short
marshmallow
※利央視点
夏が終われば秋が来る。
少し前まで暑い暑いと言っていたというのが嘘のように、涼しくて過ごしやすくなった。
涼しい、というか朝方とか夜は肌寒いほど。
だから寒いときは、兄ちゃんにベタベタくっついて暖をとる。
だいたいオレが寒いと感じるときは兄ちゃんも寒いみたいで、特に文句は言われない。
夏場は汗がお互いに気になってあまりくっつかないようにしていたから、その寂しさの分もしっかり密着。
それで、二人でのんびりとくだらない話をしてお菓子を食べる。
野球は大好きだけど、季節の変わり目のこういう時間も結構好きだ。
marshmallow
兄ちゃんの部屋のいつもきれいな床には今、お菓子の袋がたくさん置いてある。
兄ちゃんの隣に座って、ゴツい手がその中をがさがさやるのをぼーっと眺めた。
時々思い出したように、兄ちゃんの手がオレの髪をぐしゃぐしゃ撫でる。
目を細めてその体温を感じれば、ああ、しあわせ。
このまま眠ってしまいたい。
「兄ちゃん、眠い、寒い、お腹空いた」
そう言って、オレは兄ちゃんの背中に寄りかかった。
兄ちゃんの背中はちょうどいい暖かさだった。
今なら気持ちよく眠れる気がする。
目を閉じて兄ちゃんにしがみつくと、煎餅をバリッと折る音がすぐ近くで聞こえた。
広がる醤油の香りにオレのお腹がきゅるるっと切な気に鳴く。
瞼が重い、お腹空いた、眠い、醤油の良いにおい。
オレは目は閉じたまま兄ちゃんの肩に顔を乗せて、醤油でベタついた兄ちゃんの唇を指で拭った。
香ばしいその指にキスしたら、予想外に塩気が強くて驚いた。
「煎餅しょっぱい」
目を開けて睨みながら、兄ちゃんの服を引っ張って文句を言った。
すると兄ちゃんは急に身体の向きを変えて、胡座をかいた上にオレを横向きで座らせると、オレの額にデコピンした。
「つーか、寒いのは良いとして、眠いのか食いたいのかをはっきりしろよ」
ほら食うのか、と兄ちゃんが煎餅をオレの唇に押し付けてきた。
ベタベタするそれを顔を背けて拒否する。
だから塩気がさ、強いから食べたくないの、その煎餅は。
「いらねぇなら俺が食うからな」
どうぞ。
軽く兄ちゃんに頷いてから、床に広げられたお菓子達を眺めた。
煎餅、ポテチ、じゃがりこ、プリッツの焼きとうもろこし味。
しょっぱいのばっかりなんだけど。
「甘いのないの」
煎餅を頬張る兄ちゃんの背中に腕を回してそう言った。
「そこにないのか」
「んー、ない」
「リビング探せばあんだろ。取ってこい」
取ってこいって……なんか犬に言うみたいに聞こえるんだけど。
何ソレ、どうせオレが持ってきたら我が物顔でほとんど食べちゃうくせに。
煎餅の粕がパラパラ落ちてきたけど、気にせずしがみついた。
とても暖かいけどもう眠くはなくて、それより空腹の方が強い。
兄ちゃんが煎餅を食べ終わったので、ぬらっと光る兄ちゃんの唇と自分のをそっと触れあわせた。
「一緒に探して、兄ちゃん」
兄ちゃんの唇はまだしょっぱい。
リビングの戸棚を手分けして次々に開ける。
オレの担当した方の戸棚には小麦粉かパン粉しかなくて、甘いお菓子はなかなか出てこない。
兄ちゃんの方はどうだろう、そう思って兄ちゃんの様子を盗み見た。
「なんだこれ、消費期限切れてんじゃねえか」
ちゃんと使いきるか捨てるかしろよ。
とか色々ぶつぶつ言っていた。
兄ちゃん、どっかの姑っぽい。
文句を言いながら棚を見ていく兄ちゃんの背中に笑いそうになったが、なんとか耐えた。
戸棚の扉に顔を隠してニヤニヤが取れるようにじっと待つ。
ここで大声で笑いなんかしたら、せっかく二人でいるのに兄ちゃんムッとするし。
