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アンドロイドCloudは電気羊の夢を見るか?D



閑話休題
ロボット三原則、について。


★第一条
ロボットは人間に危害を加えてはならない。
また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

★第二条
ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

★第三条
ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。




+ + +




自分の部屋が異次元に感じる。
ここの空気がこれほどまでに張り詰めたことがあっただろうか。
クラウドから視線を外さず、隙を見て飛び掛かるかそれとも逃げた方がいいか、と考えながら時間稼ぎを試みる。
セルフィはジリジリとドアの方に退きだした。


「で…あんたの頼みっていうのは、なんだ?」
「そんな怖い顔するなよ。危害を加えるつもりならとっくにやってる」


そんな言葉が当てになるわけ無い。
それに、逃げても無駄だとはわかっていることだった。33階から下りるのにアンドロイドの足に敵うはずが無いし、彼はここから飛び降りても平気に違いない。
駄目元でこいつとやり合うしかないか、とクラウドを睨みつける。
座ったままのクラウドは隙だらけだ――いや、そう見せているだけだろうが。


「かかってくるつもりだろうが、その前に話をしたいんだ。
ラグナを知ってるだろう?騒々しくて、お気楽で、うっかり者の。
あんたたちの事は彼に聞いた」


ふぇ!?とセルフィの口から、マヌケな声が漏れた。


「ラグナがあんたに相談しろと言ったんだ、俺の息子はSeedだからって。
今の所、俺の所有者は彼になっている。
確かめてもらっても構わない」


そう言うと、クラウドはタートルのジップを下げて胸を開き、自分の型番と認識番号を俺たちに見せた。
セルフィはそのクラウド(の裸)を見て赤くなったり青くなったりしながら、慌ててモバイルを取り出した。
暫くして、彼女は画面を見ながら頷いた。


「うわわ、はんちょ、ホントだ」
「待て。あいつが機械を持ってるなんて聞いた事もないぞ」
「んじゃ、今すぐラグナ様に連絡してみれば!?」
「……『様』なんてつけるな」


スコールはセルフィの言葉に心底嫌そうに眉を顰める。
セルフィは苦笑しながら言った。


「なんかさ〜、はんちょ、アレじゃない。
ラグナ様のことだから、ついうっかり言うのを忘れてたとか、突然見せてビックリさせようと思って黙ってた、ってオチじゃないかなぁ?
ほら、なんか、ちょっと特別な機械みたいだし」
「……あり得る」


確かに、あいつならどちらもやりそうだ。
俺たちの会話を黙って聞いていたクラウドが、多少の納得をみてもらえたところで、と口を開いた。


「話だけでも聞いてもらえるだろうか」
「話だけだ」


俺は、眉間に皺を寄せたまま渋々頷いた。
しかし、心の中ではコイツと遣り合わなくていいと、こっそり安堵の溜息を吐いていた。






今度はクラウドの向かい側のソファー、彼の正面に座りなおして話を聞く。
帰ろうとしていたセルフィも、恐る恐ると言う感じで俺の横に座った。
クラウドの話は『人捜しを手伝って欲しい』と言うものだった。


「俺の前の持ち主を探して欲しいんだ。データは残っているはずだ。
あんた、Seedなんだろう。どこでも顔パスだって聞いた」
「そんな訳があるか」
「少なくとも、俺が入れない場所には入れる」


クラウドはこちらを真っ直ぐに見つめて言う。その澄んだ瞳には真剣さが浮かんでいた。


「だったらフツーにガーデンに頼めばいいのに〜」
「セルフィ、ガーデンは機械の依頼は受けない」


俺がきっぱりと言うと、あそっか、とセルフィは頷く。
それを見遣りながらクラウドに先を促した。


「今から2週間前、俺を作った人間が突然居なくなった。
単に俺を廃棄するなりして出て行ったなら諦めもつく。が、何かを途中で放り出していくような人じゃないんだ。
その後、俺に知らされずに持ち主も変更されていた」
「ラグナ様に〜?」
「ああ。しかし、ラグナやその周囲の関係者に訊いてもそんな事実は知らなかったと言っている」


俺は、モバイルで元の持主だという人物のデータを見た。
――エアリス・ゲインズブール。某機械開発研究所勤務、となっている。
が、詳しいデータはロックがかかり、彼女の写真すら落とせない。
スコールは疑わしげにクラウドに言う。


「真実だという証拠は?」
「あんた忘れてるようだが、俺は嘘を吐けない」


ああそうだった、とスコールは思う。
クラウドは機械だったんだ。どうもクラウドといると、彼が機械だって事を忘れてしまう。
彼の話からすると、その研究員は何らかのトラブルに巻き込まれたと考えるのがスジなのだろう。
その間にもクラウドの話は続いていた。


「俺にも持ち主のサーチ機能くらい付いている。
でも、見つからない。生存確認すら取れないんだ。
そうなると、自ずとその人の居場所は絞られてくるだろう?」
「少し待て」


