[携帯モード] [URL送信]

【クロス・オーバー・ポイント】
『黒森の獣は砂糖菓子の夢を見る』2 R-15くらい? Z⇔Xの病室プラトニック?

それからと言うもの、ゾッドは僕の病室に入り浸る様になった
「仕事は大丈夫なの?」と尋ねたのだけれど、「気にするな」の一点張りで先に進まない
ラチがあかないので…カリティと局員に確認してみれば、
僕の身辺警護と言うカタチで皇太子殿下に許可は取っているらしい?一応は?

ソレならそうと説明してくれればいいのに…
大方ソレを聞いたら、また僕が怒る…とでも思ったんだろうね
全く…気配りの方向性が間違っているんだよ、気を遣いすぎて肝心な所が抜け落ちていると言うか?何と言うか?

まぁ…本来の職務を放棄して、勝手にココに来ているワケではないのなら、少し安心したけれどね

と言っても…彼は研究職ではないからね、実質的に僕の仕事を手伝えるワケではない
まだ満足に出歩けない僕の替わりに、局内や副大魔王邸のカリティの元を行き来して
サンプルを持ち運んでくれたり、参考資料を探してきてもらうだけだ
すっかり休業状態になってしまっている、カリティの店の常連達の相手までしてくれる

文化局もダウンタウンの店も、最初こそは見慣れない上級悪魔にソレも軍部の高官に、どう対応したら良いか解らず戸惑った様だが
あまり時間を置かずに馴染んでしまったのは、大きくて厳つい見た目とは裏腹な、彼の大らかな悪魔柄との為だろうか?

先鋒部隊の先陣を切るゾッドと言えば、直接彼と面識のないモノは皆
半径2m以内には、絶対に近づかない方が良い粗暴な暴れ者、と言うイメージばかりが先行していたのだが
実際に付き合ってみれば…そんな事はないのだ

確かに戦闘状態の彼は、副大魔王邸で見たソレの片鱗は、禍々しい気を放つクラッシャーのイメージはあるのだが
平常時の彼は寧ろ粗暴とは真逆だ、自分より弱い個体を気遣う、軍魔どころか悪魔らしからぬ繊細な優しさも持ちあわせている

噂通りの厳つい見た目とは不釣り合いな穏やかさに、相手は拍子抜けしてしまうのだろう、気がつけばすぐに周囲と馴染んでいた
局内で放し飼いにしている小動物まで、彼の肩の上によじ登っていた、臆病で警戒心の強い個体が多いのにね

※※※※※※※※※※※※※※

病室内の一悶着のあった夜、ダミアンも文化局にやってきた
今回の一件はアイツに問題が有ったわけでは無いのだが、ゼノンの酷い有様を見ている分、思う所はあるのだろう

病室を訪れたダミアンは、何も言わずにその腕に爪を宛がうのだが、ゼノンがそれを止めた

「お辞めください、充分な治療は受けておりますから、ここは私の家みたいな物ですから御心配なく
治癒魔法を暴発させた後の【皇血の下賜】は、御身の体調を損ないます…どうか御自愛くださいませ…」

同じ治癒魔法の使い手だと、そんな事まで解ってしまうのか?
ダミアンの血があれば…ゼノンの調子も早く良くなるのに…等と単純に考えていた俺は、自分が少し恥ずかしくなった

「では…せめて、その角だけでも再生させてくれないか?ゼノン?」

出鼻を挫かれたダミアンが自嘲気味にそう言った
鬼族の魔力の源だけでも先に再生すれば、自己修復能力は完全に戻るはずなのだが
ゼノンはその申し入れすらも、首を縦には振らずに、柔らかく辞退する

「重ねて申し訳ございません…コレは誤診をしでかした、報いの様なものですから、
責任の重さを自覚する為にも、暫くはこのままに、自然治癒に任せたいと考えております
それに…勝手にコレの治療を受けたとなれば、激怒する者がおりますゆえ…なにとぞ御容赦くださいませ」

そう答えるゼノンは、深々と頭を下げるのだが、毛布を握り締める手は、何故か少し震えていて
それに気がついたゾッドは困った顔で、皇太子とゼノンを見比べるのだが
そんな様子に何かを察したのだろうか?ダミアンはふぅと、溜息をつくと
腕を組んだまま、ちょいちょいと指で俺を呼んでいる

