〜hot chocolate〜 3 ホームルームが終わり、相田へメールを送った。 ―――番号をメールしてもらえば良かった…。そうすれば、電話で済ませてもらえたかも……。 そんな事を考えていると、返信が来た。 『正門で待ってて〜』 何故か、最後にハートの絵文字が一つ、踊っていた。 言われた通り、門へ向かう。 しばらく待っていると、相田がやって来た。ただし、校内からではなく…。 「お・待・た・せ」 「いえ…別に…」 ―――待ってない。 「そう?良かった。じゃあ、行こうか」 と歩き出した。慌てて、後を追う。 「あの、何処に?」 「ウ・チ」 「ウチ?」 「人前じゃあ、ちょっと…な内容だから、ね」 寧ろ、人前が良い。出来れば、交番の前で立ち話、にしたい。せめて、どこか、店に入りたい。とにかく、人がいるところがいい。 でも、家なら、家族の目があるから、大丈夫か―――。しかし。 「話って…」 「まぁまぁ、着いてからね」 十五分程歩いただろうか、先を歩いていた相田が、止まった。 「到着〜」 着いたのは、和風のお屋敷。少し前から、沿って歩いていた塀は、この屋敷のものだと気付いた。囲まれた塀の中に、屋敷の二階が見える。 ―――何だ、ここ…。 「さ、入って」 門をくぐっても、玄関が見えない。 先を行く、相田はしばらく敷石に沿って歩いていたが、途中でそれを逸れ、 「ボクの部屋、離れだから」 と庭の方へ曲がっていく。 ―――ハナレ? 後についていくと、そこにあったのは、“立派な一軒家”だった。こちらも和風だが、母屋のような二階はないようだ。 「ささ、上がって」 相田が鍵を開け、玄関を開ける。と、三和土と、上がり框を上がると障子があるのが見える。 相田は、さっさと上がり、障子を開け中に入っていった。祐輔に上がって来いという事だろう、開いたままの障子の向こうに見えるのは、居間、らしい。 相田に倣い、三和土に靴を脱ぎ、部屋へ上がると中に入り、開きっぱなしの障子を閉めた。 「お…じゃ…ま、します…」 居間の右側に襖があって、外観からみて、まだ部屋があるようだ。左手には硝子障子があり、見えた向こう側は雰囲気から台所のようだ。 「はい、カバン」 いつの間にか、傍らに立っていた相田が、手を差し出している。どうやら、カバンを渡せという事らしい。それが、あまりに、自然で、思わず、渡してしまった。渡してから、気付いた。 ―――モノ質、取られた。 時、既に遅く、相田はそれを壁際に立ててある衣桁の下に置くと、掛かっていたハンガーを持って、戻ってきた。 「はい、上着」 今度は、背後に回って、言う。次は、上着を預かる、という事のようだ。 ―――これ以上、取られてたまるか! 「いえ、別に、これは…」 と言っている間に脱がされた。ハンガーに掛けながら、壁に向かった。衣桁に掛ける。さながら、甲斐甲斐しい、新妻のようだ。 「さささ、座って」 戻って来ると座布団を勧められた。 「江井くん、なんか飲む?」 「いえ、要らないです。それより、あの、話って…」 さっさと話とやらを済ませて帰りたい。 が、相田は硝子障子を開け、 「麦茶でいい?」 と台所へ消えていった。 卓袱台に、小さな和風の箪笥。全体に和風にまとめられた部屋は、きれいに片付いている。テレビさえなければ、時代劇で見るような室内は、どこか懐かしい感じがする。本来なら、落ち着けそうだ。 が、今は居心地が悪いったらない。 ―――はっ! 暢気に、部屋を眺めている場合じゃなかった。 この隙に、荷物を手元に! と、腰を浮かした時、相田がグラスを両手に戻ってきた。目が合って、浮かした腰を下ろしてしまった。 相田は、麦茶の入ったグラスを二つ並べて、卓袱台に置くと、座布団を祐輔の隣に並べ、座った。肩が触れてしまいそうなほどの距離だ。 ―――ち、近い…。 ふ…っと柑橘系の香水が香った。ちらりと横を見る。と、相田がこちらをじっと見ている事に気付いた。慌てて目を反らし、麦茶を一気に飲み干した。 重い沈黙が流れる。 ―――失敗した…。 自分が、さして、広くもない家で、いつも、母親がいるから、同じ感覚でいた。こんな、離れだなんて思わなかった。 それでも、来てしまった以上、話を聞くしかない。 「あの…話ってなんでしょうか…?」 「え?話?」 ―――『え?』じゃないだろう…。 「ああ、実はね。最近、ちーちゃんが、つれないのよん」 ―――ちーちゃん…。 そういえば、堂本の名前は千晴だった気がする。 「で、近頃、よく、江井くんと一緒にいるって聞いてね」 [*前へ][次へ#] [戻る] |