6
漸く露影さんの口が止まったとき部屋の扉が開いて、誰かが入ってきた。
「あきら…」
聞こえるか聞こえないかのか細い声。その声の持ち主を垣間見る。
黒い、それしか表す言葉が無いんじゃないかってぐらい全身を黒に染めた16、17歳ぐらいの少年が扉に手をかけてたたずんでいた。
暗い紺色の髪は目が隠れるぐらい伸ばされ、フリンジを軽く揺らす真っ黒いポンチョと真っ黒いズボン、真っ黒い靴という全身黒い物しか身に着けていない。髪の隙間から少し見えた瞳は色素が薄かった。
「あっ!くーたんっ!おはよぉ!」
露影さんは甘ったるい猫なで声を放つと漸く俺の上から退いてくれた。
「ずっと、起きてた……ごはん、できた」
片言で言うと直ぐに部屋を出ようとするくーたんと呼ばれた彼は露影さんに呼び止められた。
「くーたん!ちょっとこっち来てぇ、彩を紹介するからさぁ!」
扉で時間が止まった様に立ち止まった後、クルッとこっちを向いてスタスタ歩いてくる。
なんかロボットみたいだ。
人に対して失礼だと思いながらそう感じた。
「こっちが今生 彩。こっちがくーたん。はいよろしくー。彩、くーたんって呼んでいいからね。くーたん、彩って呼んじゃダメだからね!」
露影さんはそう言うがなぜそんな権限が貴方にあるのか、いや、あるわけない。
「…彩……」
「酷い!くーたん俺の話、無視!?」
ペコッと頭を揺らすくーたんに小動物を見ている様な感覚に陥る。
「よろしく……くーたん、って本名?」
小さな疑問を投げ掛けるとまたコクンと頭を揺らす。頭をわしゃわしゃしたい気持ちを必死に押さえた。
近づかれて気づいたが、くーたんは俺より身長がでかかった。
「くーたん、くーたん!抱きついてもいいんだよぉ、夢にまで見た彩だよ!」
「…………はい?」
話が掴めない。俺とくーたんは初対面なはず。
「それがぁ、くーたんと彩は初対面じゃないよぉ」
「?」
「本当に覚えて無いのぉ?」
記憶を探っても何も引っかからない。考え込んでいたらクンッと服の裾をくーたんに引っ張られる。ポンチョから出た白く細い腕。
「ごはん……」
グンッと強く引っ張られて体が傾いた。その腕からこんなに力が出るのかと驚いた。
寝室らしき部屋を出て廊下を歩く。扉を3つ通りすぎたらリビングに抜けた。淡いオレンジ色のライトで部屋は照らされている。椅子が4つある食卓にはスパゲティが乗った皿が人数分用意されていた。美味しそうな臭いが充満した部屋にお腹が凹む。こんなにもお腹が空いたなんて久しぶりだ。
「だってぇ彩2日間、寝てたもん」
心を見抜いた露影さんがそれに返事をして椅子を引いて座らせてくれた。
「2日間……?」
そんなに経っていたことを実感するかのように思い出す徹のことを、今は消したい一心で皿に向かった。
「うんー。疲れてたんじゃないのぉ?」
露影さんが向かいに、くーたんが俺の隣に座った。
「いただきます…」
一口食べてその美味しさにスパゲティを口に運ぶ手は止まらなくなった。
「くーたんの料理おいしいでしょぉ?」
コクコク頷くだけの俺にくーたんは足を揺らした。
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