「解った…今日の所は、ゼノン、お前の意思を尊重しよう…文化局の医療班に任せよう
だがお前にも、早めに仕事に戻ってもらわねば困るぞ、二度と王都で暴走事故を起こさぬ様に…」

「御意…ご期待に沿える様に、励まさせて頂きます…」

負傷者にあまり気を使わせるのも良くないだろう?
と、手短に見舞いを終えた皇太子が、部屋を出るのと同時に、ゾッドもその後を追いかける
廊下で彼を待っていたダミアンは、高い位置にあるその耳をグイと引き寄せると、小声で囁いた

「部隊に戻るのはもう少し後でも構わない、しばらくゼノンの傍に付き添ってやるんだ」
「えっ…でも、ここは文化局だぜ?そんな事して大丈夫なのか?」
「身辺警護でも何でもいい、理由は私が作るからどうにでもなる…何だ嫌なのか?」

「それとも生体実験室が怖いのか?」などと言われて、かちんときたゾッドは「そんなわけねぇ」と思わず叫びそうになるのだが
たおやかな指がそのまま、ゾッドの口に重ねられる、静かにしろと言う形で

「………馴染みのお前達と違って、まだ関係が薄いからねぇ彼とは、頑固で遠慮がちなのも仕方ないだろう
それにあの調子では歩行どころか、お得意のゴレームの使役も困難だろうから、誰かが傍に付いてやった方がいいだろう?」

あのタイプは、他魔を寄せ付けないだろう?適当な者を雇って付けても気疲れするダケだから
少しは気心の知れたお前の方が、安心するだろうから、暫く傍に居ておやり………

そう言い終ると、ダミアンはようやく俺の耳を離してくれるのだが?
仮にも武官の俺が何でそんな真似を?と思う前に、このままゼノンの傍に居られるのが嬉しかった
本来は下級悪魔や使用魔に任せる様な仕事なのだが

ひらひらと手を振りながら、廊下を後にするダミアンの背を見送り、一応俺も珍しく頭を下げた

※※※※※※※※※※※※※※

ゾッドが持って来てくれた荷物を受け取りながら、ゼノンは手招きをして彼を呼んだ
ベッドの縁に座らせたゾッドの胸元にもたれ掛かると、ゼノンは書類の封を切って目を通す

ゾッドは困った様に唸るのだが、結局はそのまま動かない、僕の身体を退けたりはしない

「おい…コレはどういうつもりだよ???」
「いいじゃないか、ちょっと寒いんだよ、少し体温を分けてくれたっていいでしょ?」

獣王族は鬼族の僕よりも基礎体温が高めだからね、彼の肌の温もりがじんわりと温かい
どうせ温めてもらうなら、毛皮に覆われた獣体になって欲しい所なのだが
獣王族は巨大な獣の本性を、他族に見せる事を嫌がるからね、ソレは流石に頼めない

通常の姿も半獣体の魔力レベルの低い者ならともかく、ゾッドのような白面の上級悪魔は特にソレを嫌う
生命の危機を感じる様な絶体絶命にでもならない限り、その姿には戻らない…場合によってはその命が尽きても本性は晒さない
もしかしたら?上級の彼等が長時間巨大化するのは、魔力消耗も激しいのかもしれないね

だから毛皮を強要する気はないけど…体温くらいなら、供給してもらってもバチは当たらないだろう?

「寒いなら…空調を上げればいいじゃないか?」

最もな正論を彼は吐くのだが、その問いを僕は笑って受け流す

「そうだね、身体の表面の温度ならソレが一番良いんだけどね…身体の内側の寒さはそうはいかなくてね…」

怪訝な顔をする彼に更に続けた『開腹手術後の血液と臓器の冷えの問題』を

そう…本来は外気に晒される事の無い臓器には、皮下組織の様な保温機能が無いのだ
術後に体内が過度に冷えない様に、手術室では細かく温度調整をするのだが…
それでも被験者は、身体の芯に凍える程の寒さを感じる、暫くの間はね

ならば、体温を急上昇させてやれば良い、と言う単純な問題でも無い
収縮した体組織に、急激に温められた血液が大量に巡れば、血管と臓器に無駄に損傷を負う可能性がある
だから傷の回復と同様に、失った基礎体温の上昇にも、ちょっと時間が掛かるんだよ

