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【クロス・オーバー・ポイント】
『メディカルセンター』1 R-15G?A⇔X流血表現注意+XとDAZの出会い編?

吹き上がる火柱と共に、魔法陣の中心に現れた影が、ゆらりと蹌踉ける
髪の色は、既に深紅に変化しているモノと予想していたのだが、完全ではないようだ
その姿がバチバチと放電する魔力に呼応して、赤と黒に不規則に変化している

その様子を見れば…黒髪の方が、かろうじて理性にしがみついているのだろうか?
まぁ…でなければ、僕の召喚魔法になどに、初めから応じたりはしないだろうからね

まだ戦場の興奮が収まらない緑色の双眸が、殺戮の衝動の収まらないソレが
ギラギラと威嚇する様に、辺りを睨みつけるのだが、ようやく僕の姿に気がついたのか?
少しだけ安心した様な表情を浮かべると、そのまま、モノも言わずにその場に倒れ込む
受け身も取れずに倒れたその身体の下から、ジワジワと血溜まりが広がってゆくのが見える
それと同時に勢いの収まってゆく、業火の渦を避けながら、僕等はようやく患者に近づく事が出来る

全く酷い有様だ…捨て身の攻撃はあれほど控えろと言っているのに

助け起こした負傷者を、ようやく診察台の上に引っ張り上げれば…
拭いきれずに溢れ出す血が、床にまで滴り染みを作る、余談を許さない状況だ
それなのに…最早ボロボロになった戦闘用の軍服の防護魔法は、まだ有効で簡単には切り取れない
助手に手伝ってもらいながら、苦労してソレを切り裂いてゆくのだが…
覆われたソレを取り外してしまえば、更に体液が一気に流れ出してしまう…

酷い…何かの衝撃派を、至近距離でモロに受けてしまったのだろう
大きく損傷した左半身は、防護服もろとも、焼けただれ露出しているが
軍服に隠れていた場所も酷い、打撲と骨折は5カ所、赤紫色に腫れあがっている

治療行為と同時進行で、ヒーリング照射を続けているが
駄目だ…そんなモノの速度では、この損傷部分の壊死の進行には間に合わない

「報告よりずっと酷いね…こうなっては、ZOMAを発動するしか無さそうだね」

僕のその言葉に、助手達の手が一斉に止まる、そのまま目配せをすれば
重傷患者には不釣り合いな、強固で頑丈な拘束封印が、室内に運び込まれてくる
朦朧とする意識の下では、僕の指示は聞こえてはいなかったみたいだけれど
てきぱきと両手足に填められるソレの冷たさに、何をされるのかは理解したのだろう
患者は弱々しく身じろぎ抵抗するが、押さえつけるスタッフには叶わない

その間に僕の目の前には、何時もの封印付きの培養ポッドを差し出される
自らの指と爪で、エンジェル・アイズを取り外すと、脳幹に接続している神経ケーブルを切断・取り外す
ポッドに収められ、こぽりと培養液に浸かった義眼が、不安気に僕を見上げるのが見えるが
今はソレに答える時間すらない、素早く封印を掛けると、保管バックに詰め込まれるソレを見送るしかない
うっすらと血の滲む眼孔の上に、別のスタッフが応急処置と眼帯を填めてくれる

コレも仕方が無い…大切なソレを護る為には、抉り出されて破壊されては叶わないから

負傷者の方の保定も完了したようだね、完全に身動き出来ない状態にしてしまうと、
全スタッフは速やかにその場を離れる、妙に同情的な視線を僕になげかけながら…
その視線を敢えて黙殺しながらも、最後の一名が診察室から退場するのを確認してから
診察室の壁を強く叩き、伸ばした爪で強化ガラスの小窓を割潰す

中から出現するのは、この診察室の結界を更に強固にする為の緊急レバーだ

勢い良くソレを引き出せば、けたたましい緊急警報が鳴り響き
カルテを写しだしていたモニター全てが切り替わり、真っ赤な文字が流れるはじめる
【警告・総員退避】と【Operation ZOMA】を連続的に繰り返すソレが
そうでなくても張り詰めた空気と、緊張感を煽るのだが、
その中で僕だけは、奇妙な程落ち着いている…
二名だけになってしまえば安心だから、誰も庇う必要が無いから、後は僕の努力次第だから

