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【RX+師弟悪魔】
『メトシェラとアルピリア』8 (完結) R-18?それぞれの妥協点?暗黒表現あり注意

「またそんな、はしたない格好をして…」

思わず漏れる僕の声に、出窓に腰掛けたアルピリアがニヤリと笑う
少女?いや…見てくれの肉体は確かに、アルなのだが
その嫌な目つきは、何時もの彼女ではない…拗くれたカタチに変形している片角も
強がっていても、恥ずかしがり屋で慎み深く、直ぐにケープを羽織ってしまう彼女なら、
絶対にしないであろう、膝を割り、立て膝をつくその格好も

「うっせーな、俺が主格の時間くらい、俺の好きにさせろよ」

取り急ぎ渡した、輸血用の血液パックの中身を
まるで携帯用のスポーツドリンクの様に飲み下しながら
コチラを見る表情も、声も、何時もの彼女とはかけ離れている

完全に魔格が交代している、今のコレは、男鬼のザムザの方だ

周期的にやってくるソレは仕方がない、身体の一部になっていても
鬼の【発情期】は必ずやってくる、【人喰い】を好む連中特有の飢えと渇きも

当初は薬物で抑えこむ事も検討したのだが…鬼族用のソレはアルの部分に不可が掛かる
それに…ザムザの遺伝情報を詳しく追跡調査している内に、
強引な薬物抑制が、必ずしも得策では無いと、判断出来てしまったからだ

だから僕は、妥協点を提案した、メンテナンス治療中に両方に呼びかけて
定期的な発情期が、渇きが始まったら…その間だけ身体の主導権をザムザに譲る事
そして、きっと彼女は嫌だろうけど、その身体での【人喰い】を容認する事

ザムザの方は、勿論二つ返事でOKしたが、問題はアルピリアの方だ
いくら魔族化しているとは言え、元は人間の娘だ、
普通なら…同胞を貪り喰うなど、容認できようはずもない…

しかし、その身体を長持ちさせる為に、どうしても必要な行為だから
我慢出来ないのなら、その間、君の意識をシャットアウトも出来る
出来るだけ優しく、そう付け加えたのだが、返ってきた返事は意外なモノだった

「それが…姫様の側に、一日でも長く居られる為に必要な行為なら、甘んじてソレをお請けします
マスター、その程度の覚悟など、とおに出来ていますよ…この男と行動を共にした時から」

私の意識を落とす必要も御座いません、ザムザの行動パターンなら熟知しておりますし
おそらく彼の暴走行為を言葉で止められるのは、私だけでございましょう?
なら…その役目を果たす義務があるかと、この男が私の身体を支えているのは解っています
ある程度の彼の自由まで、妨げる気などありませんよ…

「お前がそんなにも【話の解る女】だとは思わなかったぜ………」

その言葉に多少は驚いては居るものの、彼女の中の鬼が、無神経にゲラゲラと笑う
そうだ…コイツは最初から眉一つ動かさなかった、目の前で俺が人を喰らっても…
単純なザムザは、つかの間とは言え、周期的に回ってくる自由と
自分の欲望を満たす事の出来る権利の発生に、ただ喜んでいる様子だが

僕の反応は冷ややかだ、それが本心では無いのは明白だからだ
期間は長くなくとも、鬼と生活を共にした彼女は、解っているのだろう
鬼の発情期が衝動が、どれほど厄介で危険なモノか、間近で見ていたに違い無い
その欲望が、万が一でもメトシェラに向く可能性があるならば…怖いのだ
ソレが彼女に向かない様に、他にぶつける、その方がマシだ、ただそれだけなのだろう

「本当にいいのかい?無理はしなくていいのだよ」

ガラにもなく、彼女にもう一度尋ねてしまうが、娘は短く「大丈夫」と答えた
いざとなれば…アルピリアの方が、無理矢理にでも主導権を取り戻せる様に
中枢神経に多少の小細工はしてあるけれど…何故そこまでするんだい君は?

そんなにも…メトシェラが大事かい?愚直なまでに…そこまで自分を殺してしまう程に
ここまで来ると素直さじゃなくて、妄執みたいなモノなのかな?

