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【見習い拷問官と教官】
『廃城の砂猫』 4 太陽の船 暗黒設定?ダミ様・中二病?の独白?

「アメミットよ、出ませい!!!」

祭壇の下の巨大の扉が開けば、中から躍り出るのは、
幾重にも鎖と枷を巻かれ、繋がれた巨大な怪物
獅子の身体にワニの頭を持つその怪物は、心臓喰い・魂喰いの神聖獣だ
これより壇上で行われる【審判】にて、裁かれる者の心臓が
【真実の羽根】よりも重ければ…その証言に一片の偽証や、邪心があるならば…
その心臓は、即座に怪物に投げ与えられてしまう
久しぶりの生きの良さそうな心臓を、食事を期待して、
怪物の口からは、ヨダレがボタボタと滴る

「まったく…私の心臓一つに、随分大掛かりな怪物を出したモノだ」

小山の様に巨大な怪物にとって、この小さな肉体の心臓など、腹の足しにもなりはしないのでは?
飼育係と思しき神官達を、鎖ごと振り回す醜悪な姿を、冷ややかに眺めながら、ダミアンはそう思っていた

まるでコロッセオのごとく、ぐるりと祭壇を取り囲む、雛壇状の議席には
スフィンクスの親神達と、他の魔神達の代表者か?幾分姿の違う半獣神が数体
折り重なる様に鎮座し、口々に咆哮を上げ、怒号と嘲笑が辺りを満たす

「罪有り!」「裁きを!」「真実を!」「断罪を!」 

魔界も異界も人間界も関係ない、何処でもこのような血生臭い場所は、盛り上がるモノだな…
そう笑いながら、悪魔の皇子は立ち上がり、自ら正装の胸元を寛げる

「さて…心臓は自分で取り出した方がいいかね?」

その問いかけに、彼の目の前で短刀を構える神官長は、ゆっくりと左右に首を振る

「それには及びません…御自身でされてはダメージが大きすぎます、私めにお任せくださいませ」

黒の神官長は、あくまでも冷静にそう答えたため、
ダミアンは全てを彼に任せる事にしたようだ

「何でっっ!何でダミアンが裁かれるのっっ!俺の命の恩人だよっどうしてっっ」

その脇で暴れるジェイルを、彼の伯父が後ろから抱き止め、羽交い絞める

「大丈夫だ…これは必要な儀式だ…お前はここで【裁き】を、成り行きを身守るのだ…」
「だからっ【裁き】って何だよっっ!そんなの嫌だ!早く逃げてダミアン!」

大きな金色の瞳から、ボロボロと涙が溢れ泣き喚く
幼い君には…この儀式の重要性は、理解出来ないだろう?いや理解する必要もない
だが、君は何も心配しなくていい…これくらいで悪魔は、死なないから

言葉で説明するよりも…【審判】とやらで真意が伝わるのであれば、ソレも悪く無い
上辺だけの美辞麗句より、ずっと雄弁に【真実】が語れるのであればソレで構わない

「御覚悟はよろしいでしょうか?ダミアン殿下?」
「ああ…いつでも構わない、派手に切り裂いて、観客共を楽しませてやればいいさ」

少しも臆する事もなく、ニタリと笑うダミアンに、神官も意を決した様だ
その襟首をグッと引き掴むと、黄金の短刀で、一気にその胸の肉と骨を切り裂く

真っ白な胸元から、噴き上がる鮮血と共に、スローモーションのようにダミアンが倒れる
そして…神官のその左手には…まだビクビクと鼓動する、血まみれの心臓が握られている

沸き上がる歓声の中、ソレを見ている事しか出来なかった少年の、叫び声が神殿に響き渡る

「嘘だ…嫌だっ…こんなの嫌だっ」

※※※※※※※※※※※※※※

悪魔側の特使としての、正装に着替えを済ませ
必要な書状を事務官に用意されるのを、自室で待ちながらも
ダミアンの心境は、穏やかなモノでは無かった

皇太子としてではなく、特使として【地下宮殿】に赴くことに
全くの抵抗が無かったワケではない…

確かに私はその血統故に、他の悪魔に追従を許さない、強い魔力を持っている
会談が拗れ、例え数体のスフィンクスの親神を相手に、戦闘状態になったとしても
そう簡単に遅れを取る様な事は無い…生命その物を脅かされる心配も無いだろう

ただ…皇太子である、その『当たり前の環境』を突然取り上げられた事に、
言いしれぬ不安を感じてはいたのだ…ソレは彼にとって、空気の様に当たり前のモノだったから
時には…自らかなぐり捨ててしまいたいモノですらあったのに
いざ取り上げられてみると…こんなにも心細いのは何故だろう?

