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どちらが※(D灰.LA)

※リンアレ


 リンクが手帳をパタンと閉じる。

「終わったの」

 そろり、とアレンがリンクに近寄り、手帳がなくなり空になったその手に、自分の手を重ねた。

「ええ、終わりましたよ」

 白髪で隠れるうなじに顔を埋め、リンクはそう返事した。






どちらが






 リンクが一日の書類仕事を終えると、アレンがそれを見計らって、無言で側に寄る。最初はそれだけだった。

 いつの間にか、一人が手を伸ばすと、もう一人がそれを受け入れるという関係が成り立っていた。手を重ねる。指を絡める。視線を絡める。こんな感じで。それ以上に進むには時間がかかった。

 立場が立場だけに、そういう風にしている間は互いに何も言わなかった。大きなペットに懐かれたようで心地が良い、とリンクはこっそり考えていたし、なんとなく人恋しいと思ったときに側にいたのがこの監査官だった、というアレン。気だるい、ほんのちょとした触れ合いを、この二人はなかなか上手くやっていたわけである。

 ひどくあやふやで、ほんの戯れ程度だったそれは、アレンが起こした行動で変化を遂げた。

 二人きりの空間で、その日はリンクから手が伸ばされた。アレンの手を包むように握り、ゆっくり距離を縮める。
 しかし、アレンはその手をいきなり離し、リンクが少し驚いている間に、カーテンを閉め部屋の照明全てを落とした。ぐいっとリンクの腕が引かれ、真っ暗の中でアレンが呟いた。

 いいじゃないですか、少しくらい、ね。

 ああそういうことか。リンクは目を細める。そのうち、こんな事になるのではないかと、聡明な彼はなんとなく察知していた。特に嫌悪感はなかった。慣れた手つきで、リンクは手袋をはずす。

 本来なら上に報告するべきだが、と咎めるかのように、リンクの頭にルベリエの顔が浮かぶ。

 それは一瞬だけで、リンクはアレンの腕をそっと掴み、唇で触れた。

 だって、誰も見ていない。シーツの波にのまれて二人して同じことを考える。互いの真意など知らない。ただ、誰も見ていないなら、きっと何をしても拒まない、拒まれない。それがわかるくらいには、二人の距離は近付いていた。





 失敗した。

 リンクが自分の愚かさを恥じたのは、この関係が始まってから約半月が経った頃だった。

 真っ暗の中で、いつものように非生産的な戯れの中で、彼は突然気付いた。手を這わせれば、アレンが暗闇の中で笑う。その小さな声に、思わず自分まで嬉しくなっていること、好きかも知れないということ。

 その瞬間、リンクは誰にも見せたことがないほどの間抜け面になった。一筋の光もないので、アレンにその顔は見えなかったが、ふいに雰囲気が変ったことに対して、急かすように甘い声を出す。心の変化を悟られぬように、リンクはアレンの首筋に勢い良く噛み付いた。

 なぜ気付かなかったのだろう、まさかこんな。

 そこからはいつもの行為が、天国のような地獄のようなものだと、リンクには感じられて仕方がなくなった。急かすように出す甘い声も、絡まる指も腕も、全てに錯覚を起こしそうになる。

 アレンにとって自分は都合の良い相手ではなくて、もしかしたら。そんな錯覚に溺れたくなったリンクは、その日、理性を全て見て見ぬふりをした。

 それなのに、アレンは小さく「もしかして溜まってた?」などと呟く。リンクは、口汚い言葉で罵ってやりたいと思ったが、結局何もできずに、この関係はずるずると続いている。





 隙間なく暗幕カーテンがかかる窓は、一切の光を通さない。部屋の電気も点けずにいるため、そこは真っ暗だった。

 手探り状態で、アレンはベッドに座るリンクの膝の上に乗った。リンクは無言でその腰に腕をまわす。

 あれだけ食べて、なぜこんなに細いのだろう。

 そんなことを考えながら、もう片方の手でアレンの顔の輪郭をなぞり、唇の横に親指を置いた。暗闇の中、それを目印にして軽く唇を落とす。リンクの眼の辺りで、アレンの睫毛がパサリと音を立てた。