「……やめろっゼノンっ…コレくらいの負傷なら……」

コホッコホッと血を吐きながらも、黒い方の彼は尚も諦めない
必死に僕の行為を制止しようと叫び、戒めを振り解こうと藻掻きながら、睨み付けてくるけど、
そんなワガママは聴いてはあげないよ…僕の言う事を聴かないから、こんな事になるんだよ

出会ったばかりの頃の様な、無茶で無謀な戦い方はしなくなったけれど
彼の愛魔の血を見ると、自制心が弾け、制止が効かなくなる傾向は相変わらずだ
何度忠告しても、無駄な事だ、どうにもならない事は解っている
そもそも、後先を考えずに、相手の攻撃をモロにその身に受けてしまうような
下手な戦い方はしない、冷静沈着な方の彼であるならば

大方?挑発に応じて、最前に出た閣下を庇ったんでしょう?その身を楯にして?

ソコまでは格好良かったのだろうけど…その後は頂けないよ
その反動で、禁じ手の【三つ目】を発動してしまったのなら、目標だけには留まらない
その場に居た者は、全て焼き尽くされたはずだ、その辺りの大地ごと…

ある程度のバリアで自己防衛が出来る、高位悪魔と高位天使はともかく、
力の弱い兵卒はひとたまりもない、逃げ遅れた戦闘員・部隊員は全滅だろう
魔界側も天界側も関係ない、ワケも解らないままに、蒸発してしまったはずだ
紅蓮の破壊者を、その網膜に焼き付けたまま、跡形もなく

それでも…僕の強制召喚に応じた事だけは、評価してあげるよ

以前の君なら、過ぎた自尊心と自分の強さに溺れていた頃なら、
そんな事など、全く意に介さなかっただろう?
そのまま、更なる殺戮と破壊行為を楽しんだだろう?全ての命が死に絶えるまで
そして更なる獲物と戦場を探して、無関係の場所にまで攻め入っていったに違いないから
その狂気と忘我の果てに生命維持の限界で、その魔力放出が自然に収まるまで
あるいは彼より強い魔力の者に、強制的に止めてもらうまで…

だが今は、共に開発した【制御薬】が、ストッパーにはなっているんだろう…
ギリギリのラインで味方には攻撃しない様に、彼の「大切なモノ」を傷つけない様に
だから大丈夫…例え興奮状態で【ZOMA】を使っても、君はちゃんと帰ってこれるから

少なくとも君の大切な閣下とこの僕が、協力してあげる限りはね

「往生際が悪いよ、情報局長官ともあろう者が…静かにしてエース、そしておやすみ」

尚も藻掻く彼の頭を両脇から強く押さえると、その額に汗で張り付いた髪を掻き上げる
その下の三つ目は、開眼しようとひくつき、それを強制的に阻む力とせめぎ合っている
かなり無理に押さえ込んでいる様だね、【三つ目】の方の魔格を
息苦しそうな黒髪の視線とは裏腹に、額のソレは爛々と光り
何時も以上に激高していている様だ、強い波動にも、寒気を覚える程なのだが
薄目の目蓋の下から、コチラを向くソレは、僕を見て笑っている様にも見える…

全く…嫌な男だね、もう一人の君は…でもコレも治療行為だからね

すうっと深く呼吸を吸い込んだ、鬼の医者は、ひくつくソコにねっとりと唇を重ねる
閉じようとする目蓋を強引にこじ開けられ、その下の眼球に差し入れられる舌の感触に
傷付き歪んだ背筋にすら悪寒が走り、診察台の上の患者のガタガタと身体が震える…