君も戦場に出る武官なら、誰も居ない場所で大怪我を負うかもしれないし
治癒魔法が効かない相手の応急処置をしなきゃいけない事もあるでしょう?
念のため覚えておいた方がいいよ…等と手短に説明してあげたのは、特に他意があったワケではないのだが

背中から包み込む様に回ってきた両腕が、僕を強く抱き締める
二の腕ごと肩と胸元を抱かれ、少し窮屈に感じた僕が「ちょっと苦しいよ」と身じろぐのだが
僕の肩にその重さを掛けない様に、彼の頭が添えられると、更にぴったりと密着してくる
背中にその温かさを感じながら、妙に心拍数が上がったゾッドの鼓動を聞き、僕が困った様に溜息をつくと、ぽつりと彼は答えた

「酷い目に遭わせてホントに悪かったよ、アイツはまだ目覚めないから…替わりにいくらでも謝るから…ソレに護りきれなくてすまない…」

「だから君が謝る事じゃないでしょ?ソレに…赤髪のエースとマトモに戦えるのなんて、皇太子殿下と閣下ぐらいでしょ?」

あの場に居たのが君じゃなくても、結果は同じ事だったから………と何度も言っているのだが、この大男もなかなか納得はしない

そのまま感傷的になったゾッドが、僕にヒーリングを掛け始めると不味いので
一瞬だけ、僕側の回路を切ろうとするのだけれど…それは杞憂だったみたいだね

自分より魔力レベルの高い相手に、特に手傷や病で弱った相手に、迂闊に魔力供給やヒーリングをすれば…
弱い方の個体は、相手の肉体の渇望と魔力消耗度の差で、逆に全てを喰われてしまう
最悪の場合、命ごと吸い取られてしまう危険性も有る事くらいは、知ってるみたいだね

もしかしたら、閣下かエースにソレをして、既に経験済みなのかもしれないけど

それでも…スキンシップが過ぎるとか、過剰に構われすぎているレベルではない
このまま手を離したら、僕が消えてしまうとでも思っているのか?と疑いたくなる程に
ゾッドの腕が僕に抱きつき、縋り付いてくるのだが、どういうワケだか嫌じゃないんだよね…

通常だったら、必要以上にベタベタされるのは苦手なんだけどね

まぁ…久しぶりに「消滅」を意識する程の恐怖感を味わったのは事実だ
精神的にも少し参っていたのかもしれないね、僕も…その時は、その程度の認識だった
まさかゾッドが、僕に特別な意識を持っているなんて、考えもしなかったから…
そういう意味では彼に対して、罪作りな程に無防備で、無神経な態度だったかもしれない

※※※※※※※※※※※※※※

先に暖を求めて彼に寄り掛かったのは、僕の方だからね
成り行きで過剰になった行為に文句を言うのも、フェアじゃないかもね

そのまま資料に目を通しながらも、その下で絡みつくゾッドの腕をチロリとみれば
骨太な大きな手の指先には、特徴的な硬化部分と言うか、タコの様なモノが見える
ピンガーラの拳を受けて、火傷を負ったその手を、診た時から気がついてはいたのだが
彼の個悪魔的な趣味にまで干渉したくなくて、あえて触れなかったのだが
ちょっと重苦しくなった部屋の空気を変えたくて、僕は世間話のつもりで彼に尋ねた

「その手のタコ、あの大斧で出来たモノじゃないよね?弦楽器?ギターか何かやってるの?」

ぴくりとゾッドの手が震える、おや?聞かない方が良い事だったかな???
しばらく返事は返っては来なかったけど、少し呼吸を置いて彼は答えた

「教えてもいいけど…笑わないでくれよ」
「笑わないよ、それとも?軍部では、武官が音楽を嗜んだら不味いとでも???」
「………ベースを少し、始めたのはダミアンの指示で、かなり無理矢理だったけど」

