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【見習い拷問官と教官】
『廃城の砂猫』 5 砂漠の王 親子?兄弟喧嘩?若干グロ描写あり

砂漠の地下宮殿だと言うのに、ソコは美しい地下水脈をたたえた不思議な空間だった
船は水面には浮かんでおらず、変わらず砂の上で、その巨体を横たえていたが
青い光に包まれた、広大な洞窟の様なその空間は、
乗船してきたモノと同等の船を、数隻停泊する事すら可能な様だ

ヒンヤリとした空気には、適度な湿度があり、過ごしやすい状態だ、外の砂漠とは比べ物にならない

その呼び名の通りに、地下空間の様なのだが…空間全体に降り注ぐこの光は一体?
遙か頭上に、採光口と排気口と思われる?強い光を感じるのだが…
どうやら、そのわずかな光を、無数の鏡で増幅しながら、地下を照らしているのだろうか?
それに加えて、所々で仄かに光るのは、青く発光している苔の様だが?

思わずソレ等に見とれるダミアンの手を、馴れた足取りのジェイルが引っ張る

先程の船といい、この地下空間といい…
クラシカルな見た目に騙されてはいけない、やはり魔神は侮れない
砂漠に隠遁しても尚、太古と変わらない、高い魔法文明を持っている様だ、
寝物語に聞いた、両種族の争いの歴史の頃と寸分違わずに

いや…悪魔が知りうるよりも、更にそれは発展・発達したモノになっているはずだ

特有の高慢な気質も無く、気楽に砦に出入りするジェイルと、魔神のイメージが合致しなかった為
いつの間にやら、魔力レベルの低い少数民族と、懇意にしていた様な錯覚を覚えていたが
どうやら根本的な、認識を間違って居たようだ

船着き場と思われるその場所から、本殿に続くらしい入口には
巨大な彼等と、彼等の信仰する神の像に加え、極彩色のレリーフが並ぶ
そしてその奥からは、他族である私に対する敵意を剥き出しにした、
強い魔力波動をビリビリと感じた、居る…数体等では利かない、
百単位の数のスフィンクスの成体が、魔神達が、この先で、ひしめきあっている、
そしてその大多数の者達など、問題にならない程の、一つの強大な力は…
おそらくは…彼等の王、大王と呼ばれる存在をその奥に感じる

「どうしたの?」

ダミアンは思わず立ちすくむのだが、ジェイルはキョトンとしている
これから起こる事を、出来れば…君には見せたくは無いのだが
退席は許されないのだろうな…トラウマにならなければ良いのだが

アイに促されるままに、薄暗い回廊を進めば…まるで林の様に連なる円柱の影から
無数の小さな気配達が、コチラの様子を伺っているのが解る
船の召使い達と同じく、魔力自体は大した事はなさそうだが、
属性が判別出来ない、不可思議な気配達、その正体が気にならないワケでは無いのだが…
今は勅旨を、調停者の任務を、無事に遂行する事だけを考えなければならない

「貴様が…我が子を穢した、悪魔のこわっぱか?」

頭上から聞こえる、怒気を含んだ声と共に、金色の巨躯が、音も無く目の前に降り立つ
獅子の身体に人間のソレに良く似た顔、怒りに震えるタテガミは膨れあがっている
成る程…彼がジェイルの親神、実親と言うワケか…コチラも考えていたよりも若い様だ

体格が人間界の象レベルと言う事は、成体としては、まだまだ若いはずだ
スフィンクスは、その生が有る限り、より大きな身体に、強靱な体格に成長する
定期的に王都に訪れる、それなりの地位のスフィンクスは…
平均的な壮年期を迎えた者は、彼の倍の体躯と魔力波動を持っているから