やめろっ俺は三つ目を発動したくないっっアイツを外に出したくないっっ

枷をつけられたままの手が、診察台をかきむしり、悲鳴を上げる患者の希望とは裏腹に、
重ねられたソコから、黒い闇が…純度の高い鬼の力が、膨大な質量で注ぎ込まれてしまうと
かろうじて表層面にしがみついていた理性が、徐々に弱まってゆくのを感じる
ドクリと大きく鼓動する心臓が、ソレまでとは違う別のビートを刻み始める
同時に彼を押しのけて上がってくる、別の個が、嬉しげに僕の気を貪り喰らっているのを感じる

「……ぐっ…あああっ、あああっ……」

消し飛ぶ理性の悲鳴と、反転する魔力の暗闇、逆巻く髪が深紅に染まってゆく
ギョロリと全開に目蓋を開いたソレが、コチラを凝視すると
自己を否定拒絶するかの様に、一度は硬く閉じたその双眸が、ギンと見開かれる
同時に口角を吊り上げ、ゲラゲラと笑い始める患者の表情は、凶悪・狂喜そのもの
先程までの、傷つき死にかけていた男とは、まるで違う禍々しい笑みを浮かべ
ねっとりとした嫌な視線が、僕の顔を表情を、舐める様にゆっくり眺める

「久しぶりだな、センセイ…」

何時もよりワントーン下がった声が、僕を呼ぶが敢えて目を合わせない
コレは彼であって彼では無いから、多少は凶暴性が収まっていても騙されてはいけない
余計なおしゃべりを楽しんでいる場合ではない、コレを呼び出してしまった以上は、先にやるべき事はまだある…
僕は無言で格納していた翼を広げると、結界空間の中に更にもう一つの結界を張る、自身の翼を媒介として、
魔界最強の結界を構築出来る僕が、ここまで強固に空間を固めても、時間稼ぎにしかならない事も解りきっている

「相変わらず頑なだな、センセイは、そんなに俺が恐ろしいか?」

無数の封印に拘束されながらも、彼の余裕は少しも変わらない
火炎悪魔である彼は、本来ならは治癒魔法はおろか、自己修復にも時間が掛かるはずなのに
映像の逆再生の様に欠損部分が、再構築され元に戻ってゆく
魔力の暴発が…肉体の修復を優先するのは当然なのだが、彼の場合は少し意味が違う
傷付いた部分を再生するのは、己の生命維持の為なんかじゃない
完全体の全力の状態で、より多くの広範囲の破壊活動を楽しむ為の前段階に過ぎない
このまま放置すれば…肉体の再生と共に、外に飛び出してゆくだけだ、血と獲物を求めて
魂が備蓄している一生分の魔力とエネルギーを、無駄に拡散させてしまうだけなのだ

無差別に全てを破壊しつくす快楽に、狂喜しながら滅んでゆく
三つ目の【狂戦士】とは本来はそういうモノなのだ…

だから再生状態の頃合いを見てその暴走を弱める…ソレが主治医である僕の役目でもある

彼がコレだけの重傷を負うくらいだ、恐らくは閣下の方も無傷では済まなかっただろう
唯一平和的に、この狂気を眠らせる事が出来る彼が、完全な状態では無いのであれば
外にコレが飛びだしてゆく前に、狂ったまま閣下の元に乗り込んでしまう前に
少しでもその力を押さえ込む、黒髪の方の理性を揺さぶり、叩き起こすしかない

ZOMAの発動…強制的な三つ目の召喚の後は何時もそうだ

研究対象以外の事には、興味も関心も無い
他魔の事など気にもとめない、マッドサイエンティストの筈が
一体何をやっているのか、我ながら馬鹿らしいとは思っているよ
後になって必要以上に傷つくエースも、自嘲気味に笑う閣下も見たくなういから
あの二名が気に掛かるからって、狂ったエースに自分の肉を切らせるなんて
本当に馬鹿げていると思うよ、それがこの場を収める、唯一の方法だとしてもね

