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【RX+師弟悪魔】
『カミサマと自己満足』 2 R-15 R⇔Xなるのか?刺青・流血表現注意

文化局の正面門に到着するとすぐに、俺をバイクから降ろすと
ゾッドはそのまま、夜の闇に消えていった

今日は、中までついてきては…くれないんだね…

ゾッドの事が嫌いなワケじゃない、むしろ悪魔の中でも好意的な方なんだけど
ゼノンの事があるから、子供っぽい嫉妬心があるから
だから、三名で居ると、時々?不穏な空気が、流れてしまう事もある…

それでも、ゼノンは少しも態度を変えずに飄々としてるし、
ゾッドは…ゾッドで、多分だけど?かなり俺に遠慮してくれているから
俺が嫌な思いをした…と言う事も無いのだけれど

ゼノンと一緒の時だけは、二名だけの方がいい…
その時だけはゾッドは、側に居ない方が嬉しいな
なんて思ってしまう自分に、ちょっと自己嫌悪を感じたりもするんだけど

今夜は…彼がついてきてくれない事が、妙に心細くなってしまう
さっきの彼の話と、態度を反芻し てしまうと、尚更に

『ゼノンは、入黒子なんて、望んではいない』

解ってるよ…そんなの、改めてアンタに言われなくても

自らの肉体の一部を【術式の媒介】にする事も多い【魔術師】であっても
ゼノンは決して、自分の肉体を粗末にするワケじゃない…

寧ろその逆で、【医師】と言う立場から、そういう行為を一番嫌う
だから、戦場で肉を切らせる事を、厭わない戦い方を繰り返す、閣下やエースには
ネチネチと説教する場面には、良く遭遇する、何も無かった様に元には戻せないと

いや…その価値をちゃんと理解しているからこそ、
彼のソレには【媒介】の価値があるのかもしれない、と最近は考える事もある

それでも…やっぱり彼は、【医師】で有る前に【魔術師】なのだ
普通の価値観や常識では、考えられない様な事でも、ソレが【必要】と考えれば、
自らの欲望と目的の為ならば、【犠牲】を惜しまないタイプでもあるのだ

わざわざ自分の片目をくりぬき、天使の眼球を使用した、義眼を装着している件も、
今回発覚した刺青タイプの呪詛の件も、彼らしい判断なのは…ちゃんと理解している

だから…今回の俺のワガママだって…ゼノンを怒らせている事も解ってる
自分の肌を傷つける事より、俺の肌に自分の印を入れる事に
著しく抵抗を感じている事くら い、解ってるよ…
俺の立場を、ちゃんと考えてくれてるからこそ、大人の関係にならない事も

頭では解っている、子供じゃない…でも、その遠慮と距離感がどうしても寂しい

俺が雷帝の息子じゃなければ、いっそ、魔界生まれの生粋の悪魔だったら
とっくに、そういう関係になっていたのかな?魔女達やゾッドの様に?
そう思うと…どうしようもなく哀しくなる、大切されれば、される程、尚更に…

『今夜ばかりは、他の職員に気がつかれると厄介だからね…
臨時のゲートを開けるからそこから入ってきて』

頭に直接響くと言うよりも、直ぐ側に居て耳元で、囁かれているようにすら感じる、ゼノンの独特なな心音は、
他の悪魔が使う通常のテレパシーとは、少し違う様に感じるのは何時もの事だけど…
何だか今日は、変にねっとりと聞こえるのは…気のせいかな?????

