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アンドロイドCloudは電気羊の夢を見るか?E




俺の隣で、俺を呼ぶ優しい声がする。


「スコール」


こんな時と場合でなければいつまでも聞いて居たいような、耳ざわりのいい声だった。


「あんたって、意外と往生際が悪かったんだ」


声の主はもちろんクラウドだ。
デフォルトの無表情とは裏腹に、彼は可憐なプリンセスラインワンピースのふんわりした裾からすらりと覗く足を斜めに流して座っている。
元の色そっくりのエクステをつけて伸ばした髪は、動くたびにさらりふわりと揺れ、グロスに彩られた唇は誘うように光っている。
本当にこんな時と場合でなければ、ジッと眺めていたい光景…かもしれない。


俺達は今、セルフィがガーデンで手配して来た車で、ルナポイントに向かっているところだ。
クラウドの言葉に、助手席のセルフィと運転手のアーヴァインが同調して言う。


「はんちょはさー、何が不満なワケ?」
「そーそー。こんなに美人の奥さんを隣に乗せてるって言うのに、なんだって仏頂面なんだか」
「うるさい!前だけ見て運転しろ」
「うわ、こわっ!スコール、こわっ!」
「はんちょってば、独占欲のカタマリ。やーいヤキモチ妬き〜」
「誰がだ!!」


そんなモノじゃない。
さっきからアーヴァインは、バックミラーでチラチラとクラウドを盗み見してばかりいるのが、鬱陶しくてムカつくだけだ。
そんな奴らを見ないように窓の外に目をやって、俺は苛々と足を組んだ。


「……はぁ…なんで俺が…」
「理由ならさっきセルフィが」
「はんちょ、人の話くらい聞いたら?」
「聞いてた!」
「んじゃ、忘れたの?後遺症って言葉、便利だよねぇ〜」
「覚えてる!」


独り言のつもりで聞こえないように呟いた言葉を、わざわざ拾って二人が話しかけてくるのもムカつく。


「もー冗談だってば。車内を明るくしようとしてるだけなのにぃ。
はんちょ、機嫌悪すぎ」


誰の所為だ!と怒鳴りたかったが黙っていた。

クラウドの『お願い』から数日後、セルフィはあれこれ手配が整ったことを告げて俺の所に来た。
厄介者を背負い込んだ気は十分していたが、助けられた恩もあったから断るという選択肢はどうしても出てこなかった。
この数日間、クラウドを部屋に置いておいたが、その間の俺の心労はただならぬ物だった。

……主に夜だ。



最初の日の晩。
どうにもこうにもソワソワと落ち着かなかった。クラウドがいるというだけで、自分の部屋なのに他人の部屋のような気さえする。
それでも平気な顔を保ちつつ時間だけが過ぎ、そろそろ休む時間になってちょっとホッとした。
さて、クラウドをどうしよう。まさか、一緒にベッドに入れる訳にもいかないだろう。
ソファーで休めばいいかと彼に訊くと、自分は眠らないから立っててもいい。何も必要はないと言う。
ここでも、ああ機械だったんだっけ、と頭の中で繰り返してしまい、どうにも機械に見えないクラウドに困った気分だった。

『おやすみ』と彼に言って、そそくさとベッドルームのドアを閉める。ハァ…と大きなため息が出た。
部屋を暗くしてベッドに横になっても、なかなか眠りは訪れてはくれなかった。
ゴロゴロと寝返りをうち、それでもしばらく悶々とするうちにウトウトとしたのだろう。
気がつくと、誰かがそっと俺に触れていた。


覚醒し切れず、身体が動かない。
……でも嫌な触れ方じゃない。この手は、俺に害を為すものではない。
だから安心していい。

優しい…温かい手――えるおねえちゃん?
髪を撫でて、頬に触れる……。
……?…??


