[携帯モード] [URL送信]
卒業 〜そういう風にできている〜




あの人が卒業する。
いや、した。
さっき、いつもの無表情のまま壇上で卒業証書を受け取っていた。




俺の学校生活は、入学してからのこの一年、ずっとあの人と一緒だった。
この屋上で、あの人の可愛い寝顔を見たり、一緒に昼飯食べたり、告ったのもここだし、イケナイことだって何だって。
あの人が居ない学校なんて想像も出来ない。


「……どうすればいいんだ」


思わず、ため息と一緒に心の声が口をついて出てしまった時、ギギィと重い屋上扉が開く音がした。
振り返ると、息を切らしたクラウドが卒業証書を片手に立っていた。


「なんだ。こんなとこに居たのか」
「あんた、戦いは終わったのか?」


あの人は「撒いた」と一言だけ、感情のこもらない声で言った。
なんだかいつもと違って制服が着崩れている、と思ったらブレザーのボタンが前から袖口のまで全部なかった。
思わず、俺の眉根が寄る。
クールな美人で通っている裏で、掛け値なしに可愛いこの人は、どうせ最後だから怖いものなんて何も無いという男女の群れに追っかけ回されていた。
普段は俺が睨みを利かせていた分、隠れファンも多かったのだ。
一緒に写真だの、第二ボタンだの、ネクタイだの。挙句にこの綺麗な髪まで毟られそうになっていた。
最初は面白がってそれを眺めていたが、あまりにも苛々して来て屋上に逃げた。
嫉妬だ、もちろん。



「卒業おめでとう」

棒読みで告げたら、クラウドは苦笑した。


「心こもってないだろ」


そりゃそうだ。めでたいなんてこれっぽっちも、爪の先程も思ってない。
留年すれば良かったのに。
それもあと2年居てくれれば一緒に卒業できるのに。


「酷い格好だな」
「ああ。でも、シャツのボタンは死守したぞ。
それにしても、俺のピンチに助けにも来ないなんて、薄情なヤツ」
「助けなんていらないだろうが」


余裕でかわして、ボタンだってネクタイだって最終的には自分から人にあげてしまったくせに。


「そうだ。折角だからあんたにやる」


クラウドは、ポケットからブレザーのボタンを出して俺の手に乗せた。第2ボタンなんだろう。
俺はそれを突っ返した。


「いらん」
「…可愛くないなぁ」
「可愛くてたまるか。
こんなものがあったって、あんたが居なきゃ意味が無いんだ」


しまった。
今、ポロッと本音を言ってしまった。言うつもりなんて、無かったのに!
クラウドを見てみると、いつもの無表情を崩して悪い顔でニヤニヤしている。綺麗な顔が台無しだ。


「ふーん、寂しいんだ」
「は?」
「俺が居なくなったら、あんた寂しいんだな」
「…たいした自惚れだ」
「スコール、さっきの撤回する」
「さっきの?」
「可愛くない、って言ったやつ」
「え、」


ちゅ、と音を立てて、クラウドからキスされた。
うわ、と危うく声が出そうだったのを我慢していたら、彼が背伸びをして俺の首に手を回してくる。
だめだ!固まって動けない。破壊力がありすぎる。


「あんたのそういうとこがいい」


耳元で囁かれた。
くそ!そのタラシ術は何処で身に付けたんだ!
さっきまでの俺のセンチメンタルを返せ。


「どうした、スコール」
「はぁ……」
「疲れてるな」
「誰の所為だ、誰の!今日で先輩って呼ぶのも最後なんだぞ!」
「あんた今までに俺のことを『先輩』なんて呼んだことあったっけ?
それに――」


2年経ったら好きなだけ呼べるだろう、とクラウドが言った。


「どうせ俺と同じ所に来るんだし」
「……は?」
「何だ、その不思議そうな顔は」
「…い、いや…」


言葉に詰まると、クラウドがムッとして俺を睨んできた。


「ああそうか。あんたは、卒業してこれで終わりだとか思ってたんだ?
あーあー、そうかそうか。わかったよ。
スコールにとっての俺なんて、そんな簡単に切れるものだったんだ」
「違う!そんな訳あるか!!
俺は本気であんたを――」


焦って言い返そうとしたら、クラウドがふわりと綺麗に笑った。
その笑みに見蕩れて、お世辞にも働きがいいとは言えない俺の言語中枢は、またぷつりと切れてしまう。


「だったら2年ぐらい、そんなに悲観しなくてもいいじゃないか。
あんたの人生は俺のものだって決まってるんだから」
「お、俺のもの、って…あんた」


開いた口が塞がらないとはこういう事を言うのか。

『何、人の人生勝手に決めてるんだ!!
お前のものは俺のものって、あんたはジャイアンか!?
その台詞、俺があんたに言ってやりたかったのに!』

と思ったけれど、言わずに飲み込んだ。
この人と一緒に居れるものなら、ずっと一緒に居たいのが本音だからだ。


「俺のこれからは、全部あんたのものなのか」
「……嫌か?」
「まさか」


あんたの全部も俺のものなんだろうな、と訊いたら。
俺の美しきジャイアンは笑って「それはどうかな」と言った。

目下の心配事は『それならどこまでも追いかけてやる』なんて納得している俺の頭の中の花畑である。







fin.


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!