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水玉とストライプ(振り.浜泉)

※浜田+泉


 空を見上げたら、雨が降り出しそうだったので。
 別に、そんな小さな理由を作らないと、会いに行けないわけではなかったけれど。






水玉とストライプ






 泉が、ひとりで暮らす浜田の家に急に押しかけるのは、良くあることだった。家主を気にせずに床に寝転がりゲームをしたり、好き勝手に振舞う。それを苦笑交じりに、けれど楽しそうに浜田は見つめているから、更に泉は調子に乗る。

 あ、今日泊まってっていい。

 いいけど、布団貸さないぞ。

 はあ、何言ってんの、聞こえねー、借りるぜ。

 そんなことが何度も続くので、狭い押入れには、客用の布団が一組置かれるようになる。浜田の布団の取り合いはなくなったが、自分専用の布団があるのだから、と泉は前よりも頻繁に浜田の家に押しかけるのだった。

 それでも浜田は元後輩の暴挙に怒ることはなく、泉も本当に浜田が怒ることはしなかった。

「浜田ー」

 今日もまた、部活を終えた泉は浜田の家を訪れていた。最近では、野球部の練習に浜田が付き合うのはお馴染みの光景になっていたが、浜田がバイトの日は部活に顔を出すこともないので、そんな日は泉もむやみに家に押しかけることはしない。つまり、今回泉が浜田の家にやってきた理由は、押しかけではない。

 風邪で学校を休む、というメールが泉の元に届いたのは、朝早くである。内容を読んだ時こそ、軟弱者めとせせら笑った泉だったが、色々考えた末に、薬やらなんやらを持って古いアパートまで足を運んだ。

 ひとり暮らしで心細いだろうし。泉が心で呟いたのと同じタイミングで、目の前のドアが軋む音をたてる。
 現れた浜田を観察して、泉は首をかしげた。

「んだよ、元気そうじゃん」

 浜田は血色が悪いわけでもなく、足元がフラフラした様子もない。ただ、服は寝間着替わりのジャージのままで、一日安静にしていたことが窺えた。

「泉、来てくれたんだ」

「まあ、一応」

 邪魔するぜ、と一言、泉は玄関に滑り込む。それを浜田が慌ててとめた。

「俺今からバイトに」

 行くんだけど。

 そう続けようとした言葉を、泉が遮った。

「何バカなこと言ってんのお前、風邪引いてんだぞ」

 続けて、今日はバイトの日ではなかったはずだと、捲し立てる。泉の怒ったような口調から、見え隠れする心配を感じ取った浜田は、少し唇に笑みを浮かべた。

「さっき急に頼まれちゃってさ。つっても、3時間位だけだし、それになんか楽になってきたし」

 あれかなー、泉が来てくれたからかなー。

 浜田はふざけて明るく笑う。一方の泉はというと、不機嫌オーラを隠しもせず、声を荒げた。

「人が心配して来てやってみれば、学校休んだくせにバイトかよ」

 泉はバッグから薬を取り出し、乱暴に浜田の手に握らせた。

「もう知らね。勝手に風邪こじらせてろバカ浜田っ」

 それだけ言うと、もと来た道を走っていく。浜田は、あっという間に小さくなる泉の後ろ姿を見つめ、温もりの残る薬をそっと握り締めた。





 苦しい部活の後の全力ダッシュで、泉は家に帰って来たときにはへとへとになっていた。夕飯を食べても食べても足りないくらいで、それと同様に苛々は治まらない。

 あー、行って損した。そうぶつぶつ言いながらも、宿題をするために机に向かうあたり、真面目な泉の性格が現れている。

 しばらくペンを走らせていると、サーッという音が部屋に響き始めた。視線を上げると、窓に細かい粒があたって流れていくのが見える。

 あいつ、傘持って行ったかな。
 ぼんやりそんなことを考えた泉だったが、小雨だし、バカ浜田のことなんか知らないし、と首を2、3度ふり、ペンをぎゅっと握った。
 しかし、すぐにその集中は途切れる。小雨だ、と軽く思った雨は、激しく大きな雨粒に変り、窓に何度も体当たりを繰り返していた。

「なんだっけ、こういうの」

 思わず呆然と呟く。1分もしない内に、雨はどんどん激しさを増していった。

 ゲリラ豪雨とか、そんなんだっけ。

 天気予報では、夜中雨となっていたが、浜田がそれを見ているはずがない、と考えた泉は、時計を見てため息を吐いた。今から行けばちょうどバイトが終わる時間だった。

 怒鳴ってしまった後に行くのは癪だ。それにこの雨の中を歩くのも嫌だ。でも病み上がりで、もう知らねと言ったのも、勝手に風邪こじらせてろと言ったのもオレなんだよな。

 しばらく唸った後、泉は薄い上着を羽織った。





 バイトを終え、突然の雨に困り果てた浜田は、自分を待つ泉の姿を見つけ頬を緩ませた。

「マジ助かったわ、流石俺の泉ー」

「うっわ、キショイこと言うな、鳥肌立つ、バカ、風邪菌」

「え。そこまで言っちゃうの。なんか悲しい」

 豪雨の中を歩いた泉の髪は湿っていた。だが、それについては泉は何も言わず、ただ浜田の言動のみを罵った。浜田も、ありがとう、とは言ったが、ごめんとかそういう言葉は発さなかった。互いにそれが当たり前だと思っていたし、先ほどのバイトに行く行かないのちょっとしたさざ波も、もうすっかり静まっている。

 早く帰ろうぜ、と泉が浜田に傘を差し出した。その傘を受け取り、開いた瞬間浜田の口があんぐりと開いた。

「えー、ちょっと、泉さん」

「な、なんだよ」

 泉は、額に汗を滲ませ明後日の方向を向いている。浜田はげっそりした顔で、再度泉の名を呼んだ。

「あの、なんか、ピンクじゃね」

「え、そう、かなー」

 浜田が横目でちらりと泉を見やり、続ける。

「いや、ピンクだろどう見ても」

「いや、オレには、あー、そうだな強いて言うなら、水玉模様しか見えないわ」

「うん、ピンクの水玉模様だな」

 暫しの沈黙。先に口を開いたのは泉だった。

「仕方ねーだろ、うちにある予備の傘、それしかなかったんだ」

 作り笑いを浮かべながら、泉は傘へのフォローをした。

「ギャップっていうかなんつーか、やっぱし、上級者のコーディネートって言うのか、なんか、こう似合ってるぜ」

 浜田は、随分とアバウトだなと言葉を発さずに呟いた。

 嫌なら返せ、お前は濡れて帰れ。

 待て待て。

「泉の傘の柄はどんなの」

「フツーだよ、フツー」

「じゃあ俺そっちが良い。交換しよーぜ」

 泉はすっぱりと言い切った。

「嫌だ、そんなファンシーな傘」

「あはは、ほら、お前も嫌なんじゃん」

 激しい雨音で浜田の笑い声はかき消されたが、泉にはしっかりと届き、二人して豪雨の中で笑う。

 そして背の高いピンクの水玉と、それを笑う小柄な青のストライプは、雫を弾いて歩き出した。



 空を見上げたら、雨が降り出しそうだったので。
 別に、そんな小さな理由を作らないと、会いに行けないわけではなかったけれど。
 そんな距離感がひどく温かいだけ。






end






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