「無駄口は聞かないよ、君はエースであってエースじゃないんだから
その命が惜しければ、さっさとその身体の大穴を塞ぐ事だね、お話はそれからだね」

既に僕の角のカタチも、威嚇も兼ねて、戦闘用に変わっているはずなのだが、
冷たく言い放つ僕にも、悪びれもせずに彼は答える

「ちぇっ…手に負えない大怪我に、匙を投げた藪医者がツレナイ事だな…
少しは甘ったるい台詞くらい吐けないのか?逢いたかったとか?待っていたとか? 」

最もアンタも痛い目を見る分、冗談でもそんな事など思わないか?
等と勝手な事をほざいた上に、それに続く、高笑いが癪にさわる
完全にコチラを馬鹿にしきったその口ぶりに、ギロリと彼を睨み付ければ
狂っていながらも、どこか打算的な目がニヤニヤとこちらを見上げてくる

本当に嫌な男だね、赤髪の方の君は………最初に出会った頃と少しも変わらない

黒髪の方とは大違いだよ、表の顔とはまるで逆だ、自身の狂気に怯える繊細な彼とはまるで違う
僕が好意的なのは、黒髪の彼の方であって、本能のままに荒れ狂う破壊者ではない

肉体の再生が済んでしまえば、こんな拘束ぐらい、すぐに引き千切ってしまうだろう
一応前回のデーターを元に、赤髪専用に強化した代物なのだが…
目覚める度に進化して、力の質もパターンも変化を繰り返す【三つ目】の成長速度に、追いつかないのだ

今回のソレは、どれだけ持ちこたえられるのか、漠然とそんな事を考えながらも
拘束が有効な内に、冷静にデーターを取り、採血している自分も居る…

エンジェル・アイズがあれば、作業効率はもっと上がるのだが、コレは仕方がない

天使のソレを嫌う【赤髪】は、執拗にソレをえぐり出そうとするから
それに…この無様で酷い有様は、流石に見せるのには抵抗がある…例えソレが迷宮の賢者殿でも
コレは悪魔だけの問題だから、否【狂った患者】とその【主治医】だけの問題だ
ソコに他者を割り込ませたくはなかった、例えソレが患者の愛魔であってもだ

医者として、ただ黙々と機械的に作業をこなしながら、やはり心の何処かに引っかかりを感じる

本当に僕は何をしているのだろうか?自らを危険に晒して、無駄に傷つけてまで何を?

単純に破壊者から魔界全土を護る、関係者を護るためだけではない
難しい症例に対する挑戦心か?医療行為への探究心か?
それとも自己開発の薬品の完成度を上げる為の、プライドみたいなモノか?

それとも【鬼】と衝動と、【三つ目】のソレを重ねすぎている故の同情なのだろうか?

この行為の果に、僕は何を望んでいるのだろうか?本当は?

※※※※※※※※※※※※※※

そう…彼の主治医になったのは、まだ局員時代の思いがけない呼び出しに応じてからだ
天界との小競り合いは今の継続中だが、もっと激しい戦乱が繰り広げられていた時期にさかのぼる

その戦場に関しては、双方の被害が甚大だったらしい様だ
軍部には所属しない為、普段は戦闘には駆り出されない、文化局のスタッフではあるが
現場の医師不足が発生すれば、医師としての招集が掛かる事はよくある事だった
本来は、新技術の研究・開発が本分の文化局の医学部門ではあるが
医師としての水準もトップクラスの者が殆どだからだ
ただ…その治療方針に、若干の最新技術も強引に織り込んでしまう為
軍属には生体実験だの、解剖魔のマッドサイエンティストと嫌われがちではあるが

それでも腕と技術を買われたスタッフの中には、そのまま主治医に抱き込まれる者も多い
但しそんな事は、特に文化局の中でもベテラン、技術レベルの高い、極一部の者に限られている為
まさか平局員クラスの自分が、あの副大魔王に呼び出されるとは思っていなかった
古い豪族で名門のデーモン一族であれば、お抱えの医師団くらいは当然居るはずで、
場合によっては、大魔王家直属のメディカルスタッフの治療を受けても、何ら遜色は無いからだ
わざわざウチの様な『生体実験室』の世話になる必要はない、本来であれば