メトシェラが、彼女を慕いながらも恐れる理由も
ザムザの決して報われる事の無い苛立ちも
この時だけは…悪魔の僕にも、解った様な気がしたかもね、ほんの少しだけだけどね

※※※※※※※※※※※※※※

抑制剤を使わずに、鬼の衝動を収める為には、ある程度の犠牲もやむおえない
ソレに…この肉体を維持するには、人間の血は不可欠だ、他のモノで代替は出来ない

完全に飲み干した、血液パックの殻をほうりだすと
コチラを見てニヤニヤと笑う娘に、ゼノンはそのまま近づく
鬼として活動するには、不足している魔力を補う為に

その額に手を翳せば、赤く光る掌から染み出す闇が、ズルズルと少女に吸収されゆく
反動で逆巻く茶髪は、やがて褐色に変色して、僕の掌をグンと押し返す
少女の輪郭が崩れ、替わりにそこに現れたのは、ひょろ長い長身の男だ
ザムザが人間界で好んで使う、仮の姿だ…変化が完了すると、彼はぺろりと舌を出した

姿カタチこそは…人間の男に見えても、凶暴な発情期の鬼には違い無い
獣の様にギラギラするその目を見ながら、僕は小さく溜息をつくと
そのまま、人間界へのゲートも開いてしまう、その先には
ケバケバしいネオンサインと雑踏が、次元の隙間から見える

「期間は24時間だからね…その間に用事を済ませて帰っておいで」

『狩り』の場所は、事前に調査をして、ある程度の範囲は決めている
何らかの世情不安の有る場所、行方不明者が出てもさほど問題にならない場所
他にも魔族が、ある程度はびこっている場所…
アルとザムザが目立たず、天界の連中に見付からない場所なら何処でもいい
地上での行動は、彼等自身に任せておけばいい、元々人間界に棲み着いていた彼等は、
獲物になりやすい相手を探す術には、長けているから

そのままザムザが逃亡する心配はない、身体の主導権が握れるのは期間限定だ
時間切れでアルピリアに戻ってしまえば、全ては無駄な事な上に
僕が【千里眼】の持ち主である事も知っている
無駄に僕を怒らせるのも怖いのだろうけど、アルに嫌われるのが、嫌なのだろう
ザムザも馬鹿ではないから、放っておいても、早々には無茶はしないのだが
飢えた獣を野に放つ行為には、複雑な心境にならないと言えば嘘になる
勿論、悪魔召喚で犠牲になる人間なんて、どうでも良いのだが
この男鬼の中で、あの子がどんな気持かと思えば…

「解ってるって…そんなに長く明けられないだろ?こっちも?
テキトーに遊んで、テキトーに帰ってくるぜ、じゃあな」

自分の毛髪と抜け落ちた羽毛から、今回の狩り場に相応しい装束を作ったザムザは
そのまま僕の脇をすり抜け、雑踏の中に消えていった
全くいい気なモノだ、お前が何故、人の血肉を好むのか?その理由を知りもしないで…
苦虫を潰したような顔をしながら、ゼノンはゲートを再び閉じる

そうだ…アルピリアだけでは無い、ザムザの遺伝情報にも手をつけたのは
天界への偽装工作の為の、その情報の書き換えが【目的】だったはずなのに
つい余計な部分まで調べてしまったのは、僕の悪い癖だ
これは学者としての興味ではない、鬼族であるが故のコンプレックスだ

ザムザには二本の角がある、にも関わらず、この魔力の低さは何だ?

疑問に思ったのはまずソコだ、無角の鬼どころか、下手をすれば悪魔のレベルではない
妖魔・魔物に転落しそうな程に、脆弱すぎるソレが、どうしても気になった
そして…その理由は直ぐに解った…簡単な遺伝情報を調べてみれば直ぐに

この男、生粋の悪魔どころか、魔界の生物でも無いのだ…半分は人間だ

魔族が人間の女と睦み合い、子が生まれる事は往々にしてある
その場合、生まれて来る子供は、父親の形質・性質が強く出る
子供のうちは殆ど人間と変わらないが、人の時間で思春期を迎えると、急速に肉体の魔族化が進む
生粋の魔族よりも多少は魔力が弱く、肉体や精神の脆弱さも残ってはしまうが
やがては父親のレベルに近い、魔族に変化してゆく