少し気恥ずかしそうに答えるその声が、妙に小さくて、ソレが何だか可愛らしくて
僕が思わず小さく咳き込むと、途端に不機嫌そうで、少し拗ねた様な声が振ってくる

「……笑わないって言ったじゃねぇかっっ……言われなくても解ってるよ
どうせ…ガサツな俺のイメージじゃ無いんだろっっっ」

「いやいや…違うよ、君を笑ったんじゃないよ、何だか奇遇だなぁと思ってさ
ちょうどいいから、ソコのロッカーを開けて、中のモノを持ってきてよ…」

クスクスと笑いながら、ゼノンは病室に備え付けのクローゼットを指さす
ブツブツ言いながらも、立ちあがったゾッドがソレを開ければ…
中にはシンプルな作りの黒いギグケースが、ひっそりと立てかけてあった
ギターケースにしては、サイズが少し大きい事には、直ぐに気がついた

「………えっ?コレって?」

「指神経回復のリハビリ用に、特別に持ち込みを許可してもらってるんだけどね
勿論ソレは僕のだけれど、同じ趣味の悪魔が、こんなに近くに居ると思わなかった」

そう言ってニコニコと笑うゼノンの顔は、ソレまでの笑みとは少し違う様に見えた

ああ…そうか、きっとコレが素の表情なんだろうなと、ゾッドは思った
ゼノンが普段自然に浮かべている、柔らかくて当たりの良さそうな笑みは、彼なりの社交辞令で
本音を相手に読ませない為の「仮面」の様なモノなのだろう

不可抗力とは言え、ゼノンの素顔を垣間見る事が出来たのが妙に嬉しくて、ゾッドの尻尾はワサワサと大きく振られた
共通の話題のが出来た事も嬉しかったのだが…もっと知りたいと思った
ゼノンが他魔には殆ど見せないであろう「本当」の部分を

※※※※※※※※※※※※※※

「なに…研究に行き詰まった時の、ちょっとした気晴らしみたいなモノだよ」とゼノンは言ったが…
ちょっと待てっ!!!何処が「気張らし」なんだよっっ!!!と100万回程突っ込みたい…
そんな「片手間の趣味レベルの演奏」なんかじゃないぞっっ!コレはっっ!!!

ゼノンが自分と同じベース弾きと聞いて、瞬間的にざわつきワクワクした俺の心は、一気に折れて、凹みなおしてしまった

ソレに…聞き違いじゃなければ、ついさっき?リハビリ用?とか言ってなかったか???

確か両方の掌のど真ん中を、エースの武器で刺し貫かれていたはずだよな???
いくら自身への治癒魔法にも長け、回復力・再生率の高い鬼の肉体とは言え
腱も筋も切れ、神経も損傷している治療中の手で、このレベルなら…本調子の完全な状態なら、どれだけ上手いんだよっっ

言葉も無く尻尾を膨らませたまま、目をぱちくりとさせて、その演奏を見入る俺に、ゼノンはニタリと笑い返してくる

取り出したギグケースを、そのままベッドの上で待っているゼノンに渡してやれば
中から出てきたのは…標準的なカタチの黒いベースだった
だけど…何故だろう?見た目だけでも、ソレには妙に重厚感が有る様に見えて
反射する鈍い光沢のせいだろうか?ぬらりとした印象を受けるんだよな…

持ち主のイメージが、そのまま投影されるモノなのか?等と俺は漠然と思ったモノだ

本業では無いにしても、医療関係者のゼノンには、やはり抵抗があったのだろうか?
許可は取っていると言っても、個室病棟でもベースを弾くのには、彼なりに???
それでも…演奏を俺に聴かせると言う【口実】があるのなら、話は別なのだろう

いそいそとソレを取り出すゼノンは、とても嬉しそうで…ちゃんと同世代の悪魔に見える

文化局の局員と言う事もあるが、最初のコンタクトが、医者とその患者の親友と言う、特殊な関係だったのが悪かったのだろう
つい色眼鏡で見てしまっていたゼノンは、物知りで頑固で、ずっと年上の様に感じていたが、今は全然違って見える

また俺のハヤトチリかもしれないが「見えない壁」を一つ乗り越えた様にも感じて
俺の胸のつかえていた何かが、軽くなって行く様にすら思えた

一体どんな系統の曲を好むのだろうか?そして腕前はどの程度なのだろう?