すると…門から少し離れた場所に、夜の闇に淡い光りが洩れはじめる、
音も無く空間が歪み、ゲートが開かれたのだろうね、
何時もはホッとするその光りが、今日は少し違って見えるのは何故だろう
一瞬だけ躊躇したけれど…俺は慌ててその隙間に飛び込む、

そうだ…コレ以上、ゼノンに迷惑かけたりしちゃいけない、急いで中に入らなきゃ

※※※※※※※※※※※※※※

トンと降り立った空間は、天井のアールデコな鉄枠を見る限り、何時もの温室なのだけれど
普段はあまり足を踏み入れない、かなり奥の空間に、直接通されたみたい
立ち並ぶ植物は見慣れたモノではなく、より鬱蒼と茂った感じで
居心地は悪くは無いけど、湿度が少し高くて、緑のニオイがより濃く感じる

その中央の少し開けた場所で、ゼノンはラフな法衣を着て、佇んでいた
自室から態々こちらに移動したのか?此方は見慣れた長椅子に、腰を下ろして

「待ってたよ…まずはお茶でも飲んでからにしよう、道具の説明もしなきゃいけないから」

そう言って、俺をエスコートして、そのまま長椅子に座らせると
此方に背を向けたまま、自分は茶器を乗せたワゴンの方に行ってしまう
俺好みの、少し甘めのフレーバーの香りが、辺りに立ちこめるのを感じながら
その広い背中をただじっと見つめる、やっぱり怒っているのかな…

ふと視線を移して、長椅子の側にある 大きめのテーブルの上を盗み見れば、
キチンと並べられた銀色の医療器具の横には、消毒用のガーゼが並び
ソレ等とは不釣り合いな、小分けにされたインクの瓶が散らばっている
開封されたソレ等を見れば…市販のインクの色が気に入らなかったのか?
どうやら混ぜ合わせて、ゼノン自らが調合して、好みの色を作っていたらしい

勿論人間用のソレでは、そのままの状態では、悪魔の肌には充分に沈着しないから、
そう言う意味でも、何かしらの手も加えていたのだろう…
インク瓶に混じって、定着剤?と覚しき追加薬品用の乳鉢が、並んでいるのも見える

ソレを見たからか?それとも、その手前に用意された、為体のしれない機械を見たからか?

何故だか背筋がゾクリとする、事ここに至って何故だか凄く怖い…
たかが刺青なのに、なんだかもの凄く悪い事を、しようとしているような…そんな気持になるのは何故だろう

「今日は公式の行事が、多かったはずだよね、マズはコレでも飲んでリラックスしてよ」

遠目でぼんやりと、道具を眺めている俺は、かなり挙動不審な態度だったと思うけど
そんな事は全く意に返さない…と言った感じのゼノンは、びっくりする程何時も変わらない
差し出されるのは、俺専用の何時ものマグカップと、甘い香りのお茶
慌ててソレを受け取った俺は、まだ熱いお茶を、ちびちびと啜る
少なくても、コレを飲み終わるまでは…此方からアクションを起こさなくて済むから

何時もなら…ゼノンに会えるだけで、はしゃぎ気味の俺が、妙に元気が無い事に気がついたのだろうか?
ゼノンはにっこり?いや…若干毒を含んだ笑みを漏らすと

「色合わせしなきゃいけないから、少し待っていてくれる?」とまた俺の側を離れる

色合わせ????何の事だろう????

暫く待っていると、緑の奥に一度引っ込んだゼノンが、
銀色のお盆?いやアレは実験用や、調理に使用する【バッド】?を携え戻ってくる

「何日かに分けて、僕が彫ってみたんだけどね、実際に肌に入れると、発色が違ってね」

ぱらりと、その上に被せられていた、シートとアルミホイルが外されれば…
その下には肌色が…生理食塩水の上に浮かんでいる、大学ノートほどの大きさで

ブロック切りにされた肉片?と言うより皮?何なのコレ?