皇太子という地位にあるからこそ、相手の方が傅き、争いに発展はしなかった
私の自身の強さだけではなく、その背後に父上が、大魔王が居るからこそ
特権は保証され、ワガママも通用する…そんな当たり前の事を、今更ながら自覚する

名ばかりの公務に参加するだけで、対立勢力に対する初陣すら未経験の私は…
魔界の為政者とは、まだ言えない、まだまだ【お飾り】の立場でしか無いのかもしれない
そのお飾りの価値すら奪われたのであれば………

今回ばかりは、頼れるのは自らの力のみか?本当の意味で?
そんな私が特使に、新たな魔神との条約提携者に、なりうる資格があるのだろうか?
この騒ぎの元凶を作ってしまった、この私自身に

議会では…他の閣僚達に、特に父上とセネカには、その動揺すら見せたくなかった
少々格好をつけて、皇位継承者の証しである宝剣を、円卓に置いてはきたものの
どうしようも無く不安だった…だがソレを誰にも相談は出来ない

「失礼いたします…」

ノックと共にカチャリとドアが開き、このプライベートエリアの女中頭が、足早に部屋に入ってきた、

頼んでいた、書状を持ってきたのか?
いや違う?部屋に広がるのは、蜂蜜がたっぷり入った薬湯の甘酸っぱい香だ

「セネカ様が…お出かけになる前に、コチラをお飲みくださいと…」

懐かしい香りだ、小さい頃は、よく熱を出していた私の為に、セネカはよくこの薬湯を煎じてくれたモノだ
「これしきの熱ぐらいで、そう度々、授業をサボられてはかないません」と、ガミガミとぼやきながら…

どういうワケか?王宮のメディカルスタッフが、作るソレよりも、効き目があるのだが、
その分味は…苦みが極端に強く、幼い子供が飲めたモノではない
嫌がり、むせかえる私の様子を見かねて、大量に蜂蜜が投入される様になった

私が仕官学校に入学し、家庭教師が必要ではなくなった後は、
苦手なコレの世話になる事は、無かったのだが…

やはりセネカには、隠しきれなかった様だな…未だに止まらない、目眩と倦怠感を

緊急事態で、後先は全く考えていなかったとは言え
治癒魔法を、危険レベルにまで暴走させたのだから、当然の結果だ
帰還命令でゲートを潜り、王都に戻った瞬間に、脚がもつれて無様に倒れた

たまたま出迎えてくれた、この女中頭が、咄嗟の判断で化粧を施してくれた
悪すぎる顔色を隠す為に…少々の休憩では、額に浮かぶ汗も膝の痙攣も全ては隠しきれない

勿論、ジェイルにソレを与えた事に、少しの後悔も無いが…私自身へのダメージも深刻だ
本来ならすぐにでも、充分な休養を取るべきなのだが…
事態が緊迫している今、当事者の私が、呑気に寝こけるワケにはいかないのだ

「せめて薬湯くらいは、飲んで行きなさい」 と言う、あの師らしい気配りなのだろう

この女中頭にしてもそうだ、物心ついた頃から、乳母の様に私に良く仕えてくれる古株だ
全ての者が必ずしも、父上の顔色を伺い優先するワケではない、
私の味方になってくれる者も居る、今更ながら…自分の恵まれた環境に感謝する

「ありがとう…セネカにも、そう伝えておいてくれ」

相変わらず、為体の知れない色で、に分量が多すぎるソレを受け取り、一気に飲み干すと
必要書類が揃ったのだろう、事務官が、少し遅れて部屋に入ってきた

※※※※※※※※※※※※※※

「初めての【擬態】なんだろう?坊や?魔神は、どうなのか解らないけど…
悪魔なら、体力を沢山浪費するからね、そろそろ?元に獣体に戻った方がいいよ」

「うん…もう少しだけ、もうちょっとだけ、このままで居たい」

渡された鏡をのぞき込みながら、交互に自分の姿と、悪魔の姿を見比べる魔神の子供は
コチラの予想に反して、全く物怖じもせず無邪気なモノだ、
患者を怯えさせない様に、比較的?柔和な姿を、固定している医療スタッフとは言え、
悪魔に取り囲まれていると言うのに、何とも思わないのだろうか?
彼に声を掛けた、若いスタッフは思わず、困った様な笑みを零す
かつては…敵対していた種族の子供だと言うのに、妙に可愛らしいのだ

