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蔵の中 7



まだ感触が残っている。
下宿先の天井を眺めながら自分の唇を何度もなぞった。

夜のしんと静まり返った中に、クラウドの吐息を探す。
此処に居るはずのない彼の乱れた呼吸が耳に響き、闇に浮かび上がる白い肌が瞼の裏で何度も再生される。
恋しい。
彼に会いたい。彼の低い声を聴きたい。
彼に触れたい。彼の瞳が涙に潤むのを見たい。

週末になれば彼の元へゆける。
たった数日がこんなに長く感じるなんて。
夜が深まれば、自然と意識はあの日の行為へと回帰してゆく。
毎夜、俺の脳裏でクラウドは組み敷かれ、苦痛と享楽に顔を歪め、喘いだ。


自分と彼の血縁関係を知って衝撃を受けたのはつい先週のことだ。
クラウドは俺の叔父だった。
しかし、祖父の顔も知らない俺の中では、彼の身の上話はまるで夢物語のように影を残して美しくすら見えた。
クラウドも俺を拒む事はない。
俺にとっては、彼との行為の方が余程現実味があった。
二人の血の濃さは、背徳的な甘美さで俺の心の暗い情炎を焚きつけるだけだった。

そして、夢の中でさえ俺はクラウドを抱く。
朝になっても現へ戻ってこられないまま、彼の影を追う。
俺は一体どうしてしまったんだろう。近所の女の子や、学校の先生に恋心を抱いたときでも、こんなにも相手を想うことなんてしなかった。
肉体が結ばれたことが思考に深く作用しているのだろうか。


この週末も、ほとんどの時間を蔵で過ごした。次の週末もそうするだろう。
姉も疑問に思っているのだろうが、別段咎め立てもされなかったので俺には気にならなかった。

まるで虜だ。止められない。彼は麻薬のようだ。
自嘲を含んだ心中の呟きまでが甘く響いた。






週末の最後の授業が終わると、俺は鞄を抱えて夜汽車に乗った。
明け方には町に到着する。玄関で、いつもクラウドの世話を頼んでいる年老いた女中が迎えてくれる。
父は相変わらず留守で、姉はこの週末はこちらには来れないそうだ。
朝食を勧める女中に「車内で食べた」と言って断った。


「クラウド」


そっと声をかけらる。
数冊の本を手に蔵の扉を開けたが、いつものようにそこに姿はなかった。
朝早すぎたのでまだ眠っているのかと、足音を忍ばせて階段を上った。
窓を細く開けて外の明かりを取り込み、布団の上で彼は本を読んでいた。


「ああ。おかえり、スコール」


ゆっくりと振り返る。
頬山が影を作り、唇が何かもの言いたげに薄く開いている。その唇から吐息が漏れた。
彼が感情を面に出すことは少ないが、その瞳は雄弁に俺に語りかけてくれる。無事に帰ってきた事を、彼も喜んでくれている。
俺は衝動を抑え切れず、数歩で間を詰めて伸ばした手で彼を捉え、引き寄せた。
その拍子に崩れた膝が着物の裾からのぞき、それを整えようと白い脚がなまめかしくもがく。
彼が起こすほんの僅かな動作にまで神経が反応するのをどうにか抑えて、俺は努めて穏やかに声を掛けた。


「体は大丈夫だったか?」
「平気だ。そんなに柔じゃない」
「こんな朝早くから本を読んでるのか?」
「いや、いつもは寝ている時間なんだが」


昨夜はなんだかよく眠れなくて、と言う彼の背中をゆっくりと撫でると、ひくりと手に振動が伝わる。
それが自分と彼との距離の近さを証明しているようで、俺は繰り返し背骨を確かめるように触れた。


「スコール、あれは?」


彼が指差す方へ向くと、階段を上ったところに乱雑に床へ置かれた本。
上がってきたときに俺が置いたものだ。


「ああ、あんたに土産だ」
「ありがとう」


いそいそと俺の傍を離れようとする体を、無理矢理に引き留める。
俺は今どんな顔をしているのだろう。もしかして子供のような顔をしているのではないのか。形振り構わず、必死で。
無表情にじい、と見つめられて段々恥ずかしくなってきた俺は、居たたまれず視線を外した。
ふ、とクラウドが笑った気配がした。


「…今日はやけに甘えん坊なんだな」


長い腕がしなやかに伸びたと思うと、頭を撫でられた。
ふわりとした重みにぬくもりを感じたのも確かだったが、俺はその手を掴まえた。


「子供扱いするな」
「おや、違ったか?」
「俺が子供かどうか――」


あんたのほうがよく知っているだろう、とそのまま寝床に押し倒す。
青い瞳が見上げている。
その視界を覆うように唇を落とした。


「…クラウド」
「なんだ?」
「なぁ、クラウド」
「うん?」
「……しても、いいか?」


俺は相当に切羽詰った顔で言ってしまったようだ。
彼は目で笑い、また手を伸ばしてきて、今度は頬を撫でられる。
それを諾と受け取って唇を落とした。


文字通り。
俺はクラウドの身体に溺れていた。









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あきゅろす。
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