「っだああああッ!!!」


首筋を甘噛みされて、スコールは悲鳴をあげた。
ベッドがぎしと音を立て、枕元のライトがパチと点く。
そこには案の定、クラウドがベッドに片膝をついて俺を覗きこんでいた。
俺のシャツ1枚を羽織り、裾から覗く素足がなまめかしい。


「な、な、ちょ、ちょ、まっ、ま…っ、た!!」
「言葉を喋ってくれ、スコール」
「待てェ!!何してるんだ、あんたは!?」
「なにって…」


仕事だ、と言いながらクラウドは俺のシャツに手をかけようと、上に圧し掛かってきた。
擦り寄ってくる華奢な身体を押し止め、引き剥がそうともがく。
だが、どんなに力を込めても彼はビクともしない。


「だっ、だから、ちょっと、待て!!」
「どうして?」
「どうしてもだ!!クラウド、落ち着け!!」
「落ち着いている。あんたの手はこっちだ」


クラウドはそう言うと、俺の手を取って自分の太ももに置いた。
ヤバイ。手に吸い付いてくるような柔らかい肌だ。その上、動いた拍子にクラウドからふわりと甘い匂いがする。
陥落しそうになる理性が警笛を鳴らす。
身動きできずに固まっていると、クラウドの手が俺のシャツを剥ぎ取ろうとボタンにかかった。


「スコール…しよう?」
「ク、クラウドーー!!」


叫んで。
理性を総動員して太ももから手を離し、語気を強めて、肩を思い切り押し返した。
クラウドは小首をかしげて俺を見つめている。……くそ、可愛いじゃないか。
何て言って断ればいいか、という気持ちと、ちょっとくらいならいいかも勿体無い、と思う気持ちが鬩ぎ合う。
自分に気合を入れるために、グッと腹に力を入れて声を出した。


「待て。なぜこんなことをするんだ」
「仕事だと言ったが」
「なんの仕事だー!!」
「ああ。ラグナに言われたんだ、どうせならスコールの世話をしてくれって。
でもあんた、何も命令してくれないだろう。だから、せめてこれぐらいはしないとな」
「するなーー!!
あのくそオヤジがー!!」


俺を試しているのか!?と激昂していると、クラウドは俺の胸にゆっくりと身を寄せて、温かい頬をすり寄せてきた。


「本当にしないのか?
俺じゃダメ?役に立たない?」
「ち、違う。そうじゃない。あんたの所為じゃなくって…。
ええと…その…ただ…今日は、いろいろ、あった、から…っ」


潤んだ蒼い瞳で見上げられると、散々あちこちに揺さぶられた理性をまた総動員しなくてはならない。
俺の眉間には盛大に皺が寄った。


「わかった。今日は疲れてるんだよな。
困らせて悪かった」
「あ、ああ。…そう」
「おやすみ、スコール」


クラウドはスイと身を引くと、音も立てずに部屋から出て行った。

――脱力。
俺は、そのまましばらくベッドの上で身動きができないほど疲れていた。

その後、文句を言うために携帯でラグナを叩き起こした事は言うまでもない。


翌朝もう一度、今度はキロスさんに代わってもらって事実確認をしたが、おおよそクラウドの言っていた通りだった。
キロスさんと話していた後ろで、ラグナが『クラちゃん助けてやれよ〜』と叫んでいるのが聞こえた。
『……こっちが助けて欲しいくらいだ』と思いながら電話を切った。






そうして、眠れない夜を過ごした数日が過ぎ、セルフィからの連絡が来た。
こんなに嬉しかった事はない。それと同時に、本当に寝不足で疲れ切っていた。

マンション前に着いたセルフィから、荷物を持って33階まで上るのはムリだから降りて来て〜と連絡が入り、俺とクラウドは下まで行った。
マンションの前にはバカでかい黒塗りの車が停まっていた。
一昔以上前に、すでにクラシックカーと呼ばれていた代物だ。まぁ、それは外装だけで中身は高性能なんだろう。
大きく手を振るセルフィの右手には、どこで手に入れたのかルナポイントのIDカードが2枚握られ、後部座席に大きなボストンバックとスーツバックが置いてあった。
セルフィがクラウドに飛び付き、元気だった?だ、美人だ可愛いだと、アレコレ早口で捲くし立て出した。
内容に耳を傾けようとしていたら、運転席から降りてきたアーヴァインが荷物を指差しながら俺に言った。


