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八重 葎が“思い出した”のは8歳の時だった。


それは、葎が葎と呼ばれる前の存在の記憶。つまり前世だ。

しかしそれは様々な物が幾つもあり、繋がりと言えば記憶だけである。その中で一番古いものは前世の葎の姉と二人でいたころの記憶だった。


――我が儘なんて言える立場じゃないけど、ルイには長生きしてほしい。


後悔と不安を笑顔で隠した姉の表情は純粋なルイこと葎の記憶に張り付いて離れなかった。姉に誓った訳ではないけれど役に立とうと姉に嫌がられようがルイは着いて行こうと決めた。が、ルイはそのすぐ後に流行り病にかかりあっさりと亡くなってしまった。


その次は名前もない親無しの子どもだった。そしてこの次は家はあったが居場所は無かった。アルバと呼ばれ、サイやショウとも呼ばれた。

これらみんなが“葎”であり、次の存在となっても前の記憶を確かに思い出し、これを年の功と言えばしっくりきた。



疲れていないと言い切ることはできなかった。記憶は楽しいことより辛いことが多かったからだ。

死に際を覚えているのはなんとも不思議なもので感覚も恐怖も鮮明だった。怒り狂った人が振り上げる拳や脚は当たれば痛い。足下が狂い屋上から落ちれば恐怖を感じる。理不尽に首を絞められれば疑問と憎悪が生まれた。

漸く“葎”という存在になり、思い出したとき醜い世界を嫌った。


そのときからだっただろうか。葎の周りで奇妙な事が起こり始めた。

ベランダの植木バチに葎の母が植えていたアサガオが枯れた。葉一枚とかじゃなく茎から全てがだ。母は寿命だと言っていたが、葎が水をあげた途端にこうなったのは寿命とは言わないだろう。

このときはまだ植物だったからよかった。


家の近くに野良犬がいた。葎は近所の子どもたちで興味半分で世話をしていて葎に一番なついていた。ある日、いきなり野良犬が葎に吠えるようになったのだ。近づけば構え、触れようとすれば噛みつこうとする。そして、その犬はどんどん老衰していき、最後にはガリガリに痩せて横たわっていた。

アサガオのときのように心に仕舞った。

他のものの可能性を絶つ自分は生きていてはいけないのだと、嫌う世界から嫌われ都合よく感じた。
過労のせいもあって自分の首をかっ裂くためナイフに手が延びるのはすぐだった。そこで簡単に動ければ今回の騒動は起きなかったのだが、葎の全身の力が抜け自分の身体を支える事さえできなかった。

不思議に思っていたが、それは何度試しても同じで4度目にはしょうがないのかと切り替わりが早くなっていた。

葎は仕方なくそれを延期したが、自傷行為はどうしても可能性を感じてしまい止められなかった。

気を紛らすために、姉が組織を建てたのを真似して組織に入った。

下らない仕事の毎日。そんな中、徹に出会った。


夜中、月が照らす静かな帰り道、ある一角が異様な事に気がついた。コンクリートだらけの街中でありえないほど強い植物の香り。目の前の建物は1階の角の部分が異様に真新しい。そこだけ雰囲気が違う。

壁をくり貫いたような穴を誰かが寝蔵にしているようだ。扉代わりに掛けていたのだろうカーテンがあり、それが、コンクリートを突き破って生き生きと生えた雑草の上に落ちていた。

その中には葎と同じぐらいの歳の、ハニーブラウンの髪の男が膝立ちで微動だにしない。

他人に干渉することを好まない葎だがそこに、その人に、惹かれた。


「ねぇ、これ君がしたの?」


雑草やその男の周りだけ真新しくなっている建物を指差す。その男の周りだけ、異様なのだ。ボロボロのコンクリートの建物のはずが、そこだけ真新しく、そして、雑草が生き生きと生えているのだから。
徹は咄嗟に床に落ちているナイフを掴んだ。それは葎が殺気を出し、手を後ろに回しナイフを握っていたからだ。相手の警戒心を研ぎ澄まさせるためにそうしたのは、推測を確定に変えたかったからだ。もしかしたら彼は葎の願いを叶えてくれるかもしれないという。

徹の睨み付ける目に葎は初めて身の危険を感じた。ぞわぞわと鳥肌が立ち緊張で口が乾く。その恐怖を感じている自分に興奮した。

それだけで葎の中で確定する。

「あぁ、そうか。君なら…」

ジリッと徹は身構え足に力を入れた。いつでも反応できるように。

「……ねぇ、俺を殺してよ」

その言葉に徹は拍子抜けして力を抜いた。


葎が願って止まない事を、徹なら、この世界から俺を消してくれると確定した。

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