[携帯モード] [URL送信]
アンドロイドCloudは電気羊の夢を見るか?A




「はっ…あんたっ、ホントに機械、だったんだな?」
「さっき言っただろう」


数百メートルをダッシュで駆け通して、さすがに息を弾ませながら俺がそう言うと、彼は怪訝そうに言い返した。
疑うのは当たり前だ。
俺が今まで見たどんな高級な機械ともまるっきり違うのだから。


「疲れたか?」
「いや、疲れてなんか、っ……うわっ!!」


振り向いた青年のその顔を見て、なぜか目が離せなくなった俺は、足元の段差に気が付かず思いきり転びそうになった。
その俺を少年の手が軽々と引きあげて、その場で止まった。


「大丈夫か?」
「あ、ああ…」


彼の手にぶら下がってるなんて、なんて情けない図だろう。
俺はゼイゼイと荒い息をなるべく堪えて、彼と繋いだ手を離した。
その場にへたりそうになって危うく踏みとどまり、汗ばんだ額に手をやる。
彼は息一つ切らしてはいない。
握られた彼の手はひんやりと冷たかった。


「あんなことして、いいと思ってるのか?」
「ああ。構わないんだ」


息を整えながら訊くと、少年はちょっとだけ唇の端を上げた。
その、わずかな笑みと端整な顔から目が離せない。


「アレは俺よりもランクが下だ」


ああ、そうか…と、俺は思い出した。


もう何十年も前の話だ。
退廃した人類が機械たちに支配されることを恐れて始めた戦争は、機械帝国の圧倒的勝利に終わった。
それからというもの、大量の機械が町中を覆いつくしてしまった。
あわや人類はこのまま機械に征服される、と思ったが、機械は敵も味方もなく人間の間に混じって住み着いてしまっただけだった。
今までどおりに人間の命令を聞いたり、人間の世話をしている機械も多い。
人類もそうして世話をされることに慣れ切っていた。
戦争の原因なんてすっかり忘れ、それをすんなりと受け入れてしまったそうだ。

しかし、街に蔓延った機械の住人たちだけに限っては、絶対的な階級制度があった。

『性能が上の者は、下の者を自由にしてもいい』

つまり、自分よりも劣っているマシンを破壊してしまうことも可能なのだ。
彼の性能は、人間そっくりの外見や言動からも分かるようにかなりのものなのだろう。


そうして興味のままジロジロと見てるのもおかしい気がして、改めて周囲を見回した。
すると、飲料の自販機が向こうを通りかかったので、呼びとめて水を買った。
近くの崩れた塀に座り、ゴクゴクと半分ほどを流し込む。
いるか?と目で訊くと、首を横に振られて『そうか機械だったんだよな』と改めて思った。


「惜しかったな」
「なにが?」
「煙草、欲しかったんだろう?」


座って水を飲みながら、突っ立ったままの少年を見上げ、『そんなのスッカリ忘れていた』と言ったら彼は可笑しそうにクスクスと笑った。
なんだ、機械でもちゃんと笑えるんじゃないか。


「あんた、名前は?」
「型番?それとも認識番号か?」
「いや、そうじゃなくて…」


俺が言いよどむと、少年は言った。


「クラウド、だ。
俺を創った人がそう呼んでいた」
「そ、そうか。俺はスコールだ」
「スコール」


普段、俺はこんなにすぐに人と馴れ合う事はないのに、なぜか彼とは普通に話している。
あまつさえ、離れ難さまで感じていたりする。
そんな自分を不可解だと思いながら、俺はもう一口水を飲んだ。


そうしているうちに息も整い、さて帰るかと立ち上がった俺は、足首に鈍い痛みを感じた。
どうやら、さっき転びそうになったときに足首を軽く捻ったらしい。
その時、パトカーのサイレンが遠くで聞こえた。
ぐずぐずしているとマシン警察がまた追いかけてくるかもしれない、と気づいて少し焦った。
早めにここを離れた方がいい。幸い、家も近い場所だ。
まぁ、歩けなくはないが、先程のように走るのは無理だろう。

俺の部屋は、スラム化した高層住宅が林立した一角にある、120階建ての33階にある。
機械との戦争や、人類全体に広がった無気力で街は荒廃して廃墟街のようだが、慣れれば住みやすいものだ。
ただ、随分前からエレベーターも故障したままで、毎回33階まで階段を登らなければならない。
さすがにこれはツライ。
が、もっと上の階の連中はあまり見かけた事がない。いったいどうしているんだろう?


「スコール、大丈夫か?
俺が無理に引っぱって走らせたから…すまない」


クラウドが覗き込んできた。


「違う。自分で捻ったんだ」
「家まで送る」


声とともに、クラウドは俺の前で背を向けて屈みこんだ。


「や、やめろ」
「だって、急ぐんだろ?
嫌じゃなければ…」
「嫌だ」


冗談じゃない。俺は即座に断った。
クラウドは立ち上がり、微妙に困った顔をして『そうか』と言った。
つっけんどんに言い過ぎた、となんだか少し気が咎めてしまった。


「……立てるし、自分で歩ける。
背負わなくていいから、肩を貸せ」
「わかった」


俺はため息混じりに言った。
クラウドが屈みこんで俺の腕を肩に回す。その手はやっぱり冷たくて、一瞬ピクと手が震えてしまった。


「ごめん。冷たかっただろ。さっきもだ」
「平気だ。そうでもない」
「今、体温上げるから」
「いらん」


スコールが立ち上がりながら、あっちだと道を示し、二人で歩き出した。
『冷たい』と言われた彼の手が肩が、自分の体温でほんのりと少しずつ温まっていく。

(機械でも温かいじゃないか…)

そう感じながら、二人の体温が同化していくようでなぜかちょっと嬉しくて。
クラウドのほっそりした肩の感触に、体温が急に上がったのが自分でもわかった。
それを誤魔化すこともできず、俺は部屋につくまでの道を黙々と歩いた。









[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!