しかし、その逆は極めて希だ………魔界の女が人間の子を宿すなど普通はない

魔界の女が人間と睦み合うのは、そこに愛情など存在しない
その相手に取り憑き、貪り喰う為の手段にすぎず、完全なる火遊びだ
生殖に至る事は、ほぼ皆無に等しい、子宮が母体より弱い者の種を受け入れない…弱い個体の子など望まないからだ…
これは人間相手だけではなく、魔族同士でも起こりうる現象だ

ところが…ザムザは、その普通だったら有り得ない、例外中の例外のようだ

ザムザの母親は、極ありふれた魔力レベルの二本角の市井だ
母親は既に死去・消滅しているらしいが、その記録には間違いはない

いかなる理由があったかは、最早確かめ様が無いのだが…
生粋の鬼である彼の母親が、人間の男の子供を、本気で願ったのだろうか?
俄には信じられない事だ、だが、彼は確かにココに存在する
見てくれこそは、母親譲りの鬼の姿でも、極端に低い魔力は、父親が人間だからか?
生来の魔力レベルは、父親側のソレに影響されやすいと言う、魔界の遺伝学の定石通りに、そのままに???

更にこの有り得ない生殖は、もう一つの弊害を、彼の中に残してしまった様だ

魔界側の…母親側の血と細胞が、人間側のソレを、食い尽くしてしまうのだ
同じハーフでも、父親側の魔力が、強い場合は、特に問題は起こらないのだが
母親側のソレの方が強い場合、反発作用が起こってしまうのだ
魔界の女の貪欲さ、強さを求める本能のそのままに、邪魔な存在を駆逐してしまう、
一種の自家中毒・アレルギー反応が、起こってしまうのだ
だからと言って…母親側の細胞だけでは、その身体は成り立たないと言うのに

だから…彼は、好んで人間を襲い、その血肉を貪り喰うのだ
自分の身体からジワジワと欠けてゆく部分を、父親から受け継いだ部分を補填する為に

人間の血肉は、人間のそれで補わなければ意味が無い…他の動植物では駄目なのだ

そしてソレは、元々は人間であるアルピリアの細胞も攻撃しかねない
その可能性がゼロでは無い以上、ザムザの【人喰い】を禁ずるワケにはいかないのだ

「目的の為ならば、同族喰いすら厭わない」とアルピリアは言った
実際にメトシェラの為なら、自分は何処までも堕ちても構わないのだろう
その愚直な迄のひたむきさが、空恐ろしく、どうしようもなく愚かだ、
しかし、だからこそ、あまりにも哀れで綺麗だ
だから僕は彼女が気に入っている、その想いごと受け入れる

好んで人を喰らうザムザも、広い意味では【同族喰い】には違いないのだ
この事実を知った時、彼はどう感じるのだろうか?

今更そんな事を知った所で関係無い、鬼の血を誇り、何とも思わないのか?
いや…人間のアルピリアと、深い関わりを持ってしまった、今となっては
彼の精神的な打撃も皆無だとは、思わないけれどね、僕も
感傷的に、己に流れる人の血を呪うのだろうか?
人間の男に道ならぬ想いを抱いたらしい、その母親を責めるか?
しかし、母親を責める事は出来ないだろう?君も?
人喰いの鬼でありながら、人間の女に入れあげた挙げ句、身体までのっとられるなんて、
どんなに魔力が弱くとも、魔族なら普通有り得ないからね

ちっぽけな人間を愛しすぎるその性質は、君の母親譲りのモノだろう?

だからこそ、この【事実】を知ってしまうと、君は人を喰わなくなるかもしれないね
それが、結果的にはアルピリアの危険に繋がるなら、僕は沈黙を守ろう、今はね…
教えてあげるのは、アルピリアが寿命を全うした、その後にしよう

その後は…ザムザがどんな運命を選ぼうと、僕の知った事ではないからね

いずれにしても、ザムザの様なレアケースは、他にも存在するのかもしれないね
種族や属性に関係無く、不自然に魔力が低い個体は、一定の割合で生まれてくる
単なる突然変異や、母体魔族の健康状態や、魔力不足と思い込んでいたけれど
プライドや建前から、そう偽られているだけで、実際は…なんて事もあるのかもしれないねぇ

漠然とそんな事を考えながら、ゼノンは中庭の庭師を呼び出す
アルピリアが不在の間は、メトシェラに適当な世話係を宛がっておかないとね
樹木の王女は酷く不安になるらしく、ヒステリーを起こす事も多いから