その一挙一動の全てを見逃したくなくて、穴が空きそうなくらい凝視するのだが
ゼノンはそんな俺の視線は意に介さずに、背中を少し丸めて、使い込んだ愛器を大事そうに抱えている
極当たり前の流れで、緩めていた弦を張って、チューニングをする仕草も、変に色っぽく見えるのも何故だろう???

「あんまり大きな音は出せないけどね 」と小型のアンプの音を絞るゼノンは
鼻歌交じりで楽しそうで、場の空気が、何だかほんわかとした様にも感じたのだが
そのまま弦に指が宛がわれた時は、ピック弾きじゃなくて、指弾きなのか…まぁ雰囲気的にそんな感じだな…
等と考えながらも、ソコ迄は微笑ましくその様子を覗き込んでいたのだが

いざ…その演奏が始まってしまえば…ソレは驚きと同時に、本日二度目の撃沈に変わる
尻尾が膨らんだだけで、その場で腰を抜かさなかった自分を、取りあえず褒めてやりたい

嘘だろ…上手すぎるじゃないか…何が【趣味レベル】なんだよっっ

ジャズじゃなくて…フュージョンって奴だよな?コレ?
カドの全く無い音は、柔らかいのに力強くて…聴覚と身体のリズム感に自然に入ってくる
と言うより気がつけば、脳内に直接滑り込んで来る様な、不思議な感覚だ

例えはとしてはアレなのだが、デーモンの言霊、唄声に似て非なるモノの様にすら感じる

単純にドラムとセットで、屋台骨のリズムを刻むだけのものじゃないな
ベースの旋律が、一つの個として成り立っているのが新鮮で
ロックとメタルが主体の俺のソレとは、当然全くタイプが違うのだが………

話が全然違うじゃないかっ!とドン引きながらも、その指先から目が離せない
プレイ技術も勿論なのだが、なめらかに踊る様に動くその指が、異様な程に艶めかしくて
野郎がベース弾いてるだけなのに、どうしてこんなにエロんだよ…ソレもオカシイだろっっ

俺がゼノンの事を意識してるから、そう見えるんじゃないよな?コリャ???

「やっぱり指の感覚が、まだ完全に戻ってないや………」

等と少し残念そうに、ゼノンはぼやくのだが…
呆気にとられた俺は、その場に固まったまま、ただ呆然と彼を見るだけだった

「でも、久しぶりに音出しすると気分がいいねぇ、毎日触らないと落ち着かなくて
で?君はどんな感じのプレイスタイルなのかな?」

おいおいおいおい…ソコで俺に振るのかよっ!今すぐにかよっ!待った無しかよっっ…
そんなスゲーモノ聴かせてくれた後で???マヂかよ………まいったな……

「何ならピックも貸してあげるよ」と、にこやかに言われても
完全に出鼻を挫かれた俺は、挙動不審な状態で、シドロモドロとしてしまうばかりだ

少なくともアンタのベースは使え無いよ、色んな意味で気恥ずかしくてよ

「………自分のは持ち歩いてるから、心配いらねぇよ………」

そのまま後に引けなくなったゾッドは、小指で片耳をコリコリとかくと、その奥から小さく縮めている何かを取り出す
簡易封印が解かれると、ぼわんと白煙が上がり、装飾過多な派手派手しいギグケースがその場に出現する

「言っとくけど、俺のはアンタのレベルには、全然追いつかないからなっっ」

照れ隠しが上手くいかないらしく、少しヒステリックな声を上げながらも
ゾッドがそのハードケースを開けると、彼の戦斧に良く似た形の変形ベースが、その中にドンと収まっていた

「これはまた、個性的で凄いね………」

彼らしいと 言えばソレまでの、厳ついビジュアルだけど…系統も解りやすいね
皇太子殿下が彼を無理に誘ったとか?さっき言ってたからねぇ

「だから、そんな顔するなってっっ!やっぱり黙っておけば良かったぜ………」

しおしおと項垂れる様に垂れ下がる尻尾と、最初の威勢の良さが無くなってしまった語尾が、何だか可愛らしいね
良いじゃないか?職務とは関係のない個悪魔的な趣味じゃないか?そこまでムキになる必要もないでしょ?
と言っても…彼なりのこだわりもプライドも有るだろうから、なかなかそうも行かないだろうね