そして…ソレには、試し彫り?サンプル?として彫り込まれた?
と覚しき赤い【試し彫り】が、細かい付箋の様に、整然と並んでいる

いやソレだけなら…別に驚きはしないよ、ソレだけなら

でも…バッドの中のソレは、明らかに生きていて、ぴくぴくと震えている
【印】を彫られた場所もその回りも、広範囲に赤く腫れ上がっている
食い入る様にソレを覗き込み、思わず絶句する俺を、ゼノンが愉快そうに見ている

「ああ…君は初めて見るのかな?コレは医療用の合成皮膚だよ、僕自身の細胞を培養したモノだけどね
手術では良く使うんだよ、無茶な戦い方をする奴等が、ココには多いからね…」

これくらい活きが良くないと、折角処置した傷口に、上手く張り付かないでしょ?

ゼノンは涼しい顔でそう言うが、結構ショッキングな光景なんだけどコレ
そう思いながらも、ソレから目が離せない…だって、かなり酷く腫れてるから
血と膿がこびりつているから…かさぶたになって、治りかけている部分も凄く痛そうで

雷帝の皇位継承者と言っても、戦った経験が無いワケじゃないからね
治癒能力が足りなくて、傷つけた部分が、酷く損傷する事くらい、解っているけど
これから、コレと同じモノをゼノンの胸に、彫り込むのかと思えば
罪悪感が、ふつふつと湧いてきてしまうのだ、絶対に間違いなく、痛そうだから

大好きな相手の肌に、無理に傷を付ける事に、苦痛を与える事に何の意味がある?

不思議と自分にソレを入れる痛みよりも、相手に苦痛を与える事の方が、遙かに辛く感じてしまって…
思わず「ワガママ言って御免、やっぱりもう止めようよ」と言う言葉が、出かけるのだが

ふわりと俺の隣に座ったゼノンは、ニタリと笑うと、その柔らかい手が、ガシリと俺の手を掴む
有無を言わさず、その冷たい銀盆を、俺の膝の上に置いてしまうと
何時もよりひやりと冷たく感じる指が、俺の頬の稲妻をなぞり
膝の上の合成皮膚との色目を、じっくりと見比べている

「ゼノン………」

「今更怖いかい?雷帝の御子息ともあろう御方が?
大丈夫…ちょっと傷をつくるだけでしょ?剣で切り払うよりもずっと簡単だよ…」

戦場で負う手傷に比べれば…この程度の痛みなんて、大した事無いから
コレで君が、喜んでくれて、安心できるなら、安いモノだよ、僕の肌に刺青を入れる事くらい
さぁ…ココにちょうだい、君の【印】を、その為にお膳立ては全て整えたのだから

ねっとりと囁く言葉と共に、ゆっくりと外される、ゼノンの胸元のボタン
改めて見る魔女の紋章は、呪詛を含んでいるからだろうか?妙に黒々としていて、
よく知っているはずの近しいルークの青龍ですら、冷たくさえて見える

ライデンはごくりと唾を飲んだ… ああ何であんなワガママを言ってしまったのだろう

※※※※※※※※※※※※※※

ああ…そんな顔をしないで、やっぱり合成皮膚でもグロテスクで、怖かった?
いや、違うか…たかが刺青でも、僕を物理的に傷つけると言う現実に、気がついてしまったんだね

そう…君向きじゃないんだよ、本来こんな事はね、君は血を好む鬼でも、悪魔でもないのだから

誇り高い精霊は、ストイックで、残酷ではあるけれど…本来は慈悲深いモノだからね
比較的、戦闘タイプが多い雷精であっても、根本的な気質は変わらないから…
近しいモノを傷つける事に、絶対的な拒絶と抵抗を感じるのは、当たり前の事なんだよ

じっとりと汗をかくライデンの頬を、さわさわと、撫であげながら、
本物の稲妻の鮮やかな赤と、サンプルの色目を交互に見比べる
7.1R2.7か7.7R3.9?ぐらいの配合が、妥当かな?この深紅を出すには