全く、どちらも手を焼かせてくれる、
でも手が掛かる程可愛いとも言える、自らが養うペットであるならね…
男鬼が消えたゲートの向こう側を、千里眼で眺めながら、鬼の学者はもう一度溜息をついた

※※※※※※※※※※※※※※

あの後…あの子は何時も通りに、泣いている私を宥めながら、私の身体を丁寧に清めると
息をつく暇もなく、いそいそと研究棟の方に出かけてていった
髪にさしていた見慣れないコサージュは、私の花から作ったらしく、あの悪魔から贈り物らしいけど

「姫様の分は自分で作りたいから、作り方を習ってきますね」

と、嬉しそうに無邪気に言って、ここを離れていった
本当はアレの後は離れてほしくはない、それについて話すなんて、とんでもないけれど、ただ側に居て欲しかった
不安になるから…抱き締めてほしいのに、素直にそれが言えない自分が嫌になる
「好きにすればいいじゃない」と彼女を送り出した後は、冷たく冷えた肌を持てあますのだが
何だか今日はやたらと帰りが遅い…作りモノをしているのだから、当たり前だけど

まんじりともせず、眠れないまま、彼女の帰りを待っていると
殆ど夜明けに近くなった頃だろうか?
ようやく帰って彼女の痛々しい姿に、私は驚いてしまった

背筋にそって一直線に張られた、その医療用ガーゼとテーピングはどうしたの?
腰からヒップ全体を覆い隠す様に、長く伸びた美しい尾羽もマバラになってしまっている
一体何をしてきたと言うのか?コサージュを作りに行って何故こんな事に?
問い詰めようとする前に、彼女がおずおずと差し出したのは
コサージュどころか、ちょっとしたブーケのボリュームのある、漆黒の羽根飾りだった

まさか…コレを作る為に、自分で羽根を毟ってしまったと言うの?

文化局での生活は、あの子にとっても良かったのだろうか?
毛艶がと羽毛全体の艶や発色が、目に見えて良くなってきている
人間界の烏の様に、真っ黒な羽毛しか持たない彼女ではあったけれど
よくみると背筋に生える羽毛は、ほんのりと緑がかっている
背面だけをドレスの様に覆い、すんなりと長く伸びた尾羽も
他の部分とは違う光沢があり、光りの加減でキラキラと光るソレを
密かに盗み見るのが好きだった、変化する色がとても綺麗だったから

そんな私の視線に、彼女は気がついていたのかしら?
毟ってしまった場所は、特に綺麗な光沢のあった場所ばかりで
問題のコサージュも、素人の作品とは思えない程の大作だった

長く伸びる尾羽の上に、羽毛で作られた大輪の花が咲いていて
アンティークのイタリアンビーズと、金細工がちりばめられ
金糸とベルベッドのリボンが添えられたソレは
派手に成りすぎないシックな、雰囲気に纏まっている

作品の出来はともかく、唖然とする私の反応をよそに、彼女はふわりと飛び上がり
霊体の私の居る、一番近い枝に降りると、私の髪にソレを宛がう
見た目は大きいけれど…元は彼女の羽毛であるせいか重さはあまり感じない
裏側に着けられた、髪留めのクリップで、それを左耳の上あたりに固定すると
彼女は、すかさず携帯用の姿身を広げて、コチラに向けてくる

幹の仲から露出している私の髪の上、柔らかなハニーブロンドの上に、鮮やかに広がる黒い羽根は
妙に艶めかしくて綺麗だ、全体の押さえた色調は、私の髪とのコントラストを楽しむため?
普段使いには少々派手すぎるけれど、夜会のドレスにコレを合わせたら、さぞかし栄えるでしょうね

修道院送りになってからと言うものの、ついぞ忘れていたわね、こんな感覚

まだ王宮を追われる前は、幼かった頃は…父王の横に座り、よく夜会に参加したっけ
背丈が足らず、ダンスには参加出来なかったけど、思い思いの装いに着飾った貴族達が
ひらひらと目の前でステップを踏む様子を、夢の様に眺めていた

もう少し大きくなったら、あの艶やかな輪に、参加出来る事を楽しみに

でも、それから間もなく政変が起こり、私のささやかな願いは叶う事はなかった
理由もきちんと説明されないまま、あの修道院に送られる事になった
自分の立場をキチンと理解したのは、それからかなり時間の経った後だった様に思える