特に若い世代は、直接的に魔神と戦った経験は無い、だからピンと来ないのだ
悪魔なら誰もが、寝物語に聴き、教育機関で、教えられてはいるのだが…
目の前の少年は、その【恐ろしい魔神】の印象とは、あまりにもかけ離れていた

悪魔とさほど変わらない【擬態】の効果もあるのだろうか?
常に戦闘状態の、天界をはじめとする【光の生物】に対する様な、強烈な憎しみは
全く湧いては来ない、逆に親近感すら持ってしまいそうだ

よほどダミアン様に懐いているのか?信頼しているのか?我々に触られる事は愚か、
調査を兼ねた、治療行為を受ける事にすら、全く警戒心を持たない
事態は、両種族は緊迫状態だと言うのに、当事者は至って呑気なモノであるのだが…
何となく…【不可侵条約】を無視して、この子を助けてしまった、殿下のお気持ちも解らなくはない

王都での議会は、一体どの様な評決が下ったのだろうか?

出来うれば…この子を交渉のカードの人質にとったり、開戦の生け贄にするような
惨い決議が、降りなければいいのだが…そこに居る誰もが、そう考え始めた頃

シュンと鈍い音がして、城内のゲートが開いた気配を感じる
ツカツカと近づいてくる足音に、スタッフ全員が臣下の礼をとる

「お帰りなさいませ、皇太子殿下…」
「ご苦労…議会の結果から報告しよう、特使として私自身が、地下宮殿に赴く事になった
もうすぐ先方の迎えの者が、コチラに到着するそうだ、お前達は一切の手出しをしない様に
勿論、預けた患者にも同行してもらう、彼の容態は安定しているか?」

王宮付きとは言え、末端の医療スタッフに、意見出来る内容ではないが
皇位継承者が自ら、魔神の居城に訪れると言うのか?単身で?誰もが耳を疑ったが…
ダミアンの正装と、大魔王家の封蝋が施された、仰々しい丸筒の文書入れを見れば
それが彼の暴走行為ではなく、正式な勅旨である事はすぐに解る

「はっ…患者の方は、至って元気なのですが…」

口籠もる責任者の横を、簡易診察台から解放された子供が、駆け抜ける

「おかえり、ダミアン」

ぴょんと飛びついてくる、その身体は、前と変わらずに軽くて、手触りは柔らかい
姿はすっかり変わってしまったが、違和感は全く無いのだが…
私が考えていたよりも、ずっと幼かった事だけが意外だった
獣体の為、見た目だけでは、解りにくかった事もあるが…
生意気ではあっても、年の割には、大人びすぎた、落ち着いた口のきき方や考え方は
常に死の影に怯えていたためなのか?

「遅くなって悪かったね、ジェイル、身体の調子はどうだい?」
「ん〜二本足は初めてだから、ちょっと蹌踉けるけど、もう馴れたよっ」

せめて寿命が尽きる前に、一度くらい【擬態】には、なってみたい…

ソレが、彼の口癖だった分、相当に嬉しいのだろう、はしゃぐ気持も解るが
偶発的で急激な進化に、その器や体力の方が持ちこたえられるかは、また別問題だ
何日か様子を見ないと、本当の意味では、まだ安心は出来ないだろう
例えコチラで集めたデーターでは、比較的安定している様に見えてもだ

その確認の為にも、一刻も早くジェイルの親神と、一族に接触する必要がある

「ジェイル…実はね、ちょっと前に、君の一族に連絡を入れたんだよ、
君が【擬態】になってしまった以上、この関係を、隠しておけなくなったからね」
「えっ…マヂで、うわ〜ヤバイな、族長にまた怒られちゃうな…」

