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【クロス・オーバー・ポイント】
『メディカルセンター』3 R-15?邪眼覚醒話 D×A 暗黒狂気設定有り注意

自我を自覚した時から、俺は何時もひとりきりだった
真っ暗だけれど、酷く居心地の良いこの場所は、何処なのかは解らないが
寝ているのか?起きているのか解らない状態で、ただ【夢】を見ていた…
もう一名の【俺】を、髪の色が違うアイツを、ただ傍観者の様に眺めていたんだ
近くて遠くて、俺自身が手を伸ばした所で、誰にも届かないその場所から…

ソレが俺に許された場所で有り、世界で有り、全てだったのだ

夢の中で、明るく目まぐるしく変わる外の世界で、成長してゆく黒髪のガキを眺めるのは
退屈極まり無いこの空間での、俺の唯一の娯楽と言った所だった
黒髪の見るモノ・聞くモノを、触るモノを、間接的に感じながらも
俺自身からは何も触れないし、誰からも認識される事もない

忌々しいが、ソレが当たり前だから、そういうモノだと思っていた、あの時までは…

まだ俺達がガキの頃の話だ、そうだ…あの時はただ夢中だったのだ…
ほんの息抜きの為の、お忍びで行った旅行先にまで、押しかけてきた暗殺者達
不意打ちを仕掛けてきた馬鹿共を、目の前に迫ってきた敵を始末したかった
お気に入りのアイツに斬りかかってきた、奴等を止めたかったダケだった

それなのに…黒髪の奴ときたら、肝心の所で間が抜けていやがるから
最初に受けた不意打ちの攻撃で、かなりのダメージを負ってしまってやがる
肉体の破損が酷すぎて、ロクに動けやしないのか?役立たずもイイ所じゃないか

遠のいてゆく黒髪の意識を感じながら、俺は強く願ったんだっけ…

俺ならば、黒髪よりずっと強い俺ならば、この危機を乗り越えられるのに
事もあろうに俺の目の前で、薄汚い手でアイツに触れようとする奴等全てを
完全に燃やし尽くして、制圧出来る、始末できる、駆逐出来る………

殺してやる・コロシてやる・コロシテヤル・コロス・コロス・コロス……………

最初のソレを、何かが弾け飛んだその瞬間を、俺はよく覚えてはいない

気がつけば…俺は焼けただれた荒野に、ただ呆然と立ち尽くしていた
それまでは、一度も感じた事の無い、外の世界の大気を頬に、その肌に感じる事にも
何も掴めなかった筈の俺の手に、感覚が有るのはどういう事なのか?
ペチペチと触る、実体の感覚に戸惑いながらも、ただ辺りを見回す

この惨状はどうした事なのか?一体何があったと言うのか?

襲ってきた刺客達は、一名も見当たらない、それどころか、動く物が一つも見当たらない
自分達の居たはずの建物はおろか、街全体が消し飛んで無くなっていた
大地は飴の様に溶けて、焼け焦げてしまっていて、まるでマグマが流れ落ちた後の様だ
破壊された街の瓦礫の間には、辛うじてカタチを残した黒焦げの屍が見える、逃げる暇など無かったのだろう
そして…未だに燻っているその地表からは、俺の魔力の臭いが、
魔力暴発の痕跡だけが、プスプスと音を立てて、煙と共に立ち上っていた

そうだ…アイツは、アイツは何処だ?すぐ側に居たはずのアイツはどうなったんだ?

実体を得たと言うのに、どうしてか?心は霞がかかった様に朦朧としていて、上手く思考が纏まらない
未だに覚束ない意識下で、それでも俺は必死に辺りを探したが、求める相手は何処にも居ない

まさか…まさか、一緒に蒸発してしまったと言うのか?