「IDカードだけは身に着けっぱなしにしててくれってさ。忘れるとどこにも移動できないよ。
あと、この荷物は後で使う物だからね」
「なんだ?」
「なんだ、って変装用具だよ。そのままで入れる訳ないでしょ。
あと、クラちゃんにはいろいろ施さないといけないそうなんで、ラボに移動するからね」
「ラボ?…まさかと思うがオダインか?」
「まーまー、嫌なのはわかるけど、質問は後にして。
とりあえず車に乗ってくれよ。それでなくても目立ってるんだから」


アーヴァインがそこまで言うか言わないかのうちに、俺はいつの間にか近づいていたクラウドに、襟首を掴まれて車の後部座席に放り込まれた。
それが今から半日ほど前のことだ。



「はんちょ、説明したじゃーん。
結婚式終わってそのまま新婚旅行に旅立つカップル、ってことでやるよって」
「…莫迦にしてるのか」
「いやいやいや! そりゃ、ベタだよ?コテコテだよ?
けど、ここ最近の金持ち連中の流行りなんだってさ」
「そ〜そ〜、世の中は平和だから、新婚旅行は宇宙に行こ〜!みたいなのがブームらしいよ」
「……そんなもの聞いたことがない」
「選ばれた一部の金持ちしか知らないんじゃない?
でも、セキュリティだって、クラちゃんみたいな美人連れてれば、そっちしか見ないで騙されちゃうよ、絶対!
なにせ、ルナポイントは機械厳禁。検査員は生身の人間だからね」
「……くそっ」


面白くないな、と小声で呟くと、クラウドがジッとこっちを見つめていた。

クラウドは、この案が持ち上がったときから一言も異論を唱えることなく、言われるままに女装している。
その上、会った時から白いと思っていた肌に、X線の非透写フィルムを貼っているので、肌がほんのりとパールがかって白く輝いて見える。
このフィルムは、裏でもまだあまり出回っていない、オダインの小遣い稼ぎの品だとアーヴァインは言っていた。
否透写で機械に見えない上に、センサーに対してもごまかしが効くというのだ。どういうカラクリかなんて、わかるわけないが。
そこにさっきのとおりの薄化粧だ。
黙って隣に座っていると、ただの美少女だ。いかにも華奢に、可憐に、儚げに、たおやかに、見えてしまう。
考えると頭が痛い。

そんな間にも、クラウドは俺をジッと見つめている。
その無表情の中の大きな瞳は、喋るよりも多大な威力で俺を責めてくる。訴えかけてくる……気がする。(俺の被害妄想かもしれないが)

エアリスという女性が誰より一番大事だ、とクラウドが思ってるのは解っている。
が、なんだかスッキリしなかった。なんだか妙に胸がモヤモヤするのだ。

思いに沈み込む前に、セルフィが声をかけてきた。


「お二人さん、そろそろゲートハイウェイに乗るよ〜」
「スコール。決心はついた?」
「…るさい。やらないとは言ってないだろう」
「あー、安心したね、クラちゃん!」
「どれだけ信用ないんだ、俺は」


クラウドに、なにか言われたら『何もわかりません』って顔で笑ってろ、とだけ言った。
それまで無表情だったクラウドは、お人形のようにニッコリ綺麗に笑って、はい、と返事をした。
それに見蕩れたアーヴァインが橋脚に突っ込みそうになって、怒ったセルフィに突っ込まれていたので、俺が彼に見蕩れ切っていたのは気づかれなかった…筈だ。








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