どうせ入れるなら…そっくりそのまま、この色を再現したいからねぇ

ああ…ゴメンネ、冷たかったよね、こんな無粋なモノを膝に置いたら
色目の確認は済んだから、直ぐにどかしてあげるよ

なんだい震えているのかい?つめたくて身体を冷やしちゃった?それとも怖い?
でも…ここまで来た以上は、スンナリとは許してはあげないよ

将来的に君が、立派な雷帝に治世者になる為に、必要かもしれない通過儀礼だから
同族である民には、どこまでも慈悲深く、外交相手には、一切の弱味も見せず、遅れを取る事もない、
希代の賢王になって貰うためにはね…
例えその相手が、必要以上に懇意になってしまった悪魔でも、この僕であっても

震えるその肩を抱きしめてあげながら、甘える様にライデンの顔を覗き込めば
決心がついたのかな?潤んだ瞳がようやく此方を向いてくれる

「解ったよ…それで彫師は、どこに居るの???」

「何を言ってるの?そんなモノ呼べるワケがないじゃない?
僕達の【秘め事】の為に、無関係の彫師の首が飛ばされてしまうよ…そんなの嫌でしょ?
君自身が入れるんだよ、僕のこの胸の上に、その為にわざわざ道具を揃えたんだから」

この間僕に馬乗りになって、「俺の印を入れてやるっ」て言っていたじゃない?
アレはその場限りの勢いだったのかな?だったら、凄く哀しいよね…

出来るだけ甘く優しく、挑発するようにゆっくりと、耳元でそう囁けば
泣き虫な皇子様も、流石に、カチンときたのだろうか?あの時と全く一緒だね…
その細い腕の何処に、そんな力があるのか?僕をそのまま突き飛ばし、
長椅子に押し倒すと、すかさず腹の上に馬乗りになってくる
ガタガタ震えながらも、必死に虚勢を張り、僕を見下ろすその目が、堪らなくイイ

「怖くなんかない、怖くなんか…俺だってそれくらい出来る…ヤり方を教えて」

「そう…それでこそ、未来の雷帝様だよ…じゃあ机の上にある消毒用のアルコール瓶を
それと、もう図面の枠線が印刷された転写シートと、緑のキャップのついた薬剤があるでしょ?
それが図案を転写する薬だから、持ってきてくれるかな?」

ニッコリと笑い返す僕は、きっとコレ以上ないくらい【凶悪な顔】をしているのだろうな
ゾッドなら呆れるくらいに…でも今のライデンには、反論する余裕なんて無いのだろうな
泣きそうな目をしたまま、コクンと頷くと、僕の上から降りてテーブルに向かう
動揺しきった彼の足下は、おぼつかなくて、ちょっとした傀儡の様に?
いやオモチャの兵隊の様に、なってしまっているのが…また堪らなく愛おしい

心中仕立ての【入黒子】なんて、弱さの表れで、勿論僕の趣味じゃないけど…
君自身が、震え怯えながらも…入れてくれるモノなら、悪くないかもしれないね

何時かは魔界を去り精霊界に帰還する、雷帝に即位するのが当たり前の君
そうなれば今の様に、安易には逢えなくなってしまうのだろう
何れは、僕の側から、居なくなってしまうんだよね、何時かはね

だったら…コレから君が、入れてくれる刺青くらい
僕だけのモノとして、貰ってもいいよね?君の手から直接に?
まるで僕らしくない、君のヒステリーの受け売りみたいなのが、滑稽だけれど
身分も立場も全く違う、一介の悪魔の僕にも、それくらいのワガママは通るよね?

優しい君の事だ、今回のコレが済んだら…
二度と他者に「マーキングをしたい」なんて考えないだろう?こういう痛みを伴うカタチではね…
だから…正真正銘、コレは僕だけの印になる、僕だけの…我ながら歪んでいるかな?