ぐずぐず言いながらも、ストラップを肩に掛けて準備をするゾッドの背中を見ながら
ゼノンはベースを抱えたまま、ニコニコと笑っていた

※※※※※※※※※※※※※※

過剰な程に恥ずかしがるのから、よっぽど腕に自信が無いのかと思ったけど
いざ弾かせてみれば…そんな事はない、耳に入れて持ち歩いているくらいだからね
遠征先も関係無いのだろう、僅かでも時間があれば楽器いじり倒している者の音だ

見た目から推測される通りの野太い音だ、重低音が重視の弾き方は悪くない
技巧的なモノは、確かに荒削りでだが、基礎をしっかり押さえている分
変に自分のプレイを大きく見せようとする、誤魔化しや余計なモノがなくて、逆に耳に心地良い

スタンダードなロックやメタルなら、理想的な弾き方だとは思うのだが
些か全身に力が入りすぎている様にも感じる、そんなに力まかせに、弦を叩きつけなくていいから

ソレが何時もの奏法なのか、他者にソレを聴かせる緊張から来ているのか解らないけど

それに…考えていたよりも、ずっと様になっている
彼の武器をモチーフに特注で作らせたのだろうけど、変形型でもなかなかの名器で
大きな身体に巨大な斧のカタチのソレは、何だかとても似合っていた、
最初こそは消極的な感じだったが、リズムに乗ってくれば、気持も解れてきたのだろうか
メトロノームの替わりのような尻尾が、機嫌が良さそうに大きく振られる、演奏そのものを楽しんでいるかの様に

偏見では無いのだが、奇をてらう変形型の楽器を使う者は、見かけ倒しであまり腕が良くない奴も多いのだが…
彼くらいにキチンと弾きこんで居るのなら、僕の中では許容範囲だね
と言うより?ゾッドの音は、何処かで聞いた事が有る気がする、初めてではない?

「………には、アンタみたいに、指で弾いてみろと言われるけど、俺はからきし駄目でね」

ベッドサイドで、立ったままの演奏だったからね
少しうつむき加減で、ジッとコチラを見下ろすゾッドを見上げながら僕は答えた

「必ずしも指弾きが良いってワケでもないよ、何を演奏するかにもよるでしょ?
特に皇太子殿下が好む様な爆音系はね、普通の指弾きだと他の音に負けちゃうから
ピック弾きの方がいいんじゃないかな?スタンダードなロックとメタルは特に?」

思っていた以上にちゃんと弾けていたから、びっくりしたよ、と付け加えると
褒められたのが嬉しかったのか、大きな尻尾は更にワサワサと振られ、少し照れくさそうに頭をかいているのだが
同時に意外そうな顔をしたゾッドは、控えめに聞き返してきた

「ダミアンの好みって…先生はアイツの音を聴いた事あるのか???」
「まぁ王都に住んでいたら、自然に何処かで聴くでしょ?」

最近こそは?かなり落ち着いてはきている様だが、ほんの少し前までは
大魔王陛下と皇太子殿下による、「騒音」を巡る親子バトルは、魔王都の名物の様なモノだった

好んで聴くジャンルではないけど、殿下が名前と身分を隠して、音源を出しているのも知っている
魔力波動に敏感な者、音の特徴を掴みやすい者等、聴く者が聴けば…正体を隠しても、バレバレなんだけれどね
有り余る殿下の魔力波動がコピー量産したソレにまで残留して、独特の香を残してしまっているからね

「ああそうか…君の魔力波動を、何処かで感じた事があるかな?と思っていたけど
もしかして?何曲か参加していたのかな?君もなかなか、肝が据わっているよね………」

殿下の覚えは良くなっても、陛下からは、睨まれる事に成りかねないのに?
立身出世を目指す者ならば、その役目は引き受けないだろうに…と暗に指摘したつもりだったのだが、彼は笑って答えた

「ダミアン…じゃなかった、殿下とは、学生時代からの付き合いだからな
怒るとおっかない時もあるけど、アイツは良い奴じゃないか?皇子様らしくなくて?
だからダミアンが俺に、一緒にバンドやろう!って言ってくれたのは、嬉しかったんだが…腕がなかなか追いつかなくて…」

