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君は知らない.後(D灰.LA)



 図書館にてウォーカーにキスされる。

 自らの綴った文面を見て、リンクは眉間にしわをよせた。

 これでは、私が間抜けのようではないか。

 憶測でも予想でもいいから何か付け足そうと思い、胸のポケットのペンに手を伸ばし、そこで彼は動きを止めた。
 図書館にてウォーカーにキスされる、とその他に一体なんと書けば良いのだ。そう思ったからである。
 他に書くことといったら、と強く目を瞑って、頭の中で色々整理してみようと試みる。

 何かの罰ゲームの内容なのではないか。だとしたら、なんて悪趣味な罰ゲームだ。それとも普段から彼に厳しい私への、仕返しのつもりなのか。だとしたら、なんてくだらない。
 単純に考えてみれば、それはつまり好きと、そういうことなのだろうが。だとしたら。
 だとしたら、困ったことになった。というか、確定で間違いない。

 リンクは鈍い人間ではなかった。きっかけさえあれば、全て手に取るようにわかるのだ。先ほどのアレンとのやり取りでラビが感づいたように、彼もまた確信を持つようになっていた。

 しかし、なぜ自分なのか、それがわからない。リンク自身は、アレンに対して特別な感情を抱いているわけではなかったし、何か優しくしたことも特になかった。

 まさか、ケーキを作ってやったからでもあるまいに。
 監視対象、そうだ、監視対象から好かれているというのは逆に便利なのでは。これからの行動も、情報を聞き出すのにも、きっと楽に。
 いや、それは。

「人として最悪な行為だ」

「何か言いましたか」

 はっとしてリンクは振り返る。声に出てしまっていたそれを、アレンが聞き取ることができなかったのを確認し、リンクはひとまず安心した。

「準備はできましたか」

「僕は行きませんから、どうぞお一人で」

 そう言って、アレンは布団を取り返すのを諦め、代わりにリンクの整理整頓されたベッドにダイブした。

 リンクの額に青筋が走る。

「だから、君を一人にはできないと言ったでしょう」

 すると、アレンは横になったまま自らの両手を前に突き出し、にっこり笑った。

「術でもなんでも使って、僕をここに拘束して一人で行けばって言ってんですよ、バカリンク」





「で、マジで拘束して一人で来たわけなんか」

「何か問題でも」

 何かって、結構問題だらけだろ。

 湯船に浸かるラビは、少し離れた場所で寛ぐリンクを横目で見た。

「しかし、今日はホクロふたつに良く会うさー」

「本当に。あなた、暇なんですか。ブックマンは忙しそうでしたけれど」

「なあ、あやまるから、毒吐くのやめてくんない」





 その頃アレンは、リンクの術によりベッドの端と繋がれた己の左手を見て、ため息を吐いていた。

 まさかあんなに躊躇もなく拘束して行ってしまうとは、そんな思いもあったし、好きな人のベッドの上にいて落ち着かないという想いもあった。つまらなくて辺りを見回すと、リンクの机の上に手帳が置かれていることに気付き、首を傾げた。
 それはいつもリンクが持ち歩いている物だった。

「忘れていくなんて、珍しい」

 自由な右手でそれを持ち上げてみると、意外と重さがある。アレンは膝の上に手帳を置き、図書館でリンクに触れたようにそっとカバーを撫でた。

「僕への悪口が書いてあったりして」

 そしたら、へこむなあ。

 苦笑交じりに手帳を見つめるアレンのもとに、窓からティムキャンピーが飛び込んできた。突然のことにアレンは肩を震わせたが、外から聞こえる金色のゴーレムを探す元気な声ですぐに事情を察した。

「ティムってば、ずーっとティモシーに追いかけられてたんだね」

 そして、おかしそうに笑った。それに腹を立てたのか、ティムキャンピーはぶんぶん飛び回り、アレンの持っていた手帳に激突した。力尽きたように、手帳もろとも地に落ちていく。

「ティムっ」

 アレンはぐったりしてしまったティムキャンピーを拾い上げ、硬直した。
 床に落ちた手帳は、無言で今日の日付のページを開いていた。

図書館にてウォーカーにキスされる。

 みるみるうちに青ざめていくアレンを、ティムキャンピーは不思議そうに見上げた。





 同時刻、湯から上がり服を身につけていたリンクもまた、青ざめていた。

「手帳が、ない」

「何々、なんかまずいことでも書いてあんの」

 リンクは乱暴に髪から滴る雫を拭いながら、ラビの間延びした声に応じる。

「ええ、まずいです。特にウォーカーにみられると多分、面倒くさいことになります」

「アレンがどうかしたんさー」

 いらいらしながら、しかしさらりとリンクは言ってのけた。

「図書館にてウォーカーにキスされる」

「ぶふぉおっ」

 ラビは奇声を発して、リンクを凝視した。リンクは、そんなラビを怪訝そうに見やり続ける。

「何を驚いているんだか。あなた気付いているでしょう、ウォーカーが私に懸想していること」

「え、アレン、お前に告白したのかよ」

「いいえ。では私は急ぐので、失礼」

 あっという間に身支度を整えたリンクは、その場を後にした。残されたラビは引きつった笑みを浮かべ、金輪際、身近な人の恋愛事情には首を突っ込まないようにしようと、心に誓った。





 リンクが部屋の扉を開けると、あからさまにアレンが体を震わせた。その様子に気付かなかったふりをして、リンクは尋ねた。

「何か、変わったことはありましたか」

「いいえ。何も」

 机の上の手帳は、何事もなかったかのようにその場に佇んでいた。アレン自身も、見事なポーカーフェイスだった。
 しかし、アレンの右手はティムキャンピーの尻尾を掴み、ずっと振り回し続けている。

「何か、見ましたか」

 リンクがそう尋ねると、さらに右手の動きが激しくなった。

「いいえ。何をですか」

 これは、見たな。

 そう思ったリンクだったが、そうですかとだけ呟き、アレンの左手の拘束を解いた。




 夕食後も、リンクにとっては二度目の風呂の後も、彼らのやり取りはいつもと変わらなかった。あまりに普段と同じ過ぎて、夕食時にまた偶然一緒になったラビが、困惑気味な視線をリンクに送るくらいになんの変化もなかった。

 就寝前、リンクは手帳にもう一行だけ追加した。

 彼はあくまで、見ていないと言い張るつもりらしい。

 手帳をしっかり引き出しにしまうと、好きだと知られたくないのだろう、とリンクは考えた。

 でも情けないことにわからない。なぜ彼が私を選ぶのか、なぜ想いを知られたくないのか。普通なら、相手に想いを伝えたいと思うのではないのか。
 それなりに人よりは多く経験を積んでいるつもりだ。

 とにかく、さっさと告白してくれれば、想いを受け入れることはできないと、すぐに言えるのに。
 それに、このままでいられても困る。
 嫌悪感はないのだ、面倒だとは思うけれども。



 アレンは、リンクが深い眠りに着いたのを、今度はしっかり確認し彼の枕元に立った。
 月明かりに照らされたリンクの美しい寝顔に、アレンはまた頬を染めた。

 悔しい。
 鼾のひとつでも掻いてくれれば、百年の恋だって醒めるだろうに。
 いや、やっぱり醒めないのかもしれない。





 彼は知らない。

 彼も知らない。






 
end




おそらく続きます




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