長椅子に身体を横たえたまま、相手の背中を見つめ、
ゼノンは薄く笑っていた、じっとりとマグマの様に

※※※※※※※※※※※※※※

「稲妻が入る部分にだけ、その転写剤を塗ってくれるかな?ちょっとベタベタするけど
元からある図案には避けて塗ってね、そしたら、その転写シートをその上に重ねて、
テープで端を止めてから、軽く押さえてくれる?図案がずれない様にそっとね
もう入ってる刺青も印刷してあるから、場所は解るよね?
そうそう、上手だねライデン、良い感じだよ………」

図案を転写する作業は、実に簡単で手軽なモノだ

図案が印刷された転写用紙?半透明の紙?は、見た感じは…
古い文庫本の中表紙や、カバーとして織り込まれている、作図用のトレッシング・ペーパー?の様だけど
触ってみれば、見た目の印象より全然柔らかいのが、意外だった
印刷が容易なだけではなく、肌に転写する際の【転写洩れ】にも気を配られている様だ

仕組みは、ジョーク商品の【刺青シール】とほぼ変わらないみたいだ

事前に転写したい場所に、塗り薬を付けて、図案を重ねるだけで、良いらしいのだけど
薬は、何だか妙にさわやかなニオイなんだけど、凄く人工的でケミカルな感じだ
良く見れば…本来は、制汗剤として使われるモノらしいけど
こんなモノで肌に絵を転写出来るなんて、知らなかった

当然ながら、コレだけなら、痛みも出血も無い………
魔力を使えば…同等の手軽さで、図案を肌に入れられる?のかもしれないけれど…

そんな事を、少しでも口に出してしまえば、きっとゼノンは、もの凄く怒るんだろうな
ソレこそ角が変形してしまうくらい、それだけは何となく解る…
ソレにココまでお膳立てをしてくれた、彼の気持ちを裏切ってしまう気がして
計画の中止も手法の変更も、やっぱり提案する事が出来なかった

今はただ黙って黙々と、作業に集中する事しか出来ないや、
せめて、せめて、絶対に失敗しちゃいけない…綺麗に仕上げなきゃいけない
でも…そう思えば思う程に、変な動揺が、迫り上がってきてしまって
小刻みな震えと、冷汗が止まらない…滴る汗がゼノンの肌の上にポタポタと落ちる

ぴったりと貼り付けたシートは、暫くそのまま放置して乾燥させる
適度に乾いてきた所で、「ゆっくりとそれを剥がして」と指示をされて、その通りにすれば…
黒々とした稲妻の縁線が、ゼノンの肌の上に転写されていた

「綺麗に転写出来たみたいだね、直ぐに彫り始めると、擦れて取れちゃうからね
肌に馴染むまで、もう少し掛かるから、君は少し休んでいて
僕はさっき色合わせした、インクの調合と、針の準備をしてくるから…」

俺を押しのけて、むくりと起き上がった、ゼノンはやっぱり何時もと変わらない
脇に寄せてあった、例のバッドを回収すると、机の上のモノをカチャカチャと弄っている

動力と思われる箱型の機械に、ケーブルで繋がれているモノは二種類
思ったより単純な構造の持ち手に、あれはインクを入れるタンクが、ついているのか?
真っ黒な二つのコイルの先には、銀色のペンの様な持ち手と、針のガイドラインが鈍く光る
最も、紙に文字を書くソレとカタチは似ていても、ずっと太くて大きい

そしてその先に着いているのは…【針】…だよね、当たり前だけど
片方のソレは長めで、太いモノが一本着いているのかな???
そして、もう一つの先には…さっきの奴より短めだけれど
筆の様に束ねられた細い針が、小さめな判子の様に固まって装着されている?様に見える

それが…思いっきり痛そうに見えて、俺はまた、ぶるりと身震いする

そんな俺の気持ちなどお構いなしに、派手で不快な機械音が、辺りに鳴り響く
どんな音かと言えば…人間界の歯医者のあの音と、ミシンの音を足した様な音
どうやらゼノンが、機械の微調整をしているらしいけど
それほど大がかりな機械でも無いのに、その音が、予想外に大きくて、俺は飛び上がりそうになった…

