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2011 Christmas





カップルで賑わう街を、俺は一人で歩いている。
街路樹に飾り付けられたライトは自分にはあまりにも眩く、つい俯いて歩いてしまいたくなる。

今日はクリスマス・イヴ。
みんな誰かと過ごすために待ち合わせの場所に急ぐか、家路を急ぐかしているのだろう。嬉しそうにプレゼントを抱えて、あるいはケーキやシャンパンを持って。

今まで、クリスマスが寂しいだなんて思った事なかった。
幼い頃は母と祝ったし、母が他界してからは一人が当たり前だったからだ。
それなのに、なぜか、どうも一人の部屋に帰る気もしなくて、仕事の上がりにこうしてフラフラとこんな賑やかな場所に来てしまっていた。
周りは手を繋いだカップルだらけだ。

ああ、やっぱり帰ろう。
本当に俺には場違いだ。寒いだけじゃないか。
話題のクリスマスツリーを見ようなんて考えるんじゃなかった。

クルと振り返って駅への道を急ごうとしたとき、俺を呼ぶ声が聞こえた。


「クラウド?」


その懐かしい声はただ一人しかいない。
彼が立っていた。以前と変わらない姿で。





スコールと会ったのは、駅の近くの予備校だった。俺はその時、講師のバイトをやっていた。大学二年だった。
それまでコンビニや居酒屋でバイトしていたけれど、夜番はキツイので辞めたくてしかたなかったところに、友人に紹介してもらったバイト先だ。
少人数制のアットホームな雰囲気で生徒や同僚たちの性格もよく、塾長にも気さくに相談したり色々話せたりできたので気に入っていた。

でも、スコールの第一印象はハッキリ言って最悪だった。
初授業で緊張しまくりだった俺に、言い間違いを指摘してきたり、こっちをチラとも見ずに違う教科のテキストをやっていたりした。
他の講師に聞いたが、スコールはいつもそんなものなので気にしなくていい、と言われた。
教えなくても何でも出来る生徒なので、なぜ此処に来てるんだろう?という感じだった。

でも、事務室から見える教室で授業を受けている彼は、悔しいがちょっとだけかっこよかった。
こう、制服のはずなのにビシッと着てるから、できるエリートって感じで。
女子高生や女の講師にムチャクチャ人気もあったけれど、一線引いてるから近寄るな、って雰囲気出していた。

目つきが悪くて無口で冷たそうで、でも話してみるとそうでもなかった。
とにかく、しばらくすると俺だけにやたら絡んできた。
仏頂面しながらも、言えば何でもしてくれて面倒見が良かった。
あんなに大人っぽく見えたが、ちょっとからかうと実はすぐムキになったりする。そこがなんだか楽しくて話せるようになって、いつの間にか授業の合間の遣り取りが楽しみになってた。

そうしてるうちに、なんかでっかい犬っころみたいだ、と思った。
そうしてるうちに、なんか付き合ってしまっていた。


俺は男が好きだったわけじゃない。
でも、告白されたとき、スコールを嫌だなんて思わなかった。全然抵抗なかった。
まぁ、あんたがいいなら俺もいいかな、って思った。
付き合い始めて、彼の部屋に行ったり俺の家に来たり、一緒に遊びに行ったりしていた。旅行も何度もした。
すごく楽しかった。


……そう言えば、なんで別れたんだっけ?







「……ス、スコール?」


俺は真っ白になってしまった頭で考える。
なんで?なんでこんなところにスコールがいるんだろう?


「久しぶりだな、クラウド」


本当に久しぶりに見るこの人が、周囲のライトアップと同じようにちょっと眩しく感じた。


「あんた、一人なのか?」
「あ、ああ…まぁ。スコールはデート?」


そう自分で言って。
ズキリと痛みが走った。
スコールには彼女がいるはずだ。だって、いないわけがない。


「あー…。実は、俺も一人なんだ」


スコールは困ったような顔をして俺を見た。


「だから…今晩ヒマなら食事でもどうだ?」
「え!?」


ビックリした。
だって、今日はクリスマスだ、それも一番盛り上がるイヴなのに!?