「………お気に召しませんでしたか?」

しゅんと沈んだ彼女の声に、私は我に返った…
鏡をぱたんと閉じる彼女は、不安気にこちらの様子を見上げている
ああ…そんな顔をしないで、少し驚いただけだから
貴女の気持ちも、綺麗な髪飾りも嬉しいの、
でもコレを作る為に、自分の羽根を毟るなんて…痛い思いをするなんて、やっぱりお馬鹿な子ね、
貴女が私の為に傷ついて、私が喜ぶとでも思っているのかしら?

どうしたら、この両方の気持ちを、誤解の無い状態で伝えられるのかしら?

ああ…やっぱり私の羽根なんかで作った飾りは、気に入って頂けないのかしら
もっと綺麗な色の羽毛なら、姫様の髪を美しく飾れるのに
やっぱり、他の素材を使った方が良かったのかしら

落ち込んだ私は、つい下を向いてしまう
私の髪飾りは姫様の花だけれど、姫様のソレを私の羽根で作る必要はない
交換でおそろいに…なんて、思い上がりも甚だしいわよね…
コレを作ったのは、マスターのお友達の魔女様達で、姫様ではないのに

失礼の無い様に、姫様の髪に着けたそれを外そうとすれば

ふわりと何かが、その手に巻きつてきてソレを阻む
同様のモノが私の背後から、腰や胸にやさしく巻き付いてくる
ふわふわと私の肌をやんわりと掴む、白く細い繊維状のモノの正体が
地表の割れ目からはみだしている、姫様の根だと気がついて、私は目を見開く

※※※※※※※※※※※※※※

あの時、一度は怒りにまかせて、動かせた根ではあったけれど
その感情の昂ぶりが収まってしまうと、急速に身体が重たくなってゆく
私は元通りのただの樹木に戻ってしまった

「植物が動物並に動くのには、膨大なエネルギーが必要だからね
一度動けたからって、そう簡単に思う通りにはならないよ」

剥き出しになった根を、自力で地中に戻す事も出来ずに
震え苛つく私の神経を逆撫でる様に、悪魔がせせら笑った

「徐々に慣れていけばいいよ、動く事を前提とした、エネルギーの循環回路が出来れば
もっと長い時間を動く事も可能で、細かい作業も出来るかもしれないしね
いずれにしても君次第だね、君自身が強く動きたいと思わなければ
植物体を無理矢理動かすなんて真似は、到底出来ないんだからね」

あの子が目覚める前に、場を元通りにしようとする、尻尾の悪魔が横やりを入れてくる

「おい…根元の石組みはどうするんだ?今後も動かすつもりなら、少しは余裕を空けておいた方がいいのか?」

いちいち根が動く度に、回りを破壊しつくされたら叶わないだろう?とぼやけば
その側で、その作業を手伝っていた、庭師の少年が答える

「外からは解らない様に、何カ所か窓を作っておきましょう、勿論大きな根も出せる柔らかい部分も
【触手根】が使える皆様は、事前にご希望を聴いて、そういう石組みにしていますが…
メトシェラさんの好みの配置を、お聞かせ願えると助かるのですが」

少年は私にそう尋ねてきたけれど、そんな事を言われたってピンとこない
困惑気味の私の様子に、悪魔が替わりに答える

「とりあえずは、一般的な構造でいいじゃない?不都合な部分は、後でも微調整出来るでしょ?」
「了解いたしました、マスター」

丁寧にお辞儀をした少年は、早速具体的な配置を地面に棒で刻みつける
それにそって、尻尾の悪魔が手際よく構造体を作って、埋め戻してしまうので
程無く温室の内部は何事もなかったかの様に、元通りになってしまった

「先端の細い根からで構いません、少しづつでいいですから、毎日【根】を意識して動かす様にしてください
不都合があれば、デメテルに直接お知らせ下さい、すぐに微調整に参りますから」

礼儀正しい少年は、私にそう言ってこの場を立ち去ったけれど
さっきあれほど簡単に動いたソレは、今は鉛の様に重くピクリとも動かない
本当に自分で、自分の意思で、動かせる様になんて、なるのかしら?