何故自分が指名されたのか?思い当たる節もなく
ゼノンは頸を捻りながらも、ドクターバックに必要な機材を詰め込み
迎えに来た侍従も同行の上、副大魔王の邸宅に赴く事になった
助手の同行も認めないと言う事は、同族にも内密に治療を受けたいと言う事だろうか?
公の医療機関では手に負えない何かが、そこに待っているのだろうか?
一抹の不安を抱きながらも、巨大な森を有するその居城に馬車で乗り入れた

陛下の脇に佇む、副大魔王の顔と姿は、勿論知ってはいるが…
研究・学問以外の事情に、興味が無い自分にとっては、進んで交流を持つ相手ではなかった
王宮に赴く事すら希な自分が、殆ど言葉を交わした事も無い彼の目に、何故止まったのだろうか?
幾つかの防護壁を越え、その真意も解らないまま、その中央の屋敷に到着すれば、当たり前のボディーチェックもされない
あっけない程簡単に、プライベートエリアに通されてしまう

「あっ…あの、セキュリティーチェックは、なさらないのですか?」

思わず口をついて出てしまったのは、そんな言葉なのだが
館の入口で僕を出迎えた執事は、風属性の上級悪魔と覚しき男は、涼やかに笑って答える

「御館様は、御自身がお選びになったお客様には、
絶対的な信頼を置かれます故、その様なモノは、無用で御座います
また…このお屋敷は、特殊な意思に、デーモン家代々の呪詛に護られております、
仮に貴方が、少しでもあの方に敵意をお持ちなら…
今頃こうして私めと、口を効く事すら不可能な状態になっていたでしょうな
このお屋敷の敷地内に入りましてすぐに…おっとこれは貴方への忠告にもなりますかな?
ささっ…コチラで御座います、御館様がお待ちでございます」

丁寧な物腰でそう返されたが、物騒なその言葉に唖然とする
認識できる防護壁の他にも、術者の僕でも気がつかない何かがココにはあるらしい
その存在にすら気がつかなかった事実に、まず驚愕と恐れを感じる
結界?や術?ではなく、呪詛と彼は言った…おそらくは、かなり特殊なモノなのだろう
当主への【敵意】に反応する仕組みとやらにも、興味は引かれるのだが

今は…呼ばれた理由を知る事と、待っているであろう患者への対面の方が大事だ

とは言っても、その呪詛の危険性を知らされないままに、僕の悪意を試されたカタチには
少々憤りを感じながらも、その質問を喉元で堪えると、そのまま執事についてゆく
やがて最奥の巨大な扉の前に立った彼は、小さくその扉をノックする

「御館様…文化局のゼノン先生が、お見えになられましたよ」

返事は聞こえなかったが、その代わりに重々しい扉が勝手に開いた
ふわりと横をすり抜けてゆく風圧?いやコレは風か?大気の固まりか?
シックな廊下側のデザインとはかけ離れた、バロック調のゴテゴテとしたデザインが、
扉の向こう側にを埋め尽くしているのが見えた、
ともすれば悪趣味とも取られかねない、そのケバケバしいばかりの眩さに、僕は思わず目を細めてしまう
現副大魔王閣下、デーモン家の当主は、若手ながら補佐官としての能力にも優れ、皇太子殿下の寵愛も深いと聞くが
その割には…かなりの変わり者だとも聞いている、成る程その片鱗は内装の趣味からもうかがえるモノだ

その時、心密かにそう思った事は、それ以降も口に出した事はないけれどね

※※※※※※※※※※※※※※

「突然の呼び出しに応じてくれた事に感謝しよう、さぁコチラに…」

特徴的で妙に落ち着いた声が、部屋の奥から僕を呼んでいる

壁一面の蔵書を見れば、ここはプライベートエリアの書斎と言った所か?
中央にはやたら雑多な状態なままの、巨大な黒檀のデスクがあるのだが
部屋の主の声は別の場所から聞こえる、その声を頼りに視線を移せば
更に奥の暖炉の脇には、豪華な応接セットが備えられており

その長椅子の上で、クッションを背に身体を横たえている影が見えた
誘われるままに、その側に近づいたゼノンは思わず息をのんだ
これは一体どうしたと言う事か?満面の笑みを浮かべている当主の姿は
普段彼が、副大魔王に思い描いているイメージとは、かけ離れていたからだ

今回の戦闘が混戦状態で、副大魔王も負傷をした事は聴いてはいたが
軍部を離れ玉座から降りた彼は、こんなにも小柄で華奢な感じなのだろうか?

