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アンドロイドCloudは電気羊の夢を見るか?B




煙草の密売(と言うには派手すぎだが)現場から早々に逃げ出し、俺はクラウドをつれてマンションに戻ってきた。
一息つくのは、33階まで上ってからだ。


「はー…」


毎度のことだが、俺はやっとの思いで33階まで上がって来た。クラウドは涼しい顔だ。
エレベーターがぶっ壊れていても下りはまだいい。問題は上ってくるときだ。
さすがにここまで一気に上がってくるのはキツイ。
クラウドが居なければ途中でちょっと休憩を入れてもよかったが、そんな事をしようものなら、彼は俺をおぶって上がりそうだ。
そんなの冗談じゃない。


「無事に着いたな。じゃ、お大事に」


部屋の前まで来ると、クラウドは俺の腕を下ろして踵を返そうとした。


「待てよ。あんた、行くとこあるのか?」
「まぁ、どこにでも行くが」
「茶化すな」


俺が言うと、クラウドは肩を竦めてみせる。


「スコール、得体の知れない俺なんかをテリトリーに入れないほうがいい」
「どこか別に行きたい所があるのか?
それなら、無理にとは言わないが」
「ない、が」
「だったら……。あ!
あんた、持ち主はいるのか?」
「今頃それを訊くか」


今はいない、とクラウドは言った。
その顔が、スコールにはなんだか少し寂しげに見えた。


センサーに手をつけ、瞳を合わせてドアロックを解除する。
先に立って部屋に入り、手に持っていた空のペットボトルをダストボックスに投げた。
クラウドは開いたドアの所で一旦止まり、気配を探るように身構えてからゆっくり部屋を覗く。


「あんたよりいい機械なんて、うちには無いぞ」


気づいて、声をかける。
それでもクラウドは左右を見回しながら、多少の緊張を持って部屋に入ってきた。


『おかえりなさい』


声がした。
クラウドが視線だけでその声の主を見て、興味を無くしたように視線を逸らした。
声の主は、俺の前の借主が置いていった鳥型のロボットだ。鳥かごに入っている。
とんちんかんじゃない受け答えがたまにできる程度でなんの役にも立っていないが、捨てるのも面倒でそのまま置いている。


『いらっしゃいませ、お客さま!こんにちは、ごきげんよう!今、お茶の時間です!』
「わかったわかった」


俺はクラウドに、とりあえずソファーに座るよう促した。
彼はそんな俺を見てから、もう一度部屋を見回す。


「どうした?」
「あんた、家事ロボットも使ってないのか」
「ああ」
「ふうん。…もしかしてスコール、機械は嫌い?」
「いや、置こうと思ったことがないだけだ。
自分でやった方が早いしな」
「ああ、マシンフォビアかと思った。
…よかった」