「アリ…特使殿に無礼だぞ、会談は祭殿にて行なう…そう大王が、決められた筈だが…」

ジェイルはアイを叔父貴と呼んでいたからには、恐らくは近しい血縁者なのだろう
先に立っていたアイが、相手を諭すのだが…若い親神も、少しも引こうとはしない

「黙れ…その名は既に捨てた、【赤翼】風情が、何時までも兄貴風を吹かすな!目障りだ
そもそも…貴様が、幼生を護る最上位の役目を怠ったが故に、この様な事態に陥ったのだ
本来ならば…この醜聞が大王の耳に入る前に、その悪魔共々、その頸を噛みちぎってやったモノをっっ」

尚を咆吼して唸り声を上げる半獣神に、アイは深い溜息をつくのだが
その間に、神官職の男が割って入る、何時の間に取り出したのか?
彼の背丈と同じくらいの高さのある、青と黄に彩られた錫杖を構える

「お気持ちはお察しいたしますが、ここはお引き下さいませ…若きネメスよ…
この件に関しては、神官長たる私めに、大王様は一任なさっておいでです」

牧羊の錫杖【ヘカトの杖】、彼等の大王の権限・発言の代行者の印
すなわち錫杖を持つ者に、刃向かう事は、大王への反逆罪と取られても反論は出来ない
ソレを出されては、流石に分が悪いと感じたのだろうか?親神はジリジリと後ずさる

「【審判】を正当なる裁きを…先に不可侵条約を破棄したのは、その悪魔だ……」

そう捨て台詞を残し、翼を広げた彼は、神殿の奥へと飛び去っていった

「ごめん…ダミアン、クソ親父は、頭がコチコチに堅くて…」

気がつけば、しゅんとするジェイルは、結局一言も父親と言葉を交わしてはいない
【親神】と【赤翼】、そして【分化前の幼生】には、持てる力の差だけではなく
明確な身分の差と、確執が存在するらしい事は、今の接触だけで充分に理解できる

「愚弟が申し訳ない…主家の末席に連なる者とは言え、あやつはまだ若輩でしてな
今回の一件についての心の整理が、ついておらぬのですよ…」

若さ故に、行き過ぎた慢心も目に余る…だが主家の者の本音とは、
お恥ずかしい事ながら、似たり寄ったりの物でして………

申し訳なさそうにそう、説明されると、かちんときた怒りの矛先も収まってしまう
強い力を持った事による選民主義は…悪魔側にもある、勿論この私にも
程度の事で腹をたてていては、コチラの負けだ、私もただ苦笑するだけだ

薄暗い回廊の向こうには、縦に切り裂かれた光が
儀式の場、祭殿と呼ばれた場所には、すでに無数の気配達のざわめきが沸き上がり、
我々の到着を待ち構えているようだ

※※※※※※※※※※※※※※

先程の船着き場と同レベルの空間は、まるで人間界で見たコロッセオの様な場所だ
中央の祭場をグルリと取り囲むのは、階段状の客席ならぬ議席には
スフィンクスの親神達と、少数ながら他の魔神族も祭事に参加する様だ

みな口々に口汚い言葉を吐きながらも、興味深そうに【問題の子供】を、ジェイルを眺めている

その無遠慮で、興味本位の視線が、気に入らない、他族である私はともかく
この子はお前達の同族だろうに?咄嗟にジェイルをマントの下に隠してやったが…
こんな展開は予想していなかったのか?彼は私の腰にしがみつき震えていた

ふと顔を上げれば、すぐ側で彼の伯父が、周囲を鋭い目で睨んでいた
敵ばかりのこの場で、一名だけでも味方が居る事は、こんなにも心強いものか…

そう…ソコは人間界のコロッセオと何も変わらない、ただ一つだけ違う事は、
その再奥の上座に、巨大な扉の付いた祭壇が鎮座する事だ
手前の一段目の扉の上の壇上は…おそらく宗教儀式を行う祭壇
そして奥に二段目の扉がそびえ建つ、他とは明らかに様子の違うその場所は
特別な者の議席である事は、誰が見ても明白だ、その奥から感じる力の波動も…

