〜hot chocolate〜
6
「貸せ」
宿題の内容を告げると、堂本は教科書にさらりと目を通し「ここまでやれ」と文章の長さに応じて、指示を出した。
早速、辞書に手をかけた。すると、
「いちいち、調べてんじゃねぇよ」
と、止められた。
「お前は、馬鹿か」
教科書を見、祐輔が引こうとしていた単語を見つけると、
「ALCOHOLだよ、ALCOHOL。これくらい普通に聞いた事あるだろ」
と、呆れたように、言われるが、発音が良すぎて、読まれてみても、意味がわからない。
「アルコールだ、酒だろ?」
通じていない事に気付いたのか、今度はカタカナと日本語で言ってくれた。
「え…と…、じゃあ」
ノートに『飲み放題』と書き込んだ。瞬間、頭をはたかれた。
「イテッ!」
「何で、『ALCOHOL FREE AREA』が『飲み放題』になるんだよ」
「だ、だって―――」
「お前のレベルなら、一語一句、辞書引け」
「……だって」
「このfreeは“〜なしの”だろうが。“tax free”とか言うだろ?」
「う…」
―――さっき、引くなって言ったじゃないかよ。
「…お前、映画、吹き替えで観てるだろ…」
と、まるで信じられないモノを見たように言われた―――。
何時間も、何十時間も、何日も、と思うほど、時間が過ぎ、終わるのはいつになるかと思われる程あった宿題がようやく終わった。
教え方は、怖かったが、案外、分かりやすかった。
自分一人ではこんなに早く終わらなかった。そもそも終わらせる事が出来たかも怪しい。一応、礼を言わなければなるまい。
「ありが―――」
「やりゃあ、出来るじゃねぇか」
と、堂本がにっと、“普通に”笑った。
「―――!」
いや、“普通”じゃない―――。
“男前”の笑顔。
追い回された時、いたぶられる時に見たのとは違う。
アレに比べたら、爽やかとすら言える。
それでも少し人を小馬鹿にしてるようにも見えるが、顔が整っているだけに、それすら、イタズラっ子のハニカミのようで、格好良さへ変換されている。
「これで、終わりだな?」
「……は?」
こんな風に笑うんだと、一瞬、見惚れてしまった。
「これで終わりかと訊いたんだ」
「は、はい」
―――とにかく、早く終わった。
見惚れてしまった事には気付かれなかったようだ。ホッと胸を撫で下ろす。
「……」
「……」
しかし、微妙な空気が二人の間に流れた。
それを打ち壊そうと、とりあえず、礼を言った。
「あ、ありがとうございました」
「どーいたしまして」
「それじゃ、あの―――」
『帰ってくれ』と言いかけた、その時―――。
「じゃあ、次は俺の番だな?」
「はい?」
「ヤラせろ」
「は?」
「ヤラせろ」
一瞬、意味がわからなかった。もう一度言われて、今度は、固まってしまった。
「次は、俺の頼みを聞く番だろ」
そもそも、宿題を教えてくれなんて頼んでない。
頼んでもいないモノの代償が、“ヤラせろ”。
絶対にイヤだ。
というか、本気とは思えない。
「…イヤです」
祐輔がそう言うより早く、堂本が、すくっと立ち上がった。
どうやら、本気のようだ。
「イ、イヤです」
そう、抵抗を口にするのが精一杯だった―――。
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