ぺろりと舌を出して、一応は狼狽えてはいるが、悪戯が見つかってしまった…
そんな程度の認識なのだろうな、この子にとっては

「うん…でもね、今回の件は私にも責任があるから、私も一緒に謝りに行くよ
もうすぐ迎えが来てくれるから、この中の、好きな服を着てもらえるかな?」

医療用の簡易着衣のみを、羽織っているジェイルに
国境の街、バステトの駐在員に用意させた、この土地の衣装をいくつか渡す
悪魔の衣装は、着せない方が良いだろう…彼等はプライドの高い生き物だ
そんな些細な事ですら、相手を刺激しかねないから

「着方は…流石に解るよね?」
「当たり前だろ?馬鹿にするなよなっっ」

そう言うと衣装の幾つかをつかみ取り、隣の部屋に消えてゆく
強がっては居ても、まだ使い慣れない両手で、ボタンや帯が止められるのか?
成り行きを見ていたスタッフに、目配せをすれば、黙って彼を追いかける

「ところで、あの子が身につけていた、特殊装飾品はどうした?」
「コチラに、一応全てのパーツは、揃っているとは思われますが…」

ガラスケースの中で、鈍い光沢を放っているのは
ジェイルの胸元や足を飾っていた、防具を兼ねた装飾品の数々
流し込まれた私の治癒魔法への反発か?それはバラバラに砕け散っていた

コレも残らず返却しない事には、恐らくは要らない火種になるに違いない

「データーはしっかり取ったのか?」
「ええ勿論…」

データーさえあれば、現物は無くとも、情報は拾えるはずだ
特に今後も、ジェイルの生命線とも成りうる物の情報は、残らず欲しかった

もし…今回の一件で、彼が一族を追われる様な事になれば、庇護者は私だけになるのだから

ここまで来ると、意外にも?冷静に事を進めている自分に気がつく
王宮で自分の立場を不安に思っていたのが、まるで嘘だったかの様に

家臣達の前で、狼狽える弱い自分を見せたくは無い…そんな意地も勿論あるが
多分ジェイルが居るから、ここまで問題が、大きくなってしまえば…
両種族のどちらからも、彼を護ってやれるのは、私しか居ないから

今迄、率先して誰かを護りたいなんて、感情は持った事が無かったが…
例え空意地であっても…ソレは己を強くする物である事を、今回は知った様な気がする

私の今後の為よりも、ジェイルの為に、この会談を失敗するワケにはいかないからだ

※※※※※※※※※※※※※※

「族長の、伯父貴の嵐が近づいてくる…うわぁ、怒っているんだろうな」

見晴らしの利く砦のバルコニーの上で、砂漠の民族服をはためかせながら
ジェイルは空を見上げて、はみ出した耳をパタパタと振る

嵐?空は直射日光が痛い程に、快晴の様に見えるのだが
すると…にわかに地平線から湧き出すのは、黒い雲と雷鳴、
強い風と共に大粒の雨が、乾燥した砂地をバラバラと叩きつける
その暴風雨に押される様に、砂地の上を突き進む巨大な帆船が、
ゆらりゆらりと、コチラに向かってくるのが見える

見た目よりもずっと早い速度で、砦の横に横付けされたソレは、ズウンと重い音をたて停止する

船と呼ぶには、あまりにも大きすぎるソレに、悪魔達は目を見張る
その大きさは、この砦の半分程はあるだろうか?
やや古風なデザインではあるが、水上の戦艦と同じく、その切っ先は鋭く尖り
豪華で、かつ重厚に、機能的に作られたソレは、その気になれば…
この朽ちかけた砦など、簡単に駆逐・破壊出来そうな代物だったからだ

「特使殿を出迎えに参った、開門を願いたい」

地鳴りの様に響き渡るその声は、スフィンクスの言葉ではなく、悪魔のソレだったのが意外だった

『出向かえを感謝する、御子息をお連れして下に降りる、開門を待たれよ』

形式上は彼等の言葉で返答すると、ビクついているジェイルに手を差し伸べる

「大丈夫だから、一緒に謝りに行こう…私も君とこれっきりだなんて、御免だからね」

ジェイルを連れて砦の城門を潜ると、
黒衣の上に軽装の甲冑を纏った、壮年の男が一名、船を背に佇んでいる

彼も擬態?いや【赤翼】の方か?、威嚇の為だろう…広げられた翼は、燃える様な深紅だ
長く伸ばし、細かく編み込まれた髪も、翼と同じくらいに真っ赤で、
その下の白面に浮かぶ紋は、ジェイルのソレによく似ていた