依然周囲は騒がしく、ある者は咆吼と共に怒りの言葉を吐き、侮蔑の嘲笑をする者も居たが
先程の親神の高圧的な態度と、アイの事前説明があった為か?
今の私には雑音にしか聞こえない…今はコイツ等に構っている場合ではないのだ

「神聖なる祭場にて、小五月蠅い雑音を上げる者共に、王は御立腹である、静粛に!!!」

更に高圧的で冷たい声が、会場に響き渡ると、頭上から派手な羽音と共に
青鷺の頭を持つ男が、翼を広げて舞い降りてくる、分厚い書籍と、巨大は羽根ペンを抱えて 
服装・装飾品から察するに、神官職の男と同レベルの者か?

更にその後に続くのは、極彩色の衣装と、装飾品を身にまとった女性が続く
特徴的な化粧が施された顔に、美しい褐色の肌と立ち姿は、人間のソレに似ていたが、
その両腕は赤と青の羽根に包まれた、鳥の翼そのものだった

二名が一段目の祭壇の上に降り立ち、その両脇で傅けば
ざわついていた魔神達は押し黙り、一斉に二枚目の扉に注目する

ギギギギッ…重々しい扉が開き、その中から現れるのは、銀色の巨躯、スフィンクスの王だ

一般的なスフィンクスの十倍はありそうな、その巨大な身体と、吹き上がる力の波動は…
そのまま…彼が生きてきた歳月と経験を表す
元は金色だった筈のその毛皮は、銀色に変色し、枚数の増えた6枚の翼は濃紺に染まる
薄い紫の瞳は、既に視力が減退してはいる様だが、それでも尚鋭い眼光を宿していた

「アメン・ラー」

王の出現と共に、魔神達が口々に叫ぶその言葉は、彼の【真名】か?あるは敬称なのか?
成り行きを見守る我々の前で、彼は二枚目の扉の上の壇上に登ると、静かにその巨躯を横たえる

その間にメネプに誘導された私達も、祭壇を兼ねた一段目の壇上に上がるのだが
改めて間近で見れば…大きく、そして強大な力を感じる、生まれて初めて感じる本能的な恐怖だった

「我々の地下宮殿にようこそおいでを、特使殿…
下らぬ事で、騒がしき我が子等を、どうか許していただきたい…」

その口から発せられたのは、彼等の言葉ではなく悪魔の言葉
巨躯と威圧感には似つかわしくない、優しげな口調に、ジェイルは少しだけ安心した様だ
隠れていたマントの隙間から、ひょっこりと顔を出しているのだが…

おそらくは…父上と互角のソレに、私は本能的な震えを止める事が出来ない

『歓迎を感謝いたします…砂漠の王よ…、私は大魔王の勅旨を承ったダミアンと申す者
この度は、私自らの条約違反にも関わらず、会談の機会を与えて頂き、感謝の極みでございます
我々悪魔とて、両種族の開戦等と言う、不幸な状況は望んではおりませぬ故…
新たなる条件にて、再協定を締結せんと、馳せ参じたのだが、応じては頂けないだろうか?』

彼等の言葉で、返答は返したものの、王の強大な威圧感に震える私の声は、動揺が隠せない
饒舌とは言えないソレを、魔神達が嘲り笑っているが聞こえる

『焦られるな若き特使殿よ、まずは…我等が末の和子を、コチラに渡しては頂けないだろうか…』

最もな王の返答に私は、思わず赤面する、何を焦っているのだろうか?私は?