「か、彼女は!?居ないわけないだろう?」
「終わったんだ。ちょっと前に」


あまりに驚いて大きな声を出してしまった俺に、周りの人たちがチラッと冷たい視線を送って通り過ぎて行った。
スコールは苦笑を浮かべながら、俺のほうに身を寄せ、小声で言う。


「実は、今日イヴだろう。煩いこと言われるから、バイト代つぎ込んで食事もホテルも予約してたんだが、今更キャンセルできなかったんだ。
もうこうなったらヤケだ、一人で行ってやろうと覚悟決めたところに、ちょうどあんたがいた」
「…そ、そうか」
「ああ。俺をちょっとでも可哀想だと思ったら、食事ぐらい付き合ってくれ」


ここは全部おごるから、とスコールに微笑まれて、返事をしないうちに腕をとられて歩き出した。



ものすごく豪華なフレンチを食べた。
案内された場所は、なんと星の付いた高級フレンチ店の、それも個室だ。
なんで学生のスコールがこんな所に?と思ったが、そう言えば彼の家は所謂上流階級ってヤツだったんだっけ…と思い出す。
こんなところ入った事なくて、でも彼にビビッてるのを見せるのも癪だから、なんとかいつもの無表情と言われる顔をしていた。

シャンパンで乾杯して、一口サイズのキャビアのパイオードブルから始まって、手長海老のポワレを食べて、温野菜と温製フォアグラを食べて、夢カサゴとか言うわけの分からない名前の名前の魚を食べて、鹿肉グリエを赤い実のソースで食べて、フランス産のチーズを食べて。
とにかく最後のクリスマスデザート盛り合わせとコーヒーまで食べまくった。


「これ美味いな」
「よかった。こっちもいけるぞ、食べるか?」
「え。いいの?」
「いいに決まっている。
あんた、相変わらず細いんだからもっと食べたほうがいい」
「言われなくったって食べてる。
そうだ、デザート、いらないなら貰ってやるけど?」
「なんか偉そうだな、あんた」


シャトー何とかっていう高いワインも飲んだ。
一瞬、楽しい時間に以前のようだと勘違いもしたくなったが、あの時以上に大人っぽくなって、こういう場所が似合うようになったスコールを見て、あの時とは違うんだと実感する。

スコールは、機嫌がよくてよく喋った。
あれからどうしていたかとか、今は何をしているかとかじゃなくて、他愛もない取り留めもない話。
クラウド、と俺を呼ぶ声の響きが気持ちよかった。
俺も、個室だったから周囲の視線を感じなかったし、お酒のおかげもあって会話はスムーズだった。
変なこともなかった、と思う――男二人でクリスマスディナーってのを除けば。




ほろ酔い加減で店を出た。
イルミネーションで混み合う人ごみの中を歩く。
なぜか二人とも無言だった。
店ではあれだけ饒舌だったスコールも、いつものように黙り込んで、並んで道を歩く。

…なんか話して欲しい。
じゃないと、俺が…俺が変なことを言ってしまいそうだから。


「…なあ」
「…うん?」
「…今、どうしてる?」
「…どうしてる、って?」


スコールが立ち止まった。
ああ、彼の澄んだ瞳が俺を見ている。


「…今、どんな奴と付き合ってるんだ?」


なんだ、それは。
真剣な顔でそんなこと聞いてどうしようって言うんだ。
心臓がバクバクしてきたのを隠して、勤めて平静を装う。


「いない」
「嘘だろ」
「本当だ。嘘ついてどうするっていうんだ。
…あんたの後はいない」


ついでにあんたの前も居ない、っていうのは心の中だけで。

スコールは、黙ったまま俺の顔をじいっと見つめて、それから横を向いて「……俺もだ」って、ため息をつくように言った。
ずっと息を止めていたらしいスコールの、ちょっと赤くなったように思われる横顔をじっと見ていたら、やっぱり横を向いたままで彼は手を伸ばして、俺の手をぐっと握ってきた。

どくんと心臓が跳ね上がる。

駄目だ!
駄目だ!
駄目なんだってば!

思ったが、何が駄目なのかわからなかった。


……どうしよう。
……どうしよう。
うーーーーーっどうしよう……。


そんな俺の心の中の葛藤などまるっきりわかってないように、スコールは微笑った。
それはそれは嬉しそうに、俺をあの頃のように「クラウド」と甘く呼んだ。



「……ああ、本当にもう!」


仕方がない奴!!
俺が、だ。

あれだけ駄目だとか思いながら、この手を振り払う事を思いつきもしないんだから。


「……くそ。仕方ない」
「クラウド?」
「本当に仕方ないから、憐れで可哀想なスコールにこの後も付き合ってやる」


ぱっと、スコールの顔が見た事ないくらいに輝いたのが見えたのは一瞬。
あとはスコールのコートのちょっと冷たい感触を頬に感じながら、ギュウギュウ抱きしめてくる彼の背に手を回した。






「なぁ、クラウド、そういえば…」
「うん?」
「どうして俺たちは、別れたんだっけ?」
「ああ、俺も気になってたんだ。
思い出せなくて」



さっきもそれ考えていたんだった。



なんでだろう?

あんなに好きだったのに、なんで離れてしまったんだろう。


わからない。

わからないんだけど。







なんか。

今も好きみたいだ。






なんか。

ずっと好きだったみたいだ。








あんたは?









Fin


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あきゅろす。
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