小部屋。(短編) 陽だまり。 夏が過ぎ、柔らかな日差しの差し込む室内は、暖房の効果も相俟って、外の刺すような冷たい風を感じさせない暖かさだった。 テスト勉強の為、と図書館に来ていた和紗と有理は、黙々とノートにペンを走らせていた。 本をめくる音と、絨毯の上を歩く微かな足音くらいしか聞こえない、独特の静けさが室内を満たしている中で、ひたすらに文字を羅列していた。 「有理。」 二人が、開館と殆ど同じ時間に勉強を始めてから3時間程経った頃、抑えた声で和紗が呼んだ。 「お昼、しない?」 「ん――」 有理は、一旦顔を上げる仕草を見せたものの、ぎゅっ、とお腹を押さえた。 「どうかした?」 「……っ、鳴りそ…」 ぐぅ… 微かに、可愛らしい音が和紗の耳に入る。 と、同時に有理の俯いた頬が桃色に染まった。 「…行こうか。」 常に熱っぽい頬を撫でて問いかけると、恥ずかしがりの恋人は僅かに頷いた。 「聞かなかったことにして…」 有理が、図書館の出口辺りで小さく呟いて、触れていた和紗の手を握ると、にっこりと返された。 「ダメ、有理の事は全部覚えとく。」 「いいよ…あんなの覚えなくて…」 力なく言った言葉は、秋の空気に吸い込まれてしまった。 −全部覚えとく− こんなに大切にされて、俺は大丈夫なのだろうか。 幸せな疑問が、有理を包んだ。 ◇ひとだんらく◇ ★前へ次へ☆ [戻る] |