そんな私の混乱ぶりを察してくれたのか、ジェイルは、自らマントの中から出ると
メネプに促されるままに、その手を取り、王の待つ壇上に登ってゆく

その巨大な前足に、ちんまりと腰を下ろした小さな子供に、王はその巨大な頬を寄せる
最初こそは、ドギマギとしていたジェイルではあったが、
その毛皮の温かさに気持よさそうに目を細める

『お前がここを出た時、まだ目も開かぬ赤子だったな、儂を覚えてはおらぬか?
孵化場で生まれたお前を見た時は、生涯【擬態】も取れぬであろうと思っておったが…
息災で何よりだ…どうだ?身体の具合は?不自由はしてはいないか?』

『貴方の姿は知らない…でも温もりと臭いは覚えてるよ
うん…もう何度か死にかけたけど、何とか生きてるよ、
俺も【擬態】になれるなんて思っていなかった…このまま死ぬと思っていたから
ダミアンに助けて貰わなかったら、多分獣体のまま…寿命を迎えていたよ、きっと
何時までこの姿で居られるのか?解らないけど、俺は今、凄く嬉しいんだ…
このまま【赤翼】になっても仕方ないし、もし翼が生える前に寿命が来ても…
俺はきっと満足だよ…【擬態】にすらなれない、と思っていたんだから…』

もう寿命が近いと思っていたからこそ、禁じられた【外の世界】の事が知りたかった
悪いのはダミアンだけじゃない、知りたいと願ったのは、俺自身なんだから

だから…助けてくれたダミアンに、酷い事は言わないで…

そう言って、その頬に掏り寄り、たてがみに縋り付くジェイルに、
王はもう片方の前脚を伸ばし、その巨大な爪を翳す

すると、何も無い場所から、淡い光りが集まると、ソレは次第に物質化して形を取る
ジェイルの首と両腕に、新たな特殊装飾が出現する
胸元には、金地にラピスと血結石のモザイクが美しい隼が翼を広げ
シンプルな金細工のみの腕輪が、シャラリと両腕を飾るのだが、
良く見れば…ソレにも何やら、面妖な文字が彫り込まれている
以前に装着していたモノとは、明らかにデザインが異なり、呪術的な意味合いが強そうだ

『力の波動は、まだ安定はしてはいない様だが…安心するが良い
もうお前は翼が生える前に、死ぬ事は無いだろう、今のこの状態を保てるのであればな…
この様な事例は、儂の長き生涯でも初めてだ、どちらの翼を授けられるかは、この私にもまだ解らぬが…』

『えっ…本当に?俺、成体になるまで、生きていられるの?』

『スフィンクスの王として、嘘偽りを申したりはしない、
故にお前はそこで、事の成り行きを見守るが良かろう』

王の目配せを合図に、側に控えてしたメネプが、ジェイルを抱き上げる
それと同時に王は立ちあがり、咆吼と共に宣言する

『ここに集まりし、我が一族・我が子等よ、聞いた通りである!
我等が末の息子には、他者の命を受けし事に、後悔は無く、感謝の言葉すらあるのだ
故に特使殿には、【審判】を受ける権利が発生する!それに異論はあるまいな?』

再びざわめきはじめる祭殿には、「異論あり」と非難めいた罵声も飛び交うのだが、
王の決議が絶対なのは魔神も同じらしい

砂漠の王が出現したその扉から、巨大な【金の天秤】が、壇上に引き摺り出されると
ソレを待っていたかの様に、鳥の翼を持つ女性が、踊る様に、その右側の皿に飛び乗る、
途端にその姿は瞬時に、巨大な鳥の羽毛に変わってしまった
続いて壇上に中央に進み出た、青鷺の頭の男が、芝居じみた仰々しい口調と態度で、ダミアンの前に傅いた

「私めはトート、主家の【書記官】を、彼女はマアト、【真実を計る者】
そこに居ります、神官長・メネプを含めまして、共に【審判】を司るでございます
ダミアン殿下…貴方様は、我等が王の権限にて【審判】を受ける権利を得ました
主家の御子息をお助けした事に、邪心が無かった事を
更に…この新たなる協定に、我等を滅ぼす魔都の陰謀が、無き事を証明されたくば
【御身の心臓】をコチラの皿に、捧げていただきましょうか?
貴方が無罪であれば…その心臓は彼女より軽く、罪あらば彼女より重くなられるでしょう
御心配めさるな、取り出されただけでは、御身は滅ぶ事はございませぬが…
その心に一片の邪心が有れば、その心臓は…我等が神聖獣アメミットの餌食となり、
その時こそ避けられぬ死と罰が、貴方の上にふりかかりましょう…」