厳つく豪華な戦闘服を脱ぎ捨て、ラフな部屋着を羽織る姿は、妙に儚げに見える
公式の場では常にさかだっているその金の髪も、今は柔らかな猫毛に戻り
気の流れもガタガタになっている、暖炉の火に照らされる顔は、酷く顔色が悪い、
一通りの手当は施されてはいるものの、満身創痍なその姿が痛々しい事もあるのだが
クッションに縋り付き、しなやかな身体を横たえたその姿は、男性であるにも関わらず
妙に艶っぽくて目のやり場に困ってしまうのだ

「招集を感謝します…副大魔王閣下、私の患者は、貴方自身と言う事でしょうか?」

しどろもどろになりながら、そう尋ねると、相手はクスクスと肩を振るわせて笑った

「実に宮中に疎い学者らしい反応だな、ドクター、そう硬くなられる事はないぞ
それに副大魔王は余計だ、ここに呼び入れた以上は、デーモン、呼びにくいのであれば閣下で良い…
吾輩も、今後はゼノンと呼ばせてもらおう そのあたりに掛けててくれたまえ」

よりによって副大魔王を、名指しで呼ぶなんてとんでもない
ますます恐縮する僕を見て、愉快そうに笑う彼は

「客人を持てなすのに、こんな格好で申し訳無い…今回の負傷は少々堪えてな」

そう言って、無理に身体を起こそうとするので、僕は慌てて止める
「患者は医者の言う事を聴くものですよ」と促せば、
本当に申し訳なさそうな顔で「済まない」と答える彼からは
貴族階級にはありがちな、尊大さや場違いなプライドは感じられなかった
多分この時からだろう、僕が彼に好意的な感情を持ったのは
唯一無二の高官にも関わらず、初めて間近で対面した彼の第一印象の彼は、
非常に穏やかで、気さくで、親しみやすい雰囲気を醸しだしていた

「この程度の手傷なら、戦場に赴く軍属の本分だ、本来なら、文化局のドクターの手を煩わせる事もない
診て貰いたい患者は他に居る…それも秘密裏に、それがここまで来ていただいた理由だ」

そう続ける彼が、ソレが合図なのか?パンパンと手を叩くと
廊下側、扉の向こう側から、何やら言い争う声が聞こえてくる
一名は、先程対面したばかりの執事か?それにやや砕けた?乱暴な言葉遣いの男が一名
ソレに続く【もう一名】は?何処かで聞き覚えのある、あの声は?何だか………嫌な予感がする

「だから…残務処理に俺は忙しいんだっっ暢気に治療なんて受けていられないっっ」
「流石のダミアンにも叱責されて、謹慎を食らってる奴が、何が残務処理だっっ」
「いい加減になさいませっっ今回ばかりは、私めも黙ってはおられませんっっ」

バタンと扉が開いて、もつれる様に三名の大柄の男が部屋に入ってくる
遠巻きにおろおろとする、他のメイドや召使い達がソレに続く

うわっ…やっぱり悪い予感は的中してしまったようだ

一名はやはり先程の執事、そしてもう一名は、僕と同じ土属性の獣王族だろうか?
特徴的な獣の尻尾を生やした、妙に野趣に溢れた大柄の上級悪魔だ
恐らくは軍属で今回の戦にも参加していたのか?多少の負傷はしている様だが
そして、その二名に力尽くで、部屋に引っ張り込まれた、黒い軍服の男には見覚えがある
ソファに横たわる副大魔王には、及ばないまでも、コチラも負傷はして居る様だ