クラウドにそう言うと、セルフィに隣室に置いてあるPCで確認を取ってくれと頼んだ。
機械にもネットワークがあるのだろうが、人間の間にも一応そういうものはある。
セルフィは調べながら次々に分かっている事実を言っていってくれた。
ガーデン経由で調べた結果、彼女は研究所では出張扱いになっているが事実確認は取れず、本人にもまったく連絡がつかないと言うことだけだった。


「もう2週間になるってゆーけど、研究所の人たちは出張ってことで疑ってないみたいだよ、変なの〜」
「音信不通なのにか?」
「そぉ」


会社ぐるみで何かを隠蔽してるのかもしれないな、と思っているとセルフィが隣室から戻ってきた。
ついでに、彼女はさりげなくライオンハートのケースを持ってきてくれて、座る俺の足元に置く。心許無かったのが少しだけ安堵し、気が利くじゃないかとありがたく思った。


「あんたはどう思ってるんだ、クラウド?」
「わかってるだろう、スコール。俺が来た理由」
「……」
「わかった。俺から言う。
俺の考えは、彼女は俺の入れない所に居るんだと思う」


見つめる俺の目をしっかりと見返して、クラウドが言った。
ややあってから、俺は溜息を吐いた。


「……ルナポイントか」
「えぇッ!だって、あそこは!」


セルフィがあげる場違いな悲鳴を聞きながら、俺はジッとクラウドの貌を見つめた。その無表情からは何も伝わっては来ない。


ルナポイントというのは、昔の宇宙港ルナゲート跡だ。
俗に言う宇宙開発や地球外生命体との交流に使われていたその港は、人類の何度かの大規模な戦争の内に閉鎖されてしまった。
と言っても、それは一般に向けた表向きは、ということだ。
次々に入ってくる未知の文明は交易が続いている証だ。
度重なる人類の戦争でも、そこは彼らの高い技術で守られビクともしなかったらしい。
人間と機械の戦争が始まったとき、ルナポイントは機械の出入りを全面禁止された。
機械戦争の後、再び一般に開港されるとかされないとか噂は聞き及んでいるが、相変わらず機械はタブーのままらしい。
自分のサーチが利かない以上、クラウドはそこに彼女がいると踏んでいるのだ。


「なんでそんな所にィ!?」
「……」
「そこに潜入して捜してきて欲しいってこと!?
いっくらなんでもムリムリ!!
セキュリティすごいらしいし!中がどーなってるかわかんないし!情報なんて限られちゃってるし!」


なおも喚こうとするセルフィをまったく無視して、黙ってジッとクラウドが俺を見つめている。
彼は俺の答えを待っている。

断らなければならない。
が、俺にはさっき助けてもらった事もある…。
俺が逡巡していると、クラウドが口を開いた。


「なぁ、スコール。
俺って人間に見えるか?」
「あ、ああ、まぁ…」


見えるなんてモノじゃない。
未だに、言われないと彼が機械だってことを忘れてしまうくらいには人間に見えている。
場違いな発言に思えたそれは、次のクラウドの言葉で意味を成した。


「入り口のセキュリティだけ誤魔化せればいいんだ。入ってしまえばなんとかなる。
だから、そこまででいい。なんとかならないか?」
「クラウド、自分で潜入するつもりなのか!?」
「俺が行くのが一番早い」


思わず声を大きくしてしまったが、クラウドは静かに頷いた。


「クラちゃん…そんなに大事な人なんだ?」
「…ああ」


頷いて視線を下げるクラウドの姿に、なぜか不愉快な気分が持ち上がってくる。
なんなんだ、これは。なんだかモヤモヤする。
自分の遣り切れないような感情を変だと思っていると、セルフィが握りこぶしでバッと立ち上がった。


「よっし、やろ!!
はんちょ、やっちゃおーよ!
大丈夫、クラちゃん。アタシがいろいろ調べてきてあげる!」
「セルフィ!ちょっと待て」
「大丈夫。ガーデンにははんちょが話通してくれるよ!
それまで、ここに居るんだよね?
じゃ、はんちょ、クラちゃんヨロシク〜!」
「待てと言ってるだろう!」


俺の返事も聞かずに、セルフィは元気良く部屋から飛び出して行った。
台風が去ったように静かになった室内に、俺はクラウドと二人で残されてしまった。

クラウドは、相変わらず俺を見つめて答えを待っているので、なんだか居心地が悪い。
さて本当にどうするか…と思うのに、クラウドを見ていると俺の心は断るという選択肢を捨てようとしている。
なぜだ?どこをどうしてこうなったんだ。いったい誰の所為なんだ。


「クラウド」


こうなれば、全部をあの男の所為にしてしまうのが一番手っ取り早い気がした。
クラウドを焚き付けた張本人の、あいつ、だ。
そう思いながらクラウドを呼んだ。









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あきゅろす。
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