【審判】を受ける勇気と度量が、今の貴方にありますでしょうか?
勿論この【試練】を通過しない事には、【協定】を結ぶ事は相成りません、あしからず…

嫌な笑い方をする男だ、王の威厳に、その波動を感じただけで、怯えるお前に、
【試練】を受ける度胸など有りはしないのだろう?

顔にくっきりソレが出ている分、見下されている事は、直ぐに解ったが…
いちいち腹を立てても仕方が無い、コレも事前に聞いていた分、想定内だ

『解った…ソレでコチラの言い分が、遜色なく伝わるなら構わない…【試練】とやらを受けて立とうでは無いか…』

中途半端な言葉の行き違いで、真意が伝わらない事だってあるのだ
行為自体が血生臭く・殺伐としていても、コレは好都合なのだ、寧ろコチラにとっても

特に怯えも狼狽えもせずに、簡単に試練を承諾する私の態度が、
書記官の男は、意外だったのだろう、つまらなそうな顔をするのだが
直ぐさま、何かに感づいたのか?対峙する神官長と、赤翼の男をギロリと睨み付ける

『まぁ問題は無いでしょうな、事前に審判を知っていようが、いまいが、
真実には何一つ影響は、無いのですからな…』

祭壇の下の怪物を召還され、沸き上がる歓声と共に、淡々と儀式の準備が整う
そのただ中でジェイルだけが、顔を真っ青にして震えていた

「ちょっと待ってよ…【試練】って何だよ、心臓を捧げるってどういう事…」

生命力の弱さ故に、この中の誰よりも純粋な気持ちで、死の影に怯えていた子供だ
こうも簡単に、命のやりとりが成される事など、彼には到底理解出来ない事なのだろう

「止めて…ダミアン、こんな事…絶対に間違ってる…馬鹿げてるよ…」

神官の腕から逃げ出すと、私に飛びつき、しがみつく、
既にボロボロと泣き始めている彼の頭を、私はクシャリと撫でてやった

「大丈夫、直ぐに済むから…アイ殿、彼を宜しくお願いします」

頷いたアイは、私からジェイルを引きはがすと、しっかり抱きしめる
事の成り行きに、納得出来ないジェイルは、彼の両腕に爪をたて、酷く暴れたが、
子供と成体の力の差は歴然としているため、振り解く事は出来ない

「放せよっ、伯父貴っっ放してよっっ、嫌だっ、そんなの絶対に嫌だっっ」

泣き喚く彼の声を背に、私は神官長の前に立つ
金色の短刀が、松明に照らされて鈍く光り、一気に振り下ろされる
痛みは最初だけだ、その後は…当たり前の傷とは何か違う、酷く冷たくて寒い
吹き上がる血の向こう側に、体内から取り出された私の心臓が
血まみれの手に、ヤンワリと握られたソレが見える
引き摺り出されても尚、力強く脈打つソレを確認しながら、私の意識は暗がりの中に落ちて行った

※※※※※※※※※※※※※※

「ダミアン…ねぇ目を開けてよ…ダミアン…」

ぽたぽたと私の頬の上に落ちる温かいモノは、ああ…ジェイル君の涙か
気を失っていたのは、ソレ程長い時間では無かった様だ…
神官長が、倒れこんだ私の上半身を支えて、既に解放された子供は、しがみついていた
胸の傷跡は…まだ派手に、ばっくりと口を開いているのだが…
不思議とソレ以上の出血も、痛みも感じない、そう時間が止まっている様だ