「くすぐったいんですが」

「いきなり仕掛けてくるリンクが悪い」

 何を今更、どの口が言うか。全部君のせいだというのに。

「それに、キスする時は眼を閉じるものだ」

「暗いし、見えないからいいじゃん」

 ああ言えば、こう言う。

 しびれを切らしたように、アレンはすぐ側の鼻先に噛み付いた。

 衣擦れの音がやけに大きく響く中、リンクはぼんやり呟いた。

「一体、いつまで」

 こんな関係を続けるんでしょうね。

 本当に、単純な疑問だった。ただ、そこまで言い終わる前に、バサッと団服が床に落ちる音で残りは遮られた。

 それではっとしたように、リンクは膝に乗るアレンを抱えなおした。

「ねえリンク」

 君が何も言わなければ、これはいつまでも終わらないんですよ。

 リンクの背筋がぞくりと震えた。

 どういう意味だ。

 そんな問いを返す暇も与えず、冷たい身体が腕の中で丸まって、適度に筋肉の付いた腕がリンクの首に絡まった。擦り寄るアレンは、リンクの耳の横で呟く。

「リンク、聞いて」

 くぐもった、甘い声がリンクの脳内に染み渡る。知らず知らず、熱っぽいため息がリンクの唇から零れる。その息が首筋にかかったのか、アレンは少し震えた。

 終わらせたくないです、僕は。君は、違うかもしれないけど。

 そうではないのだ、とリンクが慌てて唇を開くと、すぐにそれは塞がれた。ついでに、んー、と甘い声までプラスされて、苦しいのか、人恋しいだけなのか、そんな視線が降ってくる。

「何も喋らないで」

「無理だ」

 リンクは頭を侵す甘い毒を振り祓い、アレンの腕を一まとめにしてベッドに押し付けた。

「ウォーカー、好きだ」

 息をのむような音の後、だがアレンの返事は実にそっけない物だった。

「そう」

 リンクはその後に何か言葉が続くものだと思い、暫し待った。ところが、アレンは何も言わず、身じろぎもせず黙っている。
「聞いてますか」

「うん。聞いてました」

 乱れた金髪が、アレンの頬に垂れかかる。

「で、君は」

「え、僕ですか」

 聞いてどうするんです。

 その返事に、リンクは呆然とした。いつも丁寧な物腰のアレンから発された言葉とは、とうてい思えなかったのである。気にせず、アレンは続けた。

「リンクって、慣れてますよね。いつもそうやって女性を口説くんですか。ていうか多分それ、気の迷いですよ」

 なんか、こういうことする雰囲気じゃなくなっちゃったみたいだし。もう寝ますね。

 アレンは明るくそう言うと、リンクの拘束から逃れ上半身を起こした。

 最近の子どもはなんて生意気なんだろう。リンクは眉間にしわをよせ、立ち上がりかけたアレンの身体を窓に押し付けた。その拍子に、カーテンに隙間ができる。一筋の光があたるアレンの横顔をリンクは凝視した。人からの好意を無下にするのは、紳士としてどうなのだ、と怒鳴ろうとしたのだが、アレンの表情を見たリンクは何も言えなくなってしまった。

 もしかして、いつも泣いていたのか。それを隠すつもりで真っ暗の中でこんな風にしていたのか。

「なぜ君が泣くんです」

 何かをかみ締めるように、涙を堪えて、アレンは震えていた。

「リンクが僕のことを好きと言うから」

 なんてことだ、そこまで嫌われていたなんて。

 リンクの手がアレンの身体から離れそうになり、アレンは苦しそうに呼吸をした。

「いいえ。好きですよ。きっと出会ったときからずっと、大好きなんです、だから嫌なんです」

 それだけ早口で言うと、アレンはしゃがみこんだ。

 一人立ち尽くすリンクは、訳がわからずに声を荒げた。

「ならなぜ泣くんです」

 アレンはリンクの眼を睨んで、叫んだ。

「狂いそうになるんです、全部どうでも良いって思いたくなる、14番目とか、ハートとか千年伯爵、それに、マナでさえも、全部忘れたくなる」

 愛してる。

 全て出し切り、アレンは大声で泣いた。それをぎゅっとリンクは抱きしめたが、自分が何かとんでもない罪を犯した気がして、恐ろしくなった。

 ウォーカーから、戦意を奪ってしまったのかもしれない。大問題だ。それが無くなるのが、恐かったから、彼は何も言わなかったのかもしれない。

 責任ぐらい、取らせて欲しい。

 リンクは、そっとアレンの二の腕辺りを吸った。

「今くらい、忘れませんか」

 アレンが驚いたようにリンクの瞳を見つめた。

 ああ、私は何を馬鹿なことを言っているのだろう。

 そうは思っても、勝手に言葉が飛び出す。

「全部、どうでも良いって思えば良いんです。いっそ、どこかへ逃げましょう。ベネチアなんてどうですか。ここなんかよりずっと明るいですよ。君も泣いてなんかいないで、たくさん笑うかもしれない」

 抱きかかえたアレンの身体が震える。

「リンク、何言って」

 咎めるような、焦るような声は、多分私を心配してのものだろう。

 リンクは苦笑気味に続けた。

「私だって、こんな、馬鹿げたことを言ってしまう位には君のこと、愛しているつもりですよ」

 今の、誰かに聞かれていたら、私は監査官をクビになるかもしれませんね。

 そう言って笑うリンクを見上げるアレンは、唖然としていた。

「君、本当にリンクなの。それとも狂ってるんですか」

「そうかもしれません。お似合いじゃないですか。それに」

 いいじゃないですか、少し悪いことを考えるくらい、ね。





 どちらが。

 どちらも。






end







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