「頸の痣の治療と、眠り薬の解毒も必要だからね、アルを少し借りてゆくよ」

悪魔もあの子を抱いたまま研究棟に戻ってしまった、もう一人の尻尾の悪魔を連れて
一人ぽつんと温室に取り残された私は、言われた通りに必死に根を動かそうとするけれど
渾身の力を込めても、ほんの少し身じろぐだけでも大変で、私の息はすぐに上がってしまう

それででも、動く事を諦める気には到底ならなかった

両腕が常に植物体の中に同化してしまっていて、外にソレを露出出来ない私にとって
根は腕や指の替わりになってくれるはずだから、おそらくは…
自由に動かせる様になったら、まず最初に何をしよう、何が出来るだろう
それを思うと、本当に久しぶりに、心が軽やかに躍る様な気持だった
おそらくは、地獄に来て初めてではないだろうか?

そう一度無くしてみないと解らないのだ、当たり前の様にあった両腕が使え無くなる不都合も
ずっと側に居てくれるはずと思っていた、あの子の存在も…
無くしてみなければ、その大切さが解らないなんて、私は何処までも愚かだったのよね

※※※※※※※※※※※※※※

しゅるしゅると音をたてて巻き付く、無数の細い根が、軽々と私の身体を持ち上げる、
見た目は頼りないのに、ある程度束になれば、それなりの強度を持っているのかしら?

それでも繊細なソレを傷つけたくなくて、大人しくされるがままになっていると
不意に幹の上に露出した姫様の身体に、少し乱暴に抱き寄せられて私は面食らう

姫様は樹木化してからと言うもの、殆ど自力では動く事が出来なかった
だからコチラから触れるのが、当たり前になっていたけれど…
無理に身体を開いた私に、絶対的な不信感が芽生えてしまったのだろう
生前の姫様の御気性を考えれば当然だ 私が触れる度に怯える様に震えていた
SEXが目的では無い、日常的なお世話をする、その時であってもだ

だから…姫様自身が、私を抱き寄せるなんて事は、もう未来永劫無いと思っていた
初めて姫様にキスをして、叩かれて、修道院の回廊で仲直りした時のような
あの温かさを感じる事なんて、絶対に無いと思っていたのに

「姫様?」

根の感度は良好だ、太いソレを操る事はまだ無理でも、細いソレなら、この数日である程度は動かせる様になった
ふんわりと柔らかい、少女の肌の弾力と温かさも、直接その先に感じる事が出来る
戸惑った様な、怯えたような視線で、彼女が私を見上げてくる
それがどうしようもなく可愛らしくて、愛おしくて
私はそのまま…細い根の先で彼女の顎を持ち上げると、自分からその唇に口付けする
小さな声が漏れるけど構わない、そのまま他の根で彼女の頭を支えると、深く深く中を探る

やり方は知っている、散々彼女に抱かれ、あの悪魔にも抱かれた後だから

あの悪魔と一瞬即発だった事も、根が動かせる事も、まだ話してはいなかった
思いがけない展開に対する、驚きからだろうか?
彼女も最初だけは戸惑い、ほんの少しの抵抗はしたけれど
直ぐに大人しくなり、私のキスに夢中で答えてくる
とろんとした目が、その表情が堪らなくて、戯れにその肌を弄れば
小さな身体は、私のぎこちない愛撫にも答えてくる

そう言えば…初めてあの悪魔に抱かれた夜
「誰に触られても感じる様に作り替えてやる」などと勝手な事を言われたっけ
恐らくは…私の預かり知らぬ間に、同じ様な扱いを受けたであろうこの子が、
ほんの少しの刺激で悶える様を見て、嬉しさよりも、何故かズキズキと胸が痛む…

誰でもいいなんて許せないから…こんな風にしたのが、後から来たあの悪魔だなんて、納得出来ないから
今の立場はどうであれ、この子の一番は私でなければならない、その事実は変わらない

私の苛立ちに共鳴するかの様に、ざわりと震える根が、一気に少女の身体を覆い尽くす
初めての感覚に悲鳴を上げる、彼女のを強く押さえつけ、その声も、全て呑み込んでしまおう
内側に侵入する、私の根の違和感に、感触に怯えて泣き叫びながらも
それでも気持は良いのか?よがる彼女を見ていると、行為を止める事が出来なくて