取り乱したジェイルに、噛みつかれ、引っ掻かれたのだろう、
両腕を血まみれにした、彼の伯父が何かを見上げていた…その視線の先には
未だ結果が定まらずに、ユラユラと揺れる巨大な天秤と、その皿の上で脈打つ心臓
そして…天秤の【要】から映し出される映像が、祭壇の壁面に大きく映し出されていた

【君と友達になりたくてね…】

映し出されているのは、過去の記憶?どうやら砦で、彼にと初めて話した時の様だ
次々と浮かんでは消えるのは、とりとめの無い私とジェイルのやりとり
私が与えた手土産を、外の世界の知識を、本を嬉しげに読み漁り、音楽を楽しむ彼の姿のその後に

あの絶望的な夜が…心肺停止をしかけた彼を、部屋で見つけたシーンが再生される

暴走する私の治癒魔法に、部屋全体が振動する様子が、淡々と続き
何かが弾け飛ぶ音がすると、少し遅れて、ジェイルの身につけていた特殊装飾が砕け散る

そして…獣の輪郭が崩れ、擬態に変質した彼が、私の腕の中に収まっていた

「これって…」

目をパチパチとさせながら、映し出される映像を見ていたジェイルは、
再びギュッと私に抱きついてくる、そうだね君は、意識が無かったのだから、
私が多少の無茶をした事なんて、知らなかったんだったね…
すがりつく子供の、その後頭部を、撫でてやりながら…
こんな風に公衆の面前で、暴露されるのは、気まずいモノだと、人事の様に感じていた

その後は…多分、ここの魔神達にとっては、どうでも良い資料映像だっただろう
私の不可侵条約の抵触による議会の招集 困惑する王都サイドの重鎮達
私が議会で糾弾され、皇太子の地位を剥奪される場面と続き
砦に取って返した私が、ジェイルを連れて、アイ殿の船に乗り込むまでだ

映像はソコで途切れると、天秤の照射は止まる
再び大きく左右に揺れる天秤棒は、極僅かに右側に、マアトの真実の羽根が、乗った皿の方に傾くと、
そのままピタリと、動かなくなってしまった

「成る程…行いに罪は無きと、私といたしましては、つまらない結果ではありますが、真実には変わらない」

青鷺の男は、心底残念そうに顔を歪めながらも、再び翼を広げ飛び上がると、高らかに宣言する

『審判の結果は無罪、特使殿は、会談に参加される資格を今得た…
故にアメミットを再び封印せよ!この決議に、反論する者は有るか!』

食事のお預けを食らった怪物が、再び暴れだそうと藻掻くのだが
砂漠の王の冷ややかな視線が降りると、急に身体を震わせ、大人しくなる、
門の中から鎖を引かれると、引き摺られる様に扉の中に戻ってゆく

議席からも若干の不満の声は上がるのだが、
【審判】の結果は彼等にとっても神聖なモノなのだろうか?
最初にここに入場した時の様な、派手な野次は飛ばない

皿の上の羽根が、元の女性の姿に変化すると、メネプは、もう片方の皿に捧げられた心臓を捧げ持ち
そっとダミアンの胸の傷の上に重ねる、

すると…その傷口と体内から、心臓を迎えにるように
迫り出してくる体組織と神経が、ソレに絡まり
まるで吸い込まれる様に胸の奥に戻ってゆくと、ジワジワと消失する傷は、その穴を完全に塞いでしまう

その様子を間近で見てたジェイルは、ただパチクリとその光景を眺めている

単純に悪魔の再生力が強いダケではなく、儀礼用の刀で切り裂かれた事もあるのだろう

まるで最初から、傷すら無かったかの様に、綺麗に再生した皮膚を撫でなると
側に控える神官長の手を借り、スッと立ちあがると、頭上の古老にもう一度礼を取る

『悪魔側の真意は伝わりましたでしょうか、会談に応じて頂けますね?』

儀式前とはうって変わった、落ち着きを取り戻した言葉に、砂漠の王は目を細めるのだが

唐突に壇上に降り立ち、その間に割って入ってくるのは、金色の獣神だ
先程回廊で接触した、ジェイルの親神だ、彼は異議ありと高らかに吠える

『待たれよっ!【審判】は公平だ…しかし我は、納得出来かねます!』

理由は何であれ、意識の無かった我が子が、穢されたのは事実
正しき血が閉ざされた、その罪は事実・明白である
零れた水は二度と元には戻らぬ…実親として、その悪魔を許す事は出来ぬ