場違いな事かもしれないが、相手の姿を一目見て、私は密かに安堵する
ジェイルの擬態があまりにも、悪魔よりな姿だった為、
私の気を受けた事による後遺症か?と、密かに危惧してはいたのだが
彼の一族の者とさほど変わらない事が解れば…その可能性は低そうだ

『出迎えを感謝する、私は大魔王陛下より、特使の役目を仰せつかった、ダミアンである
貴殿の名は…おっと、スフィンクスは、【真名】を名乗れないのでしたな…
他族に名乗る氏名があるのならば、お聞かせ願いたいのだが…』

武官らしい大柄な体格とリーチで、私達を見下ろし、睨み付けていた男は
突然その髪を振り乱し、豪快に笑うと、その手をコチラに差し伸べて、うやうやしく礼をとる

「我々の言葉を、無理に使う必要はございませんよ、ダミアン殿下
我等も悪魔の言語で、交易する文化は、持ち合わせております故…
貴方自身が特使とは、意外でしたが…噂に聞いた通りに、風変わりなお方の様だ
私はアイ…御存知の通り、一族以外に【真名】は名乗れませんが、交易用の名はアイと申す者、
ソコに居ります坊主が所属する、キャラバンの族長を務める者にございます」

その子の親神と、我らの大王が待っております、【地下宮殿】にご案内致しますよ…
男の【その言葉】を待っていたかの様に、船の脇腹に神殿風の入口が出現する

その奥に続く回廊に、連なる松明の群れは、物理法則を無視して、何処までも続き、薄気味が悪い
複雑な迷宮の魔術が施されているのは、外から見ても解る

「次期大魔王陛下と言えど、地下神殿の正確な場所をお知らせするワケにはまいりません
御不自由をおかけしますが、コレにお乗り下さい…」

砦から成り行きを見守る、家臣達の手前上、この程度の事で怯むワケにもいかない
私を盾にするように、背後に隠れるジェイルを、グッと引き寄せると
回廊の迷宮の中に踏み出す、その後に赤翼の男が続くと、一瞬にして入口は掻き消える

遅れて… 一度は収まった暴風雨が、再び船と辺り一帯を叩きつけると
巨大な船は再びゆっくりと砂の上を進みはじめる
時間にしては、そう長い時間では無かったはずなのだが、
その場に居合わせた悪魔達に、強烈な威嚇と威圧感だけを残し
帆船は黒い雲と一緒に、地平線の彼方に消えていった

※※※※※※※※※※※※※※

乗船するとすぐに、通路に進み出てきたのは、
全身真っ黒な、半人半獣・ジャッカルの頭を持つ男だ
純白と黄色のシェンティに、赤と青の絹帯を締め、
金細工のみの首飾りと手甲が、その黒い毛皮に映えている

そして、その頭頂部から背中にかけて、一直線にタテガミの様に走る銀髪が印象的だ

「お初にお目にかかります、ダミアン殿下…
私はスフィンクス神殿にお仕えする神官長メネプと申すします
主家の墓守・医師も兼ねる者でございます 念のため主家の御子息の診断を賜りたく…」

スフィンクス側の医師だと言うのか?こんなに早く対面出来るとは思っていなかった

叔父の叱責が恐ろしいのか、未だに私の腰にしがみついたままのジェイルに、私は優しく話しかける

「念のため、この医者にも、看てもらった方が良いよ」
「え〜さっき散々看てもらったじゃないか」

確かにウチのメディカスタッフには、診察させたが…悪魔側に魔神のデータなど殆どないため不完全だ
頬を膨らます少年に、さらに畳み掛ける様に、彼の叔父が静かに口を開く

「いや…悪魔側の見立てでは、不安もあるだろう?神殿への報告の為にもメネプにも看てもらうのだ」
「伯父貴…怒ってる?やっぱり?」

ビクビクと震える彼に、赤い髪の男は、苦笑いをしながらも近づくと、その頭をクシャクシャと撫であげる

「ああ怒っているとも、だが説教より先に、今はお前の身体の方が心配だ…
お前は…擬態は取れないモノと思っていたからな、今どれだけの負荷が身体にかかっているか?
前例が無い分、想像もつかないからな…メネプにもしっかり看てもらうのだ」

