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「徹っ!!」
衝動的に出た声は驚くほど大きく、ちゃんと徹の所まで届いたようだ。
握っている血で汚れたナイフがピクリと揺れる。栗色の頭が動き、徹の表情が見えた。
「あ、や……?」
驚きと疲れが混じった表情。目を見開いて俺の方を見ている。
自然と一歩前へ出た。徹に近づきたいとただそれだけ思ったから。
「来るな……」
「えっ……?」
「来るな来るな、来るなっ。まだ……まだ、……」
「と、おる……?」
背を向けた徹はあっさり中庭を去っていった。
俺はただただ立ち尽くすしかなくて、どんな理由であれ徹が俺を拒絶したことは、いま徹が隣に居ないことからして事実なんだ。
「彩……泣かないで」
くーたんが俺の頬に触れた。それで泣いているのだと、放心状態で理解する。
ヤバイ、今のはかなりきた。
徹はいつも俺の側にいて、俺の我が侭を聞いてくれて、いつも俺を優先させてくれて。徹に出会って久しぶりに人に依存して離れたくないと感じた。
俺が求めれば徹は隣に居てくれた。今はそれが無い。
「うっ……、っ、ふっ…」
嗚咽が止まらない、吐きそうになる。いま死ぬほど後悔している。俺の、浅はかな考えが招いた結果がこれだ。
身勝手な話、バカな俺はその空っぽの頭の隅のどこかで、徹は俺の隣に絶対いる、と勝手に定義していたのだ。
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