しかも…先程の光景が、真実だと言うのなら、
そやつは身分を剥奪された者、皇太子などでは無いではありませんか、
その様な者を特使として寄越すと等、悪魔が我等を愚弄している『証拠』ではありますまいか?

私めは、今回の条約の提携に反対でございます

即刻そやつの骸を頸を、悪魔に送り返し、正しき血の特使を再度派遣すべしと要求する
それこそが、しかるべき筋ではございませんか!!!!!

尚も吠え狂う彼を擁護する者達は、説明にあった保守的な一派なのだろうか?
攻撃に備えて身構えるダミアンと親神の間に、赤髪の男が割って入る

『愚弟よ、特使殿は【試練】を受けられたのだ、それを白紙に戻す事は叶わぬ
其方も主家末席に連なる者なれば、これ以上の無礼な態度は、我が一族の恥と知れ…
でなければ…お前の相手は私がしよう、我は【赤翼】なれど、
若輩の其方ごときにまだまだ遅れはとるつもりはない』

『その兄貴面が目障りだと言っている、そこを退け、この裏切り者がっっ!』

一瞬即発の緊迫した空気の中、睨み合う兄弟の間に、更に小さな影が走り込む
泣き腫らした金色の目を、ギラギラと光らせて

『いい加減にしろよっ!クソ親父!!!俺が【擬態】になれた事を、喜んでくれないのかよ!
俺が助からなかった方が、良かったのかよ!あのまま死んだ方が、良かったって言うのかよ!
ダミアンにこれ以上、酷い事するって言うのなら…俺も相手なってやる!』

ジャキリと伸びきった両手の爪と、膨れあがる髪は、完全に興奮状態だ
ほんの数時間前に死にかけた幼生が、親神にかなうわけも無いのに…

『お前はまだ幼い…あの悪魔に、外の者に騙されているだけなのだ』

今までジェイルが、親神に反抗した事など無かったのだろうか?
困惑する親神は、何とか我が子を宥めようとするのだが、ジェイルは聞かない

『うるさいっ!親父なんて、大嫌いだっっっ!』

ボロボロと泣きながら、フーフーと唸る彼が、いたたまれなくて
何故か私と父上の関係を彷彿とさせられ、私はその小さな肩を後ろから抱きしめる

『確かに…私は余計な手出しをしたのかもしれない、それが混乱を招いた事は認める
だが…この子が寿命を迎えるのは、あまりにも早すぎて、哀れである
そう思った事に、悪意や他意などは一切ない、ただ生き延びてほしかった
同じ場に居たのが、父上である貴方であったなら、
やはり同じ様に全力を尽くされたはずだ…違いますか?』

高慢で無礼な奴であっても、ジェイルの父親だ、あまり波風は立てたくは無いのだが
相手は鼻で笑うと、更に高圧的に反論してくる

『こわっぱが知った風な口を…悪魔に我々の何が解ると言うのだ?お前の様な【無冠の者】に用は無い、
息子の面子と【審判】を受けた度胸に免じて、命だけは助けてやつても構わぬ…
ちゃんとした正規の特使を立て、出直してくるが良かろう…』

『それは構わぬが…其方達にとって、有益なカードを捨てる事になるな…
私が廃嫡になり、別の者が皇太子になった所で、其方達に友好的かどうかは解らぬ
少なくとも私は、其方達と戦う気は失せてしまった、この子と時間を共にして
私が皇太子に戻り、大魔王となったその暁には、砂漠の平穏は、保証されるであろう
其方等にとっても有益な条件を、捨てると言うなら捨てるがいい』