やっぱり無理だ、やっぱり怖いよ…やっぱり止めようよ
そう言いたいのに、叫びたいのに、何故かその言葉が、口から上手く紡ぎ出せないのだ

「モーター音は、ちょっと大きいけど、大丈夫だよ、安全なモノだから安心して
怖がらないで、しっかり握り絞めていれば、僕も君も怪我をしたりしないから…」

最早そう言う問題では無いのだが、ゼノンはただニコニコしながら受け流してくる
まるで先手、先手に手を打って、俺の逃げ場をじわじわと塞いでしまう様に

機械の微調整が済むと、ゼノンは、直ぐにインクの調合を始めてしまう
その安定剤の用意やら、その他ケア用品も、嫌になる程の手早さで
ああ…コレが終わってしまったら、やっぱりヤらなきゃダメだよね、今更後戻りなんて出来やしない…
何時に無く凶悪な顔をしているけど、あんな楽しそうな顔されちゃったら

本当に今更なんだけど、なんであんな無茶を言ってしまったんだろう…

※※※※※※※※※※※※※※

「じゃぁ…まず枠線から、色を入れてもらおうかな?
筋彫りが済めば、後は塗りつぶしだから簡単でしょ?自分の印だから?」

何時もはティーセットやら、お菓子をのせているワゴンの上には
為体の知れない道具や薬品が並び、長椅子の脇にはあの箱型の動力が鎮座している
動揺する俺をよそに、さっさと長椅子の上に、横たわってしまうゼノンは
「やりにくかったら、角度を付ける?」等と暢気な事を言い始め
自分で背中や首の後ろに、クッションを積みはじめている

僕の血が飛び散るとやりにくいでしょ?と俺の両手の手術用の手袋を填めてしまうと
ハイと渡されたのは、長い針のついた方の先程の機械だった
タンクには黒のインクが、充填されていては居るけど…
良く見たら一本の針じゃなくて、三本の針が束ねられてるとか…
そんな事はどうでもよくて、やっぱり怖いよ………

どうしたら良いか解らなくて、半泣きの目でゼノンを見下ろせば、
彼は相変わらすニコニコと笑いながら、穏やかに残酷に言い放つ

「ワゴンの上に、ワセリンがあるでしょ?それを彫りたい場所に、少しずつ塗りながら彫り進めればいいから、
少しは針の滑りが良くなるから、初めての君でも、やりやすいと思うよ、絵をかくのと変わらないよ」

噴き出す血と、余分なインクは、その都度、そこの脱脂綿で軽く押さえてね
使用済みのソレは、そのまま床に落として構わないから…後で始末するから
でも強く拭いたり、擦ったりしちゃダメだよ、転写したガイドが取れちゃうからね…

さらりと恐ろしい事を言ってくるんだけど、ホントに俺に出来るの?無茶だよ…
と躊躇していると、するりと伸びてきた手が、機械本体の起動スイッチを入れてしまう
途端に鳴り響くあの嫌な音に、ビクビクと震える俺に、ゼノンは更に続ける

「僕は大丈夫だから、早くちょうだい…君の印を…」

まるでミシン針の様に、ピストン運動をするソレを、ただ呆然と眺めていても仕方がない…
そうだ…こんな事は大した事じゃないんだ、早く済ませなきゃ…

意を決した俺は、手早くゼノンの胸の上に、ワセリンを塗りつけると
右手に握り絞めたソレを、その肌にぶすりと押しつける
深く刺しすぎない様に、ガイドも装着されているんだから、俺にだって出来るはず…