再び戸棚の中をチェックしようとしたら、突然肩を引っ張られた。
「何笑ってんだ、探せよバカ」
バレてた。
思わず目を瞑ると唇に何か柔らかな物が触れた。
キスかな。
ずっとオレからぐいぐい行ってたから、兄ちゃんからキスされるの久しぶりかも。
うれしー……んだけど、あれ。
一瞬舞い上がったが、何かおかしい。
兄ちゃんの唇にしては、妙にふにふにしている。
それにしょっぱくない。
恐る恐る目を開けた。
ニヤニヤしている兄ちゃんの手にあった物を見て、なるほどと思うのと同時にがっくり力が抜けた。
「マシュマロ……」
「なんだ、嬉しくねぇのか」
「嬉しいけどさ」
兄ちゃんの眉間にシワが寄った。
ちょっと、シワ寄せたいのはオレの方なんだけど。
ここはさぁ、不意討ちでキスするところでしょ。
なんでマシュマロなの。
甘いお菓子探そうって言ったのはオレだけど、マシュマロ好きだけど、パッケージも可愛いけど、日付過ぎてるけど、って。
「兄ちゃん、それ賞味期限切れてんじゃん!何て物食べさせるんだよっ!」
オレが可愛くないの!?
黙れうるせぇ!
「兄ちゃんひどい……」
信じらんない、弟の口に賞味期限切れの食べ物突きつけるとか最悪。
兄ちゃんがため息をついてマシュマロの袋をオレに見せながら言った。
「おいアホ、消費期限と賞味期限の違いって知ってるか」
「そんな難しい事知らないもん」
「いや難しくねーだろうが。お前、家庭科の時間に何やってんだよ」
「寝てるに決まってんじゃん」
威張るな!
兄ちゃんが呆れたように怒鳴った。
「賞味期限は、最悪切れてても食えんの。明らかにヤバイもんもあるけど。で、このマシュマロは大丈夫だから」
へ、そうなの?
「そうだよ。おい、今度家庭科のテストの答案見せてみろ」
それに、俺が利央にヤバイもんを食わせるわけないだろうが。お前にベタボレなの知ってんだろ。
「……うん」
そんな兄ちゃんの愛情たっぷりな言葉に、たまにくれるキスと同じくらいドキドキした。
兄ちゃんの部屋に戻り、戦利品のマシュマロの食感を楽しむ。
やっぱり甘いお菓子は良いよね。
でも、二人向き合って、兄ちゃんの足を跨いで膝に乗っている体勢は少し恥ずかしい。
恥ずかしさをごまかすように、オレは兄ちゃんの唇にマシュマロを近付けた。
「兄ちゃん、あーん」
「イラネ。今、甘ぇもん食べる気分じゃねえから」
「……あそう」
兄ちゃんは煎餅の次にポテチに手を伸ばした。
マシュマロ見つけたの兄ちゃんなんだから、一つぐらい食べれば良いのに。
「甘いの要らないんだ」
「まぁ、今は」
兄ちゃんなんか、マシュマロの神様に怒られてしまえ。
オレはマシュマロを唇で挟んで、そのまま兄ちゃんにキスした。
「じゃあ、オレはどお?」
決まった。
と思ったら、
ごつん、と音がして、頭に衝撃が走った。
頭突きされた。
「お前さぁ、どうせ今はする気がないんだろ。だったら、誘うようなこと言うんじゃねぇ」
こういう時間も大事にしたいの、兄ちゃんは。
わかる?と上から目線で諭されたのがムカついた。
オレだってね、兄ちゃんとのんびりするの大好きだけど。
キスの一つや二つ、サービスしてくれたって良いんじゃない?
「ヤル気満々だし!……多少は」
「満々じゃねぇじゃん」
兄ちゃんがゲラゲラ笑う。
ダメだ、キスする雰囲気にちっともならない。
その笑いかたもなんか下品だし。
「利央」
「なに、兄ちゃ……」
唇に、しょっぱいのが触れた。
「うわ、甘い」
んー、だってマシュマロ食べてたし。
兄ちゃんの胸に顔を伏せて、こっそりマシュマロとキスして、しあわせを噛み締めた。
end
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