何処までも分からず屋の親父に、少しきつめに、そう啖呵を切ってやれば、頭上から豪快な笑い声が振ってくる

『ネメスの末席に連なる者よ、この論議は其方の負けよの…
元より【審判】を受けし者の要求を、白紙に戻す事は、我の名の下に許されぬ、双方拳を引くが良かろう、
お待たせいたしましたな…特使殿、それでは調停の内容を拝見致しましょうぞ…』

別室にて、他の魔神族の代表も待たせております故…

そう言うと砂漠の王は、親神の進言を棄却し、上部祭壇の扉の内側に特使を招き入れる
彼の退席と共に、祭殿に響き渡るのは、怒号や歓声ではなく【あの言葉】

満座の席で恥をかかされ、進言を棄却されても、親神も当事者の一名だ
基本的な両種族の間の条約はともかく、今後の我が子の身の振り方については
彼も共に考え、意見する権利と義務がある為、苦々しい面持ちのまま、私達の後に続いて中に入ってくるのだが

肝心のジェイルはと言えば、完全にへそを曲げているようだ、
私にしがみついたまま、一切そちらを見ようとはしない

流石に親子関係の修復にまでは、口出しは出来ないが…
魔神も悪魔とさほど変わらない様だ、根本的な物の考え方は
ならば…ここから先の話は、きっとスムーズに進むだろう
その為に胸の肉まで切り裂いてやったのだから…

後になって考えてみれば、これが初めての【外交】だったのだ、皇太子としての…
そして、それから長く続く事になる、スフィンクス族との【非公式な関係】の始まりだ

今思えば…追い詰められていたとは言え、後先を考えないやり方ではあったが…
私が為政者として成長する上では、確かに良い経験になったのは事実だ

結果的には、砂漠の王と恩師セネカに、良い様に填められた感触は、あったとしてもだ…



続く


駄目だ〜生意気ざかりなくせに、病弱ッ子のちびジェイルが可愛いすぎて
前置きが…ずんずん長くなってやがる(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)(T_T)

しかもスフィンクス家(汗)ドロドロしすぎ(汗)
エロサイトなのに〜壮大にしすぎて嬉しいのは、多分私だけだけど(T_T)
たまにはいいじゃないか〜笑って〜許して〜(←古すぎる…)

ちなみに、スフィンクス家のイメージは、「猫絵十兵衛」の猫又の世界観かな?
猫神=砂漠の王 猫又=並スフィンクス 猫=赤翼 仔猫=擬態&獣体の幼生
って感じなんですが…マニアックすぎて良く分かんないよ〜って方は

「もののけ姫」の猪神さん達でも?OKかな??? =猪表記は、少し抵抗あるけど
オッコトヌシ=砂漠の王 猪神=並スフィンクス 猪=赤翼 うりぼう=幼生(苦笑)
そういや…無自覚にオッコトヌシとモロは、入っちゃってるかも?砂漠の王に?
あくまでもシシ神や、デイタラボッチでは無い所がミソ?

トートとマアトは、エジプト神話のソレが、殆どそのままです
マアトのデザインは、空の女神のヌト寄りではありますが
日本における閻魔大王(親分?)の様なもの
共に冥府の入口で死者を裁く神様、『死者の書』等では有名なですね
本来は「真実の羽根」より軽い魂は、楽園に導かれ、重い魂は、化け物に喰われて転生すら叶わない
そういうお白州的なモノなのですが、ちょっと違う感じで出してみました

+ちょつぴり困ったちゃんな?ガンダムで言う所のアムロ?な親神さんですが
何故過剰反応したのかは、次回/次々回あたりで解ってくると思います(^_^;)

ちなみに【ネメス】とは、親神の名ではなく、雄のスフィンクスの総称のようなモノ
英語で言う所のMrみたいなモノかな?

本来はソコソコの身分の男子が、頭に被る頭巾の名前だったりします

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