その夜の温室の明かりは、結局朝まで消える事はなかった

※※※※※※※※※※※※※※

数日後…様子を見る為に温室を覗いてみれば
メトシェラの根元に、例の小型のカウチソファが移動していた
ソファにメトシェラの根が幾重にも巻き付き、半ば幹にめり込む様な、カタチになっている所を見れば…
おそらくソレをこの場所に移動したのは、メトシェラの触手根の方だろう
そんなモノは要らないと、椅子を再び元の場所に戻そうとするアルが、ソレを動かせない様に
自分の根で固定して、幹に吸収してしまった…そんなやりとりが目に浮かぶ

メトシェラも気にはなっていたのだろう、根元で石の上で寝起きする彼女が
体調の悪さも考えれば、アレが良くは無いのは、明白だったからね
そこまでされてしまえば、アルもソファを使わないワケにもいかないのだろう
センサーから送られてくるデータを見る限り、ちゃんとソコで眠ってはいるようだけど

ただし…別の意味で睡眠時間が削られる状態には、なってしまったみたいだけれど

ギクシャクしていた2名の仲が、魔族としては良い方向に行ったのはいいけど
メトシェラのやり方は、慣れないせいか?少々荒っぽいようだから
ちゃんと教えてあげないといけないね、優しく抱く方の気配りの方もね

多分…それなら拒絶しないのだろう?自らが望んだ事なのだから?

抱くのも抱かれるのも、同じ肉の楽しみだとは思うけど
ああいうタイプにとっては、違うモノなのかもしれないね

全く…何処までも世話の焼けるペット達だ、副産物が有る利用価値を考えてもね

まぁどちらにしても、この2名が一緒に居られるのは、アルピリアの寿命が尽きるまでだ
その時まで、メトシェラはあの温室に留まるだろう、それでいいじゃないか
歪んだカタチではあるけど、惚れた女と一緒に有る事を望んだザムザも
この僕も利害関係では一致しているからね、その時が来るまで彼女等をココで養う、ただそれだけだ

転生すれば…何故かその前の生涯で関わりのあった者は、
魂が呼び合うのか、再び接触しやすいとも聴いて居る
ソレはソレで、魅力的なのかもしれないけれど
例え限りある時間だとしても、記憶のある相手と確実に過ごせる時間を確保しる方が
有意義と感じるモノも居るのだろうね、アルピリアは、きっとその典型なのかもしれない

再び輪廻の輪に戻ってしまえば、王女はココでの全てを忘れてしまうだろうけど
それでもアルは満足なのだろう、この想いを抱いたまま消滅出来るなら
最愛の王女に看取られて眠れるなら、他に何も要らなかったのかもしれない

ひょんな縁で手に入れた実験体だ、何れはどちらも居なくなってしまうけど
僕は覚えていてあげるよ、不器用にしか生きられなかった、2人の人間の女性を
そして彼女の死によって解放される筈の、青鬼君の方には、
その後も、ずっと凝りとなって残るのだろうね、生涯その心の奥に

それが…人間に恋心を抱いてしまった、魔族への罰だとしても



end

【純愛】と【妄執・ストーカー気質】は、紙一重?と言う事かな?

恋しているのが相手なのか?それとも恋をしてる自分なのか?
いずれにしても誰かを好きになるのも、好きになってもらうのも大変で
都合よく解釈出来る【片想い】が、本当は一番楽なのかもしれませんねぇ

【両想い】になるには、ある程度の【妥協】は必要よ
相手に対しても、自分自身に対しても、その兼ね合いが上手くとれないから
後々になって考えてみれば、ワケの解らない事で、悩んだりうるんでしょうね

う〜ん…恋愛も、恋愛モノを書くのも難しいな〜
内のサイトのそれは、毎回ドロドロに爛れてるし、変態ですしトチ来狂ってますが
今回のはちょっと、途中で色々しんどかったかもです、うーんうーん

百合だからとか、人喰い表現があるから、じゃなくて
それぞれが身勝手で、一方通行な想いすぎるといいますか
自分で書いといて何ですが、もどかしいすぎてね、色々?

ハッピーエンドには成らないけど、バッドエンドでもない
今の私の作文能力では、この落としどころが限界かな、とほほほほ

今回も二次創作にしては、かなりモブ主体すぎましたが
最後まで読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


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