でも…ビクリと震えるゼノンの身体と、腕から肩に駆け上がってくる嫌な手応え

ぷすっぷすっぷすっぷす…

ただ刺すだけでなく、肌の内側を引っかけ、ソコにインクを注入するのだから当然だ
タンクから供給され、ガイドラインを伝って落ちるインクは、
まるで一筋の黒い糸の様で、出来たばかりの傷口の中に、吸い込まれてゆくのだが
同時に皮膚の表面は、赤く腫れ上がり余分なインクと、血液が体液が混じり合って溢れ出す

その様が、想像していた以上に、痛そうで…血の流れ方も多すぎて
そんな事を、安易に強要してしまった現実が、堪らなく辛くて、哀しくて
思わず機械を放り出して、手を引こうとする寸前で、ゼノンの強い口調が聞こえる

「同じ場所ばかりに、傷を作っちゃダメだよ、ちゃんと線にそって移動しないと…
落ち着いて、派手に出血している様に見えても、コレは半分はインクだから心配ないから
そっと拭いて、その脱脂綿でちゃんと吸い取って、途中で止められたら僕が困るよ」

同じ場所ばかり傷つけていたの?俺?酷く血が出ちゃうのも当たり前?

一度電源を落とし、機械針を離して、血とインクを拭き取って確認してみれば…
なるほど少しも進んで居ないじゃないか、俺の動揺が、ゼノンに要らない苦痛を与えてしまっていたんだ
シュンとなる俺の目の前で、ゼノンはその傷の上に何かを吹きかけている
何時の間に、その手に握り絞めていたのだろう?かなり大きめの霧吹きの様なモノで
薬用のアルコールに+ハッカ何かの成分が入ったモノだろうか?
さっきの転写に使った薬品とは、又違うケミカルなニオイがたちこめる

「ちょっとした消炎剤と冷却剤だから、気にしないで…余分なインクを落とすためのモノでもあるし…」

僕も手伝うから、続きをしてよ…転写した下絵がまだ綺麗に残ってる内にさ

そう言ってゼノンは、何時も通りに、笑いかけてくるのだけれど
その額には珍しく、じつとりと汗をかいている上に、相当無理をしているのは明白で
胸の上の傷の付近の筋肉は、不自然に震え痙攣していた

痛く無い…ワケない、大丈夫なワケないじゃん、何でこんな無茶をするんだよ

本職の彫師に施術してもらっても、痛くて苦しい事には変わらないけど
全くの初心者の俺にやらせるなんて、正気の沙汰とは思えないよ

本当に…何でこんな事になったんだろう…
大好きなゼノンを、傷付けたり、苦しめたりするつもりなんて、全然無かったのに…何で…

気がついたら泣いていたらしい、俺の頬の上に、柔らかい唇が降りてくる
涙を直接吸われて、泣かないで…と囁く声は優しいのに、現実は少しも甘くはなくて
俺の後頭部を撫で上げながら、優しくキスはしてくれるのに
再びソファーの上に、横になってしまったゼノンは
手招きをしながら、行為の続行をねだり、強要してくる…
そこに何時もの様な、無条件で無償の甘やかしは、存在しない、容赦は無い、ストイックな程に

これだけ無駄に痛い目にあっても、彼の中に中断は、有り得ないみたいだ

そうだ…胸の刺青は、所属組織における通行手形のようなモノだと
コレを見つけた時に、ゼノンは説明してくれたんだっけ…
俺が怖いからって、中途半端で終わらせるワケにいかないんだ
他魔にも見せる大切なものなら、尚更に…

ひっくひっくと、しゃくりあげながらも、再び機械針を握り絞める俺を
ゼノンが目を細めて見ている、妙に嬉しそうな、幸せそうな表情で

ヤらなきゃ…最後までヤらないと、言い出したのが俺なら、最後まで責任を取らなきゃ

ONになった派手な機械音が、無機質に鳴り響く………



続く

エロは殆ど無いのですが、こいう演出もたまには良いでしょ???
完全変質者の管理人は、こういうのが結構好きでして…イヂワルすぎるかな?
ライちゃん、こんなのしんどいよね…ごめんなさいです

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