そうして居る内に、少し離れた場所からゴトリと重々しい音がする
溶けた大地の下から、剥がれるように持ち上がったのは、見覚えのある扉の一部だった
強力な魔力結界の機能のある、防音室の入口に使われていた代物だ
ドロドロに表面は溶けてはいたが、そのブ厚い装甲で、辛うじてその下は護ったのか?
いや違う…ソレを支えていた男が、アイツの守り役で、アノ家の執事が、
更にその身体を楯にして、当主の息子を護り通したのだろう…
力強く扉を持ち上げた彼ではあったが、自らの身体の下の子供を外に出すと、そのまま前のめりに倒れた
その背には、焼け爛れた酷い火傷が広がっている…直ぐに手当をしなければ命に関わるだろう

「……若、貴方だけでもお逃げください…今の私には、アレの攻撃を防ぎきれない」

呻く様に唸る男に縋り付き、子供は叫んでいた「置いて逃げる事など出来ない」と
その子供の…金色の髪を見て、震える声と泣き顔を確認して、俺も安堵したんだ…
ああ…アイツは無事だった、この酷い有様に、巻き込まれていなくて、良かったと
だから俺も触れたかった、その肩を抱いて抱き締めたかった…だけれど…

「お前は…エースなのか?ソレとも別の奴なのか?」

完全に怯えきった相手は、側に近づこうとする俺を見て後ずさる
ソレは黒髪に向ける、無防備で懐っこい目ではない
興奮しきった印の紫色の双眸は、怯え威嚇する獣の様に鋭く
華奢な肩を怒らながら、両手を一杯に広げながら、倒れた執事を庇う

「お願いだから、もうやめて…ゼピュロスは、もう動けないんだ………」

何をそんなに怯えているのか、皆目解らなかったのだが…
そんな必死な姿に、チクチクと胸が痛んだ…悔しかった…
確かにソイツはお前を護ったのだろう、お前にとって大切な奴なのも解っている
だが、倒れた男を庇うくせに、何故俺は、お前に近づく事すら許されないのか?

どうして?どうして?ドウシテ?………
そんな奴どうでもいいだろう?俺の方を見ろ・俺を見て・俺を見ろ・オレヲミロ…

そう思えば思う程に、どうしようもなく哀しくて、切なくて…同時にソレ以上の速度で
ドス黒い衝動が染みの様にジワジワと広がる、心と精神を蝕んでゆくのを感じる

………コレは俺のモノだ、誰にも渡さない…コイツが欲しい・欲しい・ホシイ………

気がつくと、目の前の子供を捕まえて、その頸を締め上げていた
相手は最初こそは身じろぎ、抵抗はしたが、目を見開いてボロボロと泣くばかりで、反撃してこない
俺にこんな事をされる何て、考えてもいなかったと言う風のツラだな
その細くて柔い頸を締め上げる俺の手を、小さな手がガリガリと苦しげに引っ掻くのだが
弱々しく俺の名前を呼び続けるばかりなのだ…だが、ソレが逆にカンに障るのだ

今コイツが呼んでいるのは、俺じゃないから…黒髪の方だから…

俺は何をしているんだ?コイツの事が何よりも大切なはずなのに
何故コイツの頸を締めている?傷付けようとしている?始末しようとしている?

解らない・わからない・ワカラナイ・ワカラナイ………

何処にも行き場がなくて、収まらない荒れ狂った衝動に、俺自身も翻弄されながらも
吊し上げた子供の顔を見上げる、ソコには、涙に濡れた紫の目に俺が映っていた
最愛の者の目の中に浮かぶソレは、口角を吊り上げて笑うツラは、完全に狂っている
我ながら、凶悪で醜いものだ…と他人事の様に思っていた
夢の中の俺と違う、燃えるような真っ赤な髪も予想通りで、特に驚きはしなかったのだが

問題はその奥だ…額にギョロリと剥く、有り得ない代物に、俺は驚愕する

【邪眼】何故そんなモノが、この俺の額にあるのだ?どうして?