特に額を締め上げる勢いで巻かれた、呪符付きの包帯が痛々しい

次期情報局長官候補としては、最有力候補とされているキレ者にして
皇太子殿下の側近中の側近と言われる、火炎系悪魔のホープのエースが、
何故お前がこの部屋に居る?とでも言わぬばかりに、コチラを睨んでいる

初対面ではない、ヨカナーンの出頭騒ぎ、大魔王宮の廊下での小勢合い以来
苦手と言うワケではないが、何となくお互いが避けていたと言うのに
何故こんな場所で対面してしまうのか?思わず頭を抱えてしまった僕も
後で考えてみれば、態度が悪かったかもしれないね

「二名は面識があると聴いているから、お互いの紹介は必要ではないな?
エース…吾輩も今回ばかりは、お前のワガママを聴いてやるつもりは無いぞ」

そう副大魔王にピャッと言い切られてしまえば、流石に彼もぐうの音も出ないのだろうか?
渋々コチラにやってくる彼を、他の二名が強引に対面のソファに座らせる
御自慢の長い足を組み、ふてぶてしくソファの背に、両腕ごともたれかかる不遜な態度は
身分の高い上官の前で、は如何なモノかと思うが、金色の悪魔は特に気にも止めない

副大魔王と情報局のエースが、懇意な仲なのではないか?皇太子殿下以上に?
と言うゴシップは、世間に疎い僕でも聴いた事があるのだが
この態度を見る限り、根も葉も無い噂…と言うワケでは無さそうだね、どうやら?
そして、彼を強引にこの場に連れて来た、この大柄の悪魔は誰なんだろう?

「ああ…そっちの大男は、吾輩の古い親友でゾッドだ、名前くらいは、聞いた事があるだろう?」
「宜しくな、ゼノン先生、コイツがブツクサ文句を垂れて、暴れだしたら俺が押さえる、だから徹底的に診てやってくれ」

ゾッド?ああ…単独で戦場を駆け回り、一個中隊を一名で殲滅すると言う、軍部の暴れ者として有名な男だ
先鋒部隊の男と、副大魔王と親密だと言うのは初耳だが、よりによって閣僚候補の実力者をコイツ呼ばわりとは
どうやらこの3名は、年齢的な近さもあるのだろう、仕官学校時代の友人と言った所か?
身分や立場に関係無く、未だに学生時代さながらの、親密な関係を築いているようだ

「ふんっ…俺が本気になったら、お前ごときに遅れはとらない」

赤い悪魔はそっぽを向いてはいるが、ここの執事にも、ゾッドにも弱いのだろう
両名より遙かに強い魔力を持ちながら、本気で抵抗しきれないのは、先程の騒ぎを見れば明らかだ

室内が静かになった事を見計らった様に、メイド達が慌ただしく茶器を用意する
やはり風属性の女性が多いのか、踊る様に軽やかな足取りは優雅なステップの様だが
流石は副大魔王家の使用人だ、身のこなしに隙がない、戦闘要員としても一流なのか?
そんな彼女達の様子も、無駄に派手派手しいデザインの食器を、差し引いても
用意された紅茶のフレーバーは、どれも香りがキツすぎず、優しいものばかりだ、
負傷者の主を気遣っての事だろうね、教育の賜と言うより、この館の主は、家人には慕われている様だね

「ゼピュロス…この部屋の結界効力上げろ、それと魔力レベルの低い者の避難を」

注がれた紅茶に口をつけながら、当主が静かにその指示を出せば、彼女達は速やかに外に退場する
執事は礼をとり、壁際のカーテンに隠された、ダイヤルをジワジワと上げる
暖炉の炎が一瞬大きく燃え上がったるのだが、室内の温度が下がり重苦しくなったのは
おそらくこの部屋の、結界レベルが最上位に上がったのだろう

そこまでしても閉じ込めたいものとは、閉じ込めておかねばならぬモノとは、一体何だと言うのか?