もう学生じゃないから、ビッチリ練習に専念するってワケにもいかないけど…

と答える彼からは、出世欲と言うモノが微塵も感じられないのが、可笑しくもあるのだが好意的にも感じる
悪魔らしい自己顕示欲はしっかりあるのに、権力に興味が無いタイプは珍しいね
殿下に取り入る為にではなく、友としてその無茶な求めに応じるあたりもね

上級悪魔とは言っても、閣下やエースに比べると、魔力レベルがかなり落ちるゾッドが
何故こんなにも彼等と親密で、近しい存在になったのか、何となく解る気もするよ
皇太子殿下を呼び捨てで呼んでも許されるのは、この大らかで裏表の無い悪魔柄故なのだろう

「ただ…ちょっと力が入りすぎてるね、そんなに力を込めなくても大丈夫
もう少し優しく扱った方が、もっといい音が出ると思うよ?」

ちょっと手を診せてごらん、そう言われて俺は両手を手を差し出すのだが
凄い演奏を聴いた後だったからか、やはり居何時もより力は入っていたみたいだ
タコの上はまた少し赤くなっているし、軽い痺れのようなモノも感じていた

ゼノンはその赤くなった部分にそっと唇を寄せると、フッと息を吹きかけてくる
何て事はない、軽い治癒魔法を吹きかけられたダケなのだが、その仕草にもドギマギとして
俺の尻尾はボワリと膨らむのだが…またそんな場合じゃないだろうに、ゼノンの前で迂闊に怪我は出来ない
自分が入院療養中って事が解っているのか?いないのか?

「タコが出来る程に練習する事はね、とても良い姿勢なんだけれどね
ベースはギターと違うからね、タコが出来る程強く押さえても、弾いても駄目なんだよ」

ほら僕の指先を触ってごらんよ、指で弾いてる僕のソレが、ピックで弾いてる君よりずっと柔らかいでしょ?
薬品焼けは多少してるけど、違いはわかるよね?

そう言われて、改めてゼノンの指先を触ってみれば、確かに言われた通りで柔らかい
柔らかいと言うより、適度な弾力が有ると言った方が適切か?この弾力もまたあのサウンドを作り出しているのか?

練習ダコは、出来れば出来る程に良いと思っていた俺からすれば、衝撃的な言葉だったが
あの演奏を聴かされた後では、説得力がありすぎて反論も出来ない

「なぁ…忙しい先生には悪いんだけどよ、良かったら俺に、上手いコイツの弾き方を教えてくれないか?」

思わず口に出てしまったのは、こんな言葉だったのだが、言ってしまった後に照れくさくなった
もう学生じゃない…お互いに職務もあるのに、そんな事は現実味が無さ過ぎる
すぐにしまったと思ったのに、意外な返事が返ってくる

「別に良いけど…そんなに頻繁にレッスンなんて出来ないよ…お互い忙しいから?それでもいいの?」

きょとんとした顔で、首を傾げながらゼノンがそう答えるのが、なんだか可愛らしい
俺が「それでもいい」とぶんぶん頷くと、ゼノンは「僕はスパルタ方針だから付いてこれるかな?」と柔らかく笑った

「それと…一つだけ条件があるんだけど、その【先生】って呼び方を辞めてくれる?
よく考えたら、君は僕の患者さんじゃないし、医師は本分じゃなくて、僕は研究員だからね」

「じゃぁ…師匠とかの方がいいのか?」

と俺が真顔で尋ねると、ゼノンは呆れた様な顔をして言った

「先生も師匠も一緒じゃないか…普通にゼノンでいいよ」

敬称で呼ばれる事に抵抗があるのか?妙にはにかんだようなその表情が印象的で、俺の瞼に強く残った


続く

ギターならちょっと齧った事があるのですが、ベースは触った事がないので
かなり捏造・うそつきな描写もあると思うのですが、そこは創作と言うことで御容赦ください

一応本物と同じ様に、ベースの師弟関係と言う設定にしましたが
コレが自分の頸を絞める事にならんかなぁ…とちょっとだけ反省
まぁそんなに細かく書かなければ、ボロは出ないよね多分????

親分の耳の中のギグケースは、単純に孫悟空の如意棒みたいな感じ?と思ってください
和尚のベースをそのまま親分が弾くって事は、多分まず無いなぁと思っただけなので(笑)

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!