そういって男が目配せをすれば、メネプと呼ばれた医師は、
恭しくジェイルの前にひれ伏し、同じ目線にしゃがみこむ
ジェイルが戸惑いながらも、手をさしのばせば、その大きな手が小さな身体を抱き上げる

「コチラはお任せください、アイ様と殿下は、別室でお待ちくださいませ…」

案内された船室は、エキゾチックな壁画に飾られた、豪華な客間で
その場に見合うだけの、接待と歓迎は受けたのだが…
秘密保持の為とは言え、窓が一つも無いその空間は、何とも落ち着かないモノだ
船が進む振動は、ギシギシと感じるのだが、今居る場所が何処なのか?
砦からどれくらい離れたのか?時間はどれほどたったのか?昼か?夜か?も解らない…

召使いとして、この船に乗船している乗組員達は、どうやら魔神では無い様なのだが
悪魔や魔物のソレとも微妙に異なる為、やはり為体がしれなくて落ち着かない

「我々の酒では、お口に合いませんかな?」

アイの問いかけに慌てた私は、慌ててその手にした杯を空にする

「いや…その様な事はない、ただ少し体調が優れない故に、会見の前は控えたいだけで…」

酒の勢いと不安感から、思わずポロリと出てしまった本音に、慌てて口をつぐむのだが
空の杯を満たそうとしていた相手は、突然、真摯な表情を浮かべると、
その酒瓶を脇に置き、深々と私に頭を下げた

「これはコチラの配慮が足りなかった…申し訳ない
聞いております…甥の為に、無理な施術を行って頂いたそうですね…
養育者の一名として、貴方には感謝しておりますよ」

その行為を責められるモノと思っていた相手からの、突然の謝罪と感謝に、私は少々面食らってしまった

「アイ殿は…私の条約違反を責めぬのか?」

「確かに…甥の親神は、怒り狂っておりますよ…一部の保守的な者達も
正しき血が悪魔に汚され、親神に進化する可能性を絶たれた…等と息巻いておりますが
冷静に考えてみてください、虚弱なあの子の命数は、昨晩で終わっていたはずですよ
貴方に助けて頂かなければ、それを条約違反と考える、我一族の方がおかしいのですよ」

甥から既に漏れている事とは思いますが…
スフィンクスの【主家】の条件は、【瑠璃の翼】を持つ進化した親神です
私は【赤翼】の為、一族での発言権は希薄だ、貴方を強く弁護する事が出来ない
しかし…少なくとも【赤翼】の全ては、貴方の悪魔側の味方となりましょう
及ばずながら、出来る範囲の援護はさせていただくつもりでございます

おそらく…神殿のモノ達は、無礼極まりない口を聴くでしょうが、どうか…ご短気を起こされぬ様に、

そして…これも調停の度に行われる、慣例的な【儀式】でもありますが
会談の前に、不当な【審判】すら、強要される事になるでしょう…

しかしコチラは、ご心配召されますな、貴方が裁かれる事は無いでしょう
むしろ悪魔側がこの調停に、邪心や陰謀術策が無い事を
身の潔白を示す儀式と思って頂ければ有難い…
例え【審判】の結果が、貴方に不利な条件になれば、その時は…
この私が命に変えましてでも、貴方様の【心臓】は死守いたします故に…

そう言って、その【審判】の内容すら、詳しく説明しはじめる男に、ダミアンはただ苦笑する
どうしてそこまで、この男は、悪魔の自分に肩入れをするのか、皆目解らないからだ

「そこまで、詳しく私に教えてしまっては、アイ殿の裏切り行為になりはしないのか?」
「裏切り?いえいえとんでも無い、これは甥を助けていただいた、当然の謝礼ですよ
それに主家も赤翼も、今悪魔と事を構えるつもりはございませんよ…表面上は好戦的に見えても
出来うる限り、波風の立たない再調停を望む…それが両種族の本願でございましょう?」

悪魔サイドからではなく、魔神の口からも、直接ソレを告げられ、
ダミアンは、一気に身体の緊張が抜けてゆくのを感じた
良かった…誰も戦闘など望んではいないのだ、ならばこの会談は、おそらくは上手くゆく

