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やっぱり君にはかなわない
花京院と共にホテルを出たヒロインは照りつける陽射しのなか、賑わう市場を歩いていた。
「ねぇ、花京院。
どうせだから土産物も見に行ってみないかな?」
唐突にそう言ったヒロインは近場にあった露店を指さす。彼女の示した先にはいかにもインド雑貨という雰囲気のアクセサリー類が並ぶ店があった。
「まったく、
僕たちは遊びに来ている訳じゃあないんだぞ…」
呆れたような口ぶりながら、止めようとはしない彼。それを肯定と捉えたのか、躊躇うことなくその露店を目指すヒロインはどこか嬉しそうだ。
陽の光を浴びてピカピカと光るアクセサリーたちは、どれも彼女の趣味に合いそうなデザインで当の本人は至極嬉しそうな表情を浮かべている。
その横顔を見つめる花京院は視線を商品に移すとそれをひとつのバングルに向けた。彼は緑色の石があしらわれたそのバングルを手に取って眺める。
「兄さんお目が高いねぇ!
そいつァ一点物だ、今なら安くしとくよ?」
陽気そうな商人はニコニコと人のいい笑顔を浮かべて言った。
「え、あ…いや、その」
いきなり話しかけられたせいか、花京院はどもりながら返事をする。
「…はっはーん、
もしかしてあのお嬢さんにプレゼントでも買うのかい?」
花京院の様子に何を思ったのか商人はニヤニヤしながらアキがいる方を指差した。それが図星だったのか花京院はほんのりと顔を赤らめる。
商人は彼のそんな顔を見て楽しげに笑った。
「ハッハッハ、兄さん気に入ったよ!
それ持って行きな」
彼はひとしきり笑った後、それは楽しそうに言った。
「…え、でも」
申し訳なさそうな表情を見せた花京院はバングルと商人の顔を見る。
「花京院、なにかいいものあった?」
少し先の露店にいたヒロインが話し込む花京院を気にして戻ってきた。
「ああ、ヒロイン…!
その、あったって言えばいいのかな…」
彼は落ち着かない様子で商人の顔を見る。商人は楽しそうにニヤニヤと笑っていた。その顔を見て花京院は決意したように口を開いた。
「これ、なんだけど」
彼はそう言って先程のバングルをヒロインに見せる。
「へぇ、綺麗だね。
きっと花京院によく似合うんじゃあない?」
感心した様にヒロインが言うと花京院は少し複雑そうに笑った。
「これは自分用じゃあなくて、
僕から君へのプレゼントなんだ」
ほんのりと顔を赤らめながら彼はゆっくりと言った。そのままヒロインの左手を取ると光を浴びて煌めくバングルをその細い手首に嵌めた。
「…あ、ありがとう花京院」
花京院につられたように赤くなったヒロインはバングルをいじりながら礼をいう。
商人は満足そうにうなづいていた。
その後、二人は露店を離れ市場を進んで行く。楽しげに会話を弾ませていると、ヒロインが不思議な物を見つけた。
「…ん? どうしたんだい、ヒロイン」
花京院は足を止めた彼女の視線を追いかける。彼らの視線の先には、日陰の中に一人の少女が立っていた。
「何やってるのかな? 行ってみよう」
ヒロインはそう言って花京院の手を取ると歩き出した。彼女にとっては何のことはない行動なのかも知れないが、気になっている女性に手を取られた彼は心地よい胸の痛みに再び頬を赤らめた。
ヒロインはそんな花京院の様子に気が付く事もないのだろう。その視線は真っ直ぐ少女を見つめている。
日陰に入ると少女が何をしていたのか明らかになった。彼女は小さな花束を売っていた。
ヒロインは花京院の手を離すと足早に少女へ歩み寄る。彼は名残惜しそうな面持ちで離れた手のひらを見つめた。そして軽く息をつくとヒロインの隣に立つ。
「日に当たると花がしおれちゃうからここで売ってるんだって」
少女の売る花を愛しそうに見つめながらヒロインは言う。
「1つ買わせてもらおうか」
花京院は少女に笑いかけると言った。彼女は嬉しそうに笑うと、ありがとうと呟いてその小さな花束を差し出した。それを受け取った花京院はその花束をヒロインに渡す。
「君に似合うんじゃあないかと思ってね」
彼女は丁寧な手つきでそれを受け取り、困った様に笑いながら
「ハハハ、お世辞はよしてよ」
と言った。
「私なんかより…」
いたずらっぽい笑顔を浮かべたヒロインは胸に抱いた花束から一輪抜き取ると、少し背伸びして花京院の耳にかける。
「ほら、花京院の方が似合っているよ」
満足げな面持ちで花京院を追い越していくヒロインを彼は髪と同じように赤く染まった顔で追い掛けた。
「ああ、やっぱり君にはかなわない」
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