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孤独と愛の真っ黒涙※(青祓.ネイ燐)

※ネイガウス(←)燐
※燐独白


 ネイガウスと出会った時、瞳の奥が冷たい奴だと思った。俺を憎んでいると知ったのは、その数日後。奴につけられた大きな傷はすぐになくなってしまったが、その痛みはひかなかった。

 その痛みの原因が、彼に愛されることは絶対にないから、だと気付いたのは、魔王の落胤だと皆にばれたすぐ後だった。






孤独と愛の真っ黒涙






 塾が終わり、いつも通り寮に戻ろうとした俺が、その日ネイガウスに会ったのは全くの偶然だった。
 基本は、シュラか雪男が常に一緒にいないと自由に身動きできないが、中級以上の祓魔師でなくては出席できない会議もある。そのときはただ邪魔になるだけなので、部屋でおとなしくしているという約束で一人の行動が許されることもあり、今回がそれだった。

 近くの鍵穴のある扉に鍵を差し込もうとしたその時、急にその扉が開き、俺は中から出てきた人物に正面から体当たりしてしまった。それが元塾講師、今は停職中のネイガウスだったのだ。

 悪魔を心底憎むコイツは、当然のことながら俺のことも憎んでいて。
 なのに、なぜかネイガウスは俺の腕を掴んだ。突然だったので、何がなんだかわからない。俺が鍵を差し込もうとしていた扉には、もうネイガウスの鍵が突き刺さっていた。そして俺は、その向こうへ突き飛ばされ、冷たい床に這いつくばった。

 なんだよ、ぶつかった位で怒ってんじゃねーよ。そう言おうと口を開いたが、そこから出たのは悲鳴染みた声だった。

 奴は突然、俺の背に覆いかぶさり、衣類を剥ぎ取った。後ろから伸びる手が、ワイシャツのボタンを3つほど外し、面倒になったのか、嫌な音を立てて破っていく。肌に触れたのは奴の傷だらけの冷たい手、その感覚に身体が勝手に震えた。

 コイツは本当に、あのネイガウスなんだろうか。俺を憎んで憎んで殺そうとした、あの。なぜこんな事をするのか、だって、本当に俺を憎んでいるのなら、こんな事しないだろう。憎んでいない筈はない、でも、それならばどうして。

 血のにじむ包帯が目の前にチラつく度、恐怖と、得も知れぬ興奮が湧き上がる。

 未だネイガウスは一言も発しない。息が荒くなるのを必死に堪えていたら、急に身体が浮き上がった。ベッドに運ばれ、背中に影が落ちていく。ろくに前戯もしないまま、このまま進めるつもりか。俺を痛めつけたいのか。なんだかもう、それでも良いような気すらしてくる。コイツがどんな気持ちでいるかなんてわからない。ただ、俺にとってこの行為は「愛」を意味する物なのだから。

 ぐっと深く沈み込んだそれに、湧き上がってきた想いは、喜びでも幸せでもなく、罪悪感と不安だった。

 目の前が暗くなる気がした。
 眼を閉じてただ身を任せれば、暗さとは間逆の真っ白で眩しかった。

 今どんな気分だと聞かれたら、迷わずに最悪と答えるだろう。それが正解で、間違っても嬉しいとか幸せとか、そんな感情を漏らしてはいけないから。





 彼にどんな意図があってこんな事をしたのかは、さっぱりわからなかった。でも少しだけ、赦されてみたいと思った。

 未だどくどく脈打つ心臓をシャツに押しつけて、身体の向きはそのままに、右手だけベッドを這わせた。ゆっくりとシーツの端から徐々に真中へ。狭いベッドを一往復しても、そこは冷たく、求めている温もりは無かった。大分前から居なかったのかもしれない。

 代わりに右手に触れたのは、自らの尻尾。なんだ、無意識に探していたんだ、と笑いたくなった。両手でシャツを抱きしめる。ぎゅっと身を中心に集めて丸まった。安心できる体勢、母親のお腹に居た時にしていただろう格好。
 頭を高い位置に置きたくて、枕を引き寄せた。汗でほんのり湿った頭をその上にのせると、アイツの匂いがして、苦しくなった。

 早くここから去らないと。わかっていても動けなかった。ネイガウスは、いつ戻って来るだろう。シャワーを浴びているだけならすぐに戻って来るだろう、でもそんな水音はしない。急な任務だろうか。
 とにかく出来るだけ遅いと良い。もう少しだけ心地よさを味わっていたい。いつかは戻って来るだろう、それまでは。

 眠っていたのはほんの五分程度だと思ったが、それは勘違いだったんだろうか。部屋を見渡しても壁に時計かかっておらず、目覚まし時計も無い。携帯を探すため、分厚い本が無造作に積み上げられている床を手でまさぐった。瞼が重い。今にも眠ってしまいそうだ。

 その手に何か硬い物があたり、爪が軽く音をたてた。なんだろうと拾い上げて、ぎょっとした。
 古くて、端のかけた写真立て。その中に、笑う女性と柔らかい表情のネイガウスが居た。今より隈もしわも目立たなくて、ずっと若々しい。

 なんて酷い奴だろう。書類まみれの床に置くなよ。ちゃんと机の上とか、目立つところに置けば良いのに。
 そうすれば、あんな、ほんの少しの幸せだって感じなくてすんだのに。

 一度だけ重ねてくれた傷だらけの手の熱、背中に落ちてきた汗、最後の一瞬に感じてしまった気持ちよさと、堪えられなかった俺の声に被さったアイツの息遣い、何物にも勝る優越感。

 本当はあの時、振り向きたかった。永遠の灼熱地獄のように思えたその間中ずっと、名前を呼んではいけない気がして、でも口を開いてしまえば絶対に呼んでしまうとわかっていたから、必死で唇を噛んだ。
 何も言葉を交わすことが出来なくても、表情だけでも知りたかった。だから振り向きたかった。結局、恐くてそれは出来なくて、ただ身体から熱いものが抜けていくのを黙って待っていた。
 内股をぬるりとしたものが伝う。
 生まれる優越感。
 何物にも勝る優越感。それが、ぼろぼろに崩れていく。優越感なんて、覚えてはいけないのに。罪悪感のかけらも無い、純粋な優越感、それに安心して意識を手放したのに。

 アイツは、どんな目で俺を見下ろしていたんだろう。汚いものでも見るかのように蔑みの、憎しみしかない、そんな目なんだろうけど。だからって、一度くらい夢を見させてくれてもいいだろ。写真の中の幸せそうなネイガウスをなぞったら、俺の涙で濡れてしまった。

 遠くで、ドアの開く音がした。戻ってきた。ここから去らないと。

 制服のズボンから震える手で鍵を取り出し、寝室の扉に差し込む。急いで身の回りの物をかき集めた。写真立てをベッド脇の机に置こうかとしたが、結局元の場所に戻しておいた。
 その間にもどんどん近付いて来る人の気配。涙を拭ってドアノブを回し、見慣れた寮の部屋に飛び込んだ。




 ああ、そういえば。彼は一度だって俺の名前を呼ばなかった。

 欲しかった唇は、降りて来なかった。無理やり奪えば良かった。
 好きと言わせて欲しかった。
 あんたが愛してくれなくても、苦しいくらい、窒息しそうなくらい、心の中は火傷し放題なんだって、そう言ったら困らせるだけなんだろう。


 膝を抱えて、雪男が戻ってくるまでの間、アイツを想って泣くぐらい赦してくれよ。


 彼の眼に一度だけでも俺を映して、神様。






end






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