そうだ…ソレなら納得出来る、コイツが俺のツラを見て酷く怯えた理由も、街が壊滅してしまった理由も
その恐ろしい事実に驚いた俺の握力が、締め上げる手のソレが、僅かながら緩んだのだろう
その隙をついたアイツは、呼吸困難にゲホゲホと咳き込みながらも
ようやく事態の沈静化を図る気になった様だ、倒れている男を護る為に、反撃を開始する
ソノの唇から、闇を刺したソレから、溢れ出すのは、今迄聴かされた事の無い唄、聞き慣れない甘い甘い旋律…

【ヒュプノス・コード】全てを安らかな死の眠りに誘う、呪いの唄
デーモン家の直系の者だけが使える、血統に込められた特殊魔法

まだ子供のアイツの禁呪は、術としては不完全だったのか?
それとも頸部を締め上げられたせいで、上手く旋律が紡ぎ出せなかったのか?
「魅了」の効果が足りなかったソレに、俺の生存本能が危険を察知したのだろう
堪らずに相手を解放して、その両耳を塞ぐのだが
脳に直接響くソレを、遮断する事など出来はしない、例え鼓膜を破ったとしてもだ
急速に襲ってくる眠気に、俺はあがらう事も出来ずに、その場に倒れ込む
そんな俺を、アイツは潤んだ目で見下ろしていた、俺の意識が途切れてしまうまで

※※※※※※※※※※※※※※

「コレは、かなり厄介かもしれないわね…」

副大魔王家の書斎に急ごしらえで作られた、診察室兼研究室には
積み上げられた【邪眼】の資料と、患者の診察データーで溢れている
過去に治安部隊に処分された献体から取り出された、邪眼の標本と、
移植用に開発された未使用の邪眼のサンプルユニット
保存液に浸かったソレ等が収められた小瓶を、捏ねくり回しながら、カリティは困った様に呟いた

「全く…僕もソレには同意見ですよ…」

と生返事を返しながら、僕も資料画像を覗くのだが、どうにも視界がぼやける
久しぶりに【エンジェル・アイズ】を外したせいか、ピントが合わせにくいのだ
他の義眼を入れても良かったのだけれど、信頼関係がまだ今ひとつの患者の前では
外したままの姿でいた方が良いだろう、少なくても今回の治療が終わるまでは…
義眼を抜いた眼孔を保護する為にと、カリティが金属製の眼帯に取り替えてくれたのだけれど
何だか落ち着かず、しっくり来ないので、つい何度もその上を指で撫でてしまう
おかげで、「子供じゃあるまいし、あまり刺激しない方が良いでしょ」等と、小言を言われてしまった

そう、移植手術を受けたモノならまだしも、先天的な邪眼の場合は、その切除手術すら困難なのだ
根本的には再生力の強い悪魔が、生まれた時から持っていた器官を
再生しようとする生命力を、完全に切除・駆逐する事は、途方もなく難しいのだ…
しかも…DNA的にソレを越えた、無限再生機能も組み込まれているなら尚更に

「単純に切り出して、その後から、もう生えて来ない様に出来ないのか?
アンタの角みたいに、【呪い】で抑えるとか?」

カリティの角の切り口を、しげしげと眺めながら
何故かこの部屋に常駐状態の大柄の悪魔、ゾッドが尋ねてくるので

「そう簡単に抑えられる様な、代物じゃないよ【邪眼】は、兵器なのだから
鬼族の角の再生力なんかとは、比べ物に成らないんだよ」

と僕は替わりに答えた、全く何で彼はココに居るんだろうね?
いや別に邪魔をしているワケじゃないんだけど…
患者のつきそいなら、別室で休んでいる患者に付き添ってやればいいのに?

生体実験室の僕等を信用出来ない、と患者に頼まれて見張っているのか?
とも考えたのだけど、ソレは取り越し苦労の様だ、
専門的で難しい事はよく解らないが、友人が受ける治療に興味があるそんな所だろう

むしろこちらの質問にも、キチンと答えてくれるのも助かっている
今この場に居ない2名が、諸事情で言いにくいそうにしている部分まで、ぽろぽろと
最もこの裏表の少なそうな彼には、見張り役など最初から無理だろうね
まぁ…魔術師同士・医者同士だと、無自覚に危険な方向に話が進んでしまう事もあるから
ストッパーとしては丁度良い存在かもしれないので、研究スペースへの入室は拒まない

その上、頼んでも無いのに、それなりの手伝いもしてくれる
「俺だけ手持ち無沙汰なのも性に合わない」等と言って
主に専門知識の要らない力仕事や、雑用を嫌な顔を一つせずにこなしてくれる
カリティは面白がって、ここぞとばかり彼をコキ使っているけど、
僕には少し抵抗がある、イメージとかけ離れているけど、彼も軍属には違いないから

大体…それなりの地位の軍属と言う者は、変に気位が高いモノだ
率先して戦場に立たない者を見下して、横柄な態度を取る者が殆どなのだが
彼の場合、拍子抜けする程ソレが無い為、逆にやりにくくて困るのだ

一度信じると決めた相手には、とことんオープンなのか?警戒心がなさすぎる
彼に対しては失礼な話だが、上級悪魔と付き合っていると言うよりも
大型の犬に懐かれたような?奇妙な感覚に襲われてしまうのだ

確かに同じ上級悪魔であっても、僕やエースよりも若干魔力は弱そうだけど
ソレに変な劣等感や、引け目を感じているワケでもなさそうなのに
ココまで相手に、無防備に懐かれると言う状況下に慣れていないからね、僕自身が
外では暴れ者とか呼ばれていて、ソレに相応しい容貌も実績も兼ね備えているのにね

全く…主が変わり者だと、その親友とやらも、また同じなのだろうか?
用心深く神経質すぎるエースとは真逆で、大雑把でおおらかな彼の事もまた
また違った意味で、お気に召しているのかもしれないね

あの後、僕とカリティが持ち込んだ機材で、出来うる限りの精密検査はした
問診の方は僕より彼女がやった方が、素直に答えてくれそうだったから、替わってはもらったのだけれど…
でも、邪眼の出現回数が少ない分、ソレが発動している最中の本人の記憶も曖昧な上に
暴走の引き金になるらしい、閣下の方も?ソレを沈める事ばかりに夢中で
具体的な出現のタイミングや、その状況把握が、キチンと出来ているとは言えないのだ

コレだけの情報量で、エースの暴走時の状態を推測想定するのは、極めて困難だ

「それにね…生まれ持っている器官に、無駄な部分なんて無いのよ…」

彼女も治療方針が上手く纏まらないのだろう、書類に目を通しながら、独り言の様に呟く

私の角は女鬼としてではなく、魔女としての道を極める為に魔力の封印しただけ、
あの坊やの邪眼とは違うわ、アレは、彼の生存そのモノを支えている器官でもあるのよ…
一時的に切り離すだけでも、魔力レベルが著しく下がる事は避けられないし
後付けユニットでは無いなら、他の眼球と変わらない、完全に脳の一部であるのと一緒だからね
全部切り取ってしまえば、脳に重大なダメージを残す可能性もあるのよ

そう…脳へのダメージを考えれば、温存と言うカタチで封印した上で
鬼の衝動と同じく、発動時に体内に発生する興奮物質を、薬物的に抑えてしまう事が理想的だ
相違点は…暴走事故を起こすと言う、「もう一つの魔格」とやらの切り離しだろう
鬼の衝動などとは比べ物にならない、自らさえも食い尽くすソレをどう押さえ込むか?
根本的な解決は、その部分におけるウェイトが高い

ただソレが霊的にも違うモノなのか、脳の部分的なモノで多重魔格の一つなのかが
それすらも、よく解らないのだ、今あるデーターだけでは

後天的な移植手術のソレなら、移植ユニットを切除すれば
凶暴なその精神も一緒に切り取られてしまうが、一般的ではあるのだが
先天的な場合は…そんな単純なモノでは無いと考えるのが自然だ

過去に発生した【邪眼】の暴走事故の映像資料を調べる限りでは
ソレが発生している時の宿主は、言語中枢すら犯されて、完全に狂っている様に見える
取り囲む制圧部隊の呼びかけにも、マトモに受け答えをしている様子はない
剥き出しの【殺意】で、ただ周囲のモノを無差別に攻撃する、それが親しい者であっても
行動原理は【憎しみ】宿主の身体の破損すらも厭わずに、その命が尽き果てるまで、暴れ回るだけだ

しかし…エースの場合のソレは、そんな【単純な狂気】とは、少し違う様な感触もあるのだ
元々の魔力がケタ外れに強い分、そう簡単には命の危険など感じもしないのだろう
故に宿主の生存本能が爆発して出現する【邪眼】とは、意味合いが違う様にも感じる

また、彼より魔力が強い閣下が、その爆心地で生き残るのは当然だとしても
明かに彼より魔力の弱いゾッドまでもが、大した手傷も負わずに、ピンピンしている理由がわからない
意識的?無意識に?ある程度の攻撃対象を、護りたいモノを選別していると言う事か?
暴走時の【邪眼】保有者が?ソレも理論上は有り得ない事だ…

いずれにしても…可能であれば【邪眼】が暴走している状態のデーターが取りたい

封印と抑制薬の精度をより確かなモノとする為には、その実験は必要不可欠なのだが
今回のクライアントが、ソレに応じてくれるとも考えにくい
特にエースと閣下は、その被害の凄まじさを目の当たりにしている分
意図的に三つ目を暴走させるなんて行為は、承諾してくれるとは思えない

ダメージを負ったせいか?再生中の邪眼は、今も額に露出しているけど
暴走している状態とは、また全然違うからね、休眠前の仮死状態と言った所か?
意識的にも主格のエースの方な上に、身体データも通常時とさほど変わらない
極端に増えた抗体は、単純に負傷部分を補う為のモノだろうから
目を潰すカタチで、暴走を止めた場合は、何時もこんな状態になるらしい
完全に再生するまでは額の上に有り続けるが、修復が済めばそのまま眠ってしまうと言う

邪眼も他の目と同様に、眼球としての反応はしているけど、凶暴な魔格の方は先に休んでいるのかだろうか?

ならば…今こそチャンスなのか?今の状態で、邪眼を体内に封印する手段が出来れば
目の出現その物を抑えてしまえば?同時にその魔格を抑える事にもなるのか?
しかし…そういった中途半端に邪眼を刺激する実験もまた、新たな暴走事故の危険とは隣り合わせになるからね

考えが完全に煮詰まったゼノンは、何時ものクセで片角を掻きむしると
「少し頭を冷やして来ます」とだけ言って、部屋を後にする
考えていた以上に厄介な仕事だぞコレは…
出来ればダイタリアン老師や、ヨカナーンの意見も聞きたかったのだが…

※※※※※※※※※※※※※※

息抜きに外の空気が吸いたくて、適当なテラスに出ようとしていた僕は
書斎からほど近い部屋の前で、その歩みを止めたのは、小さな話し声が聞こえたから
細く開いたその扉から、中の照明の明かりが零れ、廊下に光りの筋を落としていた
耳に入るのは、あの特徴的な声だ…ココは彼の私室なのだろうか?
時刻は深夜を回っているが、まだ起きているのだろうか?
負傷による休暇を取っている筈なのに閣下は忙しい、昼間は殆ど顔を合わせる暇もない
重要事項どころか雑務まで、他者に仕事を丸投げ出来ない、彼の性格にも原因があるのだが
もし時間が取れるのであれば、二・三確認したい事もあったからね、
その扉を軽くノックしようとしたのだが、その直前で、僕の手は止まった

「どうした…今日は、やけに甘えてくるではないか?」

あの書斎だけではない、派手な装飾を好むのは、主の趣味なのか?覗いた寝室のケバケバしさには目眩を覚える
そして淡い照明に照らされた、装飾過多の内装の中央で、キングサイズのベッドの上で絡み合う影が見える
治療中の包帯姿がまだ痛々しい閣下の腰に、赤い悪魔が抱きつき、縋り付いていた
長身の背中を丸めて、カタカタと震えているその姿に、思わず息をのんだ

「お前は…こんな目に遭わされても、まだ俺を憎まないのか?」

傷をテーピングされたその手を取り、指を赤い唇で愛撫しながら
酷く怯えたような視線が、金の悪魔を見上げてている
ソコには無駄に相手を威嚇するような、あの独特な威圧感は欠片も無くなっていた
デーモンはそんな様子を薄く笑うと、黒髪を優しく撫で上げる

「ああ…お前の暴走は、確かに大問題だ…だがアレはお前では無いからな
それに戦局的にもコチラが不利だった、暴走が無くとも、どうなっていたかは解らない
今はまだ吾輩の声で押さえ込める、それでいいでは無いか…」

それに今回は吾輩にも問題があったな、よりによってお前の目の前で不覚を取るとは
アレの発動の理由が、殆ど吾輩の流血と解っているのにも関わらずに
お前だけではない…今回の責任の一端は、吾輩にもあるのだろな

軍部の最高司令官としては、あるまじき言葉ではある
いくら利用価値のある相手であっても、手駒として付き従うあまたの兵士の命よりも、
目の前の一名のソレを惜しんでいるのだから…それでも…それが彼の本心なのだろう
でなければ…こんなにも危険な者を、側に侍らせたりはしないだろう

その言葉に安堵したのだろうか?掏り寄りその肌に頬をよせるエースを、相手は強く抱き締める
小さな手がその頬を伝い、閉じられた目蓋を撫で上げる、包帯の巻き付いた三つ目の方さえも
気持よさげに目を細めるその表情も、きっと他の誰にも見せた事が無いのだろうね
多淫は悪魔のたしなみ、同性同士がそういう関係で有る事も、地獄では特に珍しい事ではないからね
成り行きの不可抗力とは言え、覗き見してしまった事に、罪悪感を覚えた僕は、
そっと静かにその場所を離れようとしたのだが…

「だが…何時も側に居られるとは限らない、知らない場所でお前がキレてしまったら
お前を止める事も、庇う事も出来なくなる、ダミアン殿下も吾輩も
だから、暴走を少しでも抑える手段があるなら、残らず試しておきたいのだ
あの学者の試薬は実際大した物だったろう?情報局で調べても?
診察嫌いで秘密主義のお前にとっては、決して愉快な事ではないかもしれないが…」

彼にとっては、藁にも縋りたい気持だったのろうか?僕に連絡を入れて来た事事態が?
まるで聞き分けの無い子供をあやすかの様に、閣下は宥めて囁くのだが
相手は尚も不満そうで、それでも怯えた子供の様な表情を見せる

「解っている…隠蔽工作ももう限界だ、診察だってちゃんと受ける…
だがコレは、発情した相手や対象者だけを切り裂く、鬼の衝動とは、
薄っぺらにでも理性が残っている、鬼のアレとは、ワケが違うんだ
下手に刺激して、取り返しの付かない事になったら、どうなるのか…
俺の方が消し飛んで、凶暴な方の俺が、この身体を乗っ取ったら…どうなるのか…」

また全てを破壊してしまう、壊してしまう…忘我の内に何もかも
ソレを止めに入いるお前にまで、全力の攻撃魔法を向けてしまう
アレに完全に乗っ取られたら、また最初のあの時の様に
お前を手に掛けようとするかもしれない、ソレが恐ろしくてたまらない

何でだ…何でアイツは、俺の全てを奪おうとするんだ
大切だと思うモノを破壊しようとするんだ…どうして………

「次にアイツが出てきたら、その時こそ俺が消えてしまいそうで怖いんだ
アイツに飲み込まれてしまったら、俺は地獄をも壊滅させる破壊者になってしまうのか?」

なぁ…教えてくれよ…取り乱した様にそう叫ぶ彼を、金の悪魔がただ抱き締める

「どうなるかは、吾輩にもわからない…ただお前が完全に狂ってしまったら
破壊者に成り果てたお前が、今のお前の尊厳の全てを打ち壊すと言うなら
その前に必ず殺してやる、吾輩自身の手で、完全に息の根を止めてやる………」

今はまだ吾輩の方がお前より強いのだ、ソレでは納得出来ないか?

自嘲気味で哀しげな表情ではあっても、しっかりとした口調でそう告げる彼を
みっともない程に泣き濡れた緑の目が見上げる

「………お前が、俺を殺すのか…狂った俺を、殺してくれるのか?」

「ああ、吾輩の他に誰が居る?軍隊で対峙したとしても誰もお前に敵わないだろう?
陛下と殿下にお前の討伐を進言しろと?そんな事は吾輩も御免だな
他の誰がお前を殺すのも許さない、お前が殺されるのも許さない
殺してやるさ、この手で…この頸を切り落とし、心臓を抉り出してやろう………」

おおよそ閨の睦言とは思えない、血生臭い言葉を吐きながら
闇色に染め上げられた爪が、男の首筋を伝い、その胸元を心臓の上をなぞる
今はまだ力強く鼓動するソレの温かさを感じながら

「例え頸だけになっても、ずっと側に置いてやろう…ずっと愛しているから…」

約束してやる…だから安心するがいい、今は出来る事をしよう…そんな事にならない為にも

そう言って重ねられる唇に、縋る彼は全くの無抵抗で夢中で答える
縺れる様に倒れ込む二名の間から漏れる、どちらのモノともつかない熱い吐息…

患者の本音を、全治を望む強い意志だけは、確認出来た事は良かったけれど
例え肉体関係の有る関係とは言え、生死すら約束出来る、その親密すぎる関係に半ば呆れてしまった
魔力の低い者同士あるいは、極端に差のある二者間なら、まだ理解は出来る
往々にしてある事だ、実際に口約束を履行するかどうかは別として
しかし…上級悪魔同士で成されるソレなど、本来は有り得ないから
他者をアテにする必要など無いのに、何故そこまで特定の相手に拘るのか?

それでも、クライアントのプライベートにまで、踏み込むのも無粋でしかないから
今度こそ音を立てない様に、その場所を離れようとしたのだが

「ゼノン先生、覗き見は、感心いたしませんな…」

不意に声を掛けられ、僕は竦み上がった
何時の間に背後を取られていたのか?この館の執事が、深々とお辞儀をする

「ご安心を…貴方のせいではありませんよ、ゾッド様が出入りをされている時は、良くある事ですから
但しお聞きになった内容は、くれぐれもご内密にお願い致しますよ」

そう言って、彼はそっと寝室の扉を閉めてしまう
静寂を取り戻した廊下には、気まずい空気が流れるのだが、先に口を開いたのは執事の方だった

「……あの時、彼を始末しなかった判断が、正しかったのか?間違っていたのか?今となっては解りません」

顔を上げた僕に、彼は更に続けた

デーモン家の使用魔は、従僕・メイドに至まで、代々耐性の有る者が選抜されます
【ヒュプノス・コード】にある程度は耐えられる者のみが、側に侍る事を許される
勿論耐えられるのは、ほんの僅かの間、御館様の本気のソレから逃れられる術はございませんが…
御館様が禁呪を展開せざる終えない状況に陥った場合、我々は足手纏いになっては成らないのです
その為の異能であり、ソレを増幅する訓練も外科手術も受けております、当然この私めも…

彼の邪眼が初めて開眼したのは、まだ幼かった御館様と同行した田舎町での事です
領地内の何度も訪れた事のある別荘に、守り役であった私と少数の召使いを連れて
先代が御存命の頃です、まさかそんな場所にまで、暗殺者の手が伸びるとは思っておりませんでした

咄嗟に御館様を庇って傷ついた彼から、感じた事も無い禍々しい魔力を感じたのは一瞬の事でした
若輩だった私に出来たのは、ただ小さな若をその爆風からお守りする事…それだけでした

そう言って…執事は両手に填めた手袋を外す、その甲には酷いケロイドの傷が現れ
その両手をそえて外されるのは、ソレとは解りにくいウイッグ
後頭部から首筋にも広がる無残な傷跡は、燕尾服の襟元に続いている
彼が身体を張って当主を護った証とは言え、ソレはあまりも痛々しい傷だった

「私を、狂った彼から護る為に、初めて屋外で展開されたヒュプノス・コード…
不完全でもその威力は凄まじく、暴発から生き残った者もまた、死の眠りに陥ってしまった…」

街を一つ死滅させてしまったのは、間違い無く我々の落ち度でございましょうね
もっとも事件は、単純なテロ行為の果ての爆発事故として、直ぐにもみ消されてしまいましたが
御館様のソレに倒れた彼を、私は殺害しようとしたのですよ、動けない内に息の根を止めようと
こんな危険な者を野放しには出来ない、事故の犠牲者として眠らせるべきだと

「ところが…若は、御館様は泣いて彼を庇うのですよ、アレはエースじゃないと言って
御自分も絞め殺されかけたと言うのに、頸に真っ青な痣を作られていると言うのに
ポロポロと泣いて、ちょうどその直前に、私めを彼から護ったのと同じ様に………」

そんな御館様の目の前で、彼を抹殺する事など出来なかった
御館様の幼なじみとして、小さな頃からお屋敷に出入りしていた彼を殺す事に
私も躊躇を覚えてしまったのですよ、ソレからの事を考える余裕もなく

「御館様も勿論ですが、一番苦しんでいるのは、間違い無く彼ですよ…
態度は極めて悪いとは思われますが、どうか悪く思わないでやってください
だから貴方には期待しております、例えアレを完全に押さえ込む事は無理でも
せめて理性は残る様に、御館様に危害を加えない様にしていただけるのであれば
我等も安心出来るのですよ…誰も傷つかなくて済むようになる………」

しかし貴方であっても、どうしても…その見通しが立たないと言うのであれば
今の魔力レベルならまだ間に合う、彼と差し違える準備は何時でも出来ております
例え御館様が悲しまれ、私をお恨みになられたとしても、必要とあれば仕方がございません

寂しそうに扉を見上げる彼の目は、それでも強くてギラギラとしていた

「………とは言っても、守り役どころか、執事も失格なのでしょうね、私は
危険だと解っていても、今で尚、御館様から彼を遠ざけられないのですから
あの方の涙に、ほだされてしまっただけでなく、私も、彼の事は嫌いにはなれないのですよ…」

まぁその理由は何れ貴方にも解りますよ、そう付け加えると、執事は胸元から何かを取り出す

「ああ…失礼いたしました、コレを先生にお返しに上がる所でした」

と言って、彼が差し出してきたのは、預けていた僕の義眼の培養ポッドだった
培養液に浮かんだソレが、コポリと音を立てて僕を見上げる

「余計な昔話が過ぎましたな、私めの愚痴と思って聞き流してくださいませ
さて、お疲れでございましょう?お茶と何か軽食をお持ちしましょう、書斎の皆様にも…それではまた後程に」

再び取り外したウィッグと手袋を、てきぱきと填めてしまうと、
何事も無かったかの様にツカツカ歩き、回廊の奥に消えて行く彼の背を
僕はただ黙って見送る事しか出来なかった

全てを犠牲にしてでも、特定の個悪魔の方が大切と言う感情が
この時の僕には、まだ理解出来ない感情だったから
そういう感情を、常に遠ざけてきた鬼族で有れば尚更だったのだろうね


続く

化石の採れそうな場所で、星空が綺麗で、僕は君の頸をそっと絞めたくなる
大きく開いた目に、僕の背中の空の、星がたくさん映って、とても綺麗だな
音の無い空に浮かんだ、星を食べる君、止まらない膝の震えに、釘を刺しながら

あえて聖IIの曲ではなくて、BGMに たまの『星を食べる』を聴くと
あがらいがたい、【狂気】の根源が少し解るかもしれませんね

しかしヘタレすぎですな〜今回の黒髪エース氏は、前回のド鬼畜様は何処に???
そんでもって…閣下も酷いですな〜ソレじゃ全滅した兵士が浮かばれないよ
それでも、誰かを本気で護ろうとしたら、これくらいのエゴイズムと覚悟は必要なのかもしれませんね


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