そうしている間に、あの犬頭の医師が、ジェイルを抱き上げ部屋に入ってくる
ソッと床に下ろされた少年は、パタパタと二名に駆け寄ってくる

「よく解らないけど、とりあえず今の姿は、保てるみたいだよ」

ゴロゴロと喉を鳴らしながら、飛びつてきたジェイルを、ダミアンは抱きとめる
その様子を見ていたアイは、末席に控える医師を振り返る

「して…結果はどうであった?」

「御安心を…悪魔の、いや失礼いたしましたダミアン様の、気を受けた事による属性変化は確認できません
このまま【赤翼】になるのが確定かと言えば、それも分かり兼ねるかと…明確な【赤の印】も出てはおりません
状態は比較的安定されている御様子ですが、時間を置いて、体力の消耗状態を観察しない事には何とも
ただ…今後他のスフィンクスの気を、上手く取り入れられ無い体質になられた可能性も考えられます
こればかりは…経過を見ない事には、今現在の情報だけでは判断つきかねます」

何ともおぼつかない答えだが、スフィンクス側としても、この様なケースは初めてなのだろう?
それくらい、悪魔と魔神は、互いに干渉しないように生きてきたのだから…

それにしても、【赤の印】とは何なのか?互に気を生命力を分け合う事が可能なら
何故子供のジェイルが死にかけるまで、ソレが、同族間で成されなかったのか?
今はソレを問い詰められる雰囲気では無い、すぐ脇に当事者も居る分に尚更

「お前でも分からぬとあれば、仕方があるまい…後は大王に御判断願うしかなかろう…」

深い溜息をつく、アイの表情は仄暗い

「アイ殿………」 

とにかく、ジェイルは、このままの状態で良いのか?それだけでも知りたい
いたって呑気な当人とは異なり、不安気なダミアンの視線に、アイは応える

「身内の事ながら、結果は貴方も知る権利がございましょう、後程纏めたモノをお渡しいたしますよ」

男の心遣いには感謝するが、まだ不安は拭えない

「ダミアン殿下も…今は調印の事だけをお考えください、もう間もなく目的地につきます故」

ドウン…鈍い衝撃音が、船底からせり上がってくると、船全体の家鳴りと軋みが急に収まる

「どうやら到着したようですな…くれぐれも先程お話した事を、お忘れ無き様に」

先に立ち上がった、男と医者に促され、ダミアンも席を立ち上がる
聞きたい事は、山程あるのだが…今は目の前の会談を成功させる事だけに集中するべきだ
親書を封印した円筒を、ただ強く握り締める…

「助言と忠告を感謝いたします、では参りましょうか…」

この先は、スフィンクスの地下宮殿、今はまだ敵地だ…何が起こっても役目を果たさなければ
悪魔側の特使として、見苦しく・無様な様は絶対に見せられない



続く

エロ本サイトなのに、話が壮大になりすぎてる?
あんまり読者様が居なかったであろう?『ソレが二つある理由』みたいに?
でも…ただのエロばっかりよりも、時には中身のあるモノも書きたいので
もう少しだけ、管理人のワガママに付き合っていただけると…嬉しいです
行き詰まりから、約一年程、寝かせてしまったネタでも、ありますので(^_^;)

今回のネタは…終了した後に、エジプト神話を読んでいただけると、二度美味しいかもしれません(^_^;)
カンの良い方なら既にどこの部分かは、お気づきだとは思いますが

◆ちびジェイルの伯父さん 仮名?アリ様?

何がモデルになっているかは、物語の最後で出てきます【真名】と同時に
親神にはなれませんでしたが、【赤翼】としては、かなりの魔力をお持ちです
自ら呼び起こした嵐の力で、巨大は帆船を操るくらいですから
外見はジェイル君にそっくりで、色気むんむんの魔中年で、背は高いらしい
赤翼とおそろいの、赤髪がチャームポイント、今回の物語の鍵でもあります

◆神官長・メネプ

モデルは勿論、アヌビス神です、ただしその長にまで上り詰めた彼には
他の神官達とは違い、銀髪のモヒカンと言うか、タテガミがついています
見た目はスフィンクス族と同じ、エジプト風ですが、彼は魔神ではありません

その詳細も物語の進行と共にでてきます…ただしかなり暗いかもしれません


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