃だった。

そのまま放っておけばいいのに、性分なのだろうか。

思わずハンカチを差し出してしまった俺に驚くと、恥ずかしそうに顔を背けた彼女の

「…ありがとう。」

と応えてくれた細い声で、からかっていた事を激しく後悔した。



今思えばこの時だったんだ。
俺が彼女に恋したのは…。



だけど、残りの一週間なんてあっという間で、それ以来一度も話す事さえ出来たなかった俺は、名前すら伝えられないまま最後の日を迎えていた。




「…この二週間、ありがとうございました。」
壇上で別れの挨拶をしている彼女は、感極まったのか両目に涙をためている。


…もう、これが最後なんだ。

最後の言葉を一つ一つ噛み締めて聞いていると

「正直、何度も挫けそうになったけど…」

ちらっと俺を見て、
「ある生徒に励まされて…」



…ヤバい。泣きそうだ。



別れの挨拶を済ませた後、丁度隣に座っていた女子が花束贈呈の為に腰を浮かせた。


「…わりぃ。代わって?」


返事も待たずに花束を奪うと、予想外の俺の行動に彼女以外が唖然としている。



「…先生。二週間ありがとうございました。
絶対、先生になって戻ってきて下さい。」

壇上に立った彼女に花束を渡すと、
「ありがとう。…山田くん」


教えた記憶もない俺の名前を呼んでくれた彼女の瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。



あれから俺は教師を目指して、こうして彼女と同じ教育実習生としてこの学校へと戻ってきた。



結局、彼女が教師としてこの学校に戻ってくる事はなかったが、きっとどこかで彼女は笑っているはず…そう、思いたい。



“ハッピーエンド”って、わけには行かなかったけど…


すっかり明けて真っ青に染まった空を見上げながら青かった自分を思い出して、これからの二週間に苦笑いをこぼした。


end



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