「ゾッドは…念のため吾輩の側に、ゼノン、貴方も防護結界を最強レベルに上げてくれ…
ではエース、もう流石に患部も落ち着いているだろう?ドクターにちゃんと診てもらうのだ」

横たわったままではあっても、当主のその言葉は、有無を言わさない程に強いモノだった
しかし相手は首を縦には振らなかった、寧ろコチラを睨み据えると、声を荒げて言い放つ

「嫌だね、ソイツの目には、あのクソ親父、堕天使の眼球が填まってるんだぞ
俺の秘密を知られるなんてとんでもない…情報が筒抜けになるだけじゃねぇかっっ」

ギラギラと光る緑の目が敵意を剥き出しに、コチラを威嚇するばかりだ
アレからもう随分経つ、ヨカナーンから魔界の情報が天界に漏れた形跡はない
調停者である賢者の役割と「理」とやらが、
ある程度信頼出来るモノであると言う事が、一般的な見解となってきている上に、
文化局に籠もったままの彼の存在すら、世間では忘れられつつあると言うのに、
まだ噛みついてくるのか?この男は?

流石の僕もカチンとは来たけれど…
最高機密を扱う情報局員である以上、この用心深さも必要不可欠なのだろうね
それ以上に…いちいちすまなそうな、困った様な表情を浮かべる
この館の当主に、何故か必要以上に同情的になってしまった僕は
持って来た鞄から、小型の封印具と切開用のメスを取り出すと
その場でエンジェル・アイズを取り外してしまった

副大魔王は、ある程度はこの展開を予測していたのか?ますます表情を曇らせる上に
その側の大柄の悪魔は、コレ以上無いくらい目を見開き、口をぱくぱくさせながらコチラを見ている
向かい側に座っていた黒衣の男は、僕の突飛な行動に少しだけ驚いた様だが
その後は…猛禽類の様な様な鋭い視線をコチラに向けてくる

「診療依頼があったのに、患者を看ずには帰れない」と言う変な意地もあったのだ、僕の方にも

だから僕は、彼に見せつける様に、よく見える様に、義眼を引き出してしまうと
眼球と脳を連結している神経ケーブルと、その他毛細血管をワザとゆっくりと、メスで切り離してゆく
取り出した義眼を封印具に収めてしまうと、傷口にガーゼを宛がいながら
この家の執事にソレを預けた、「診察が済むまで大切に保管して欲しい」と

幾分狼狽えた表情をみせた執事ではあったが、「かしこまりました」と短く言うと
封印具を兼ねたその小型の培養ポッドを、その胸にしっかりと納めると
一度は上げた部屋の結界を緩めて、書斎の外へと退出していった

「これで安心出来たかな?患者さん?」

片目でニヤリと笑う僕を見て、エースはバツが悪そうに舌打ちをする
そのやりとりを見ていた、金の悪魔が黙って頷くのを確認すると
そのまま額に手を掛けると、厳重に覆っていたその包帯を、乱暴に毟り取った

「これは………」

その下から出てきたモノに、僕は我が目を疑った
そこには酷く傷着けられた【三つ目の眼球】が、ひくついていたからだ

魔力レベルの高い上級悪魔の額に、そんなモノが有るなんて事は、普通だったら有り得ないから

そして瞬時に理解した、何故自分がこの場に呼ばれたかを

おそらくは…強制的にその力の解放を止めたのだろう
外部から強引に指か何かを射し込まれ、その上をかきむしってしまっている
普通なら、そのまま失明してしまっても、おかしくは無いのだが、
コレは、そんな生やさしい代物ではないのだ
現にその「第三の目」は、既にそのカタチと息吹を取り戻しつつある
肉体の他の部分の負傷とは、ケタ違いの再生能力の早さで

魔界の住人は…ソレを【邪目】と呼んでいる



続く

殺伐としないように…と思ったのに、やっぱり殺伐としそう
それに前半はかなり長官がきかん坊かも…キャラ崩壊具合は、お許しくださいませ

◆ゼピュロス 閣下の執事らしい?詳細はまた後程!
モデルは『ヴィーナスの誕生』にも描かれてる風の神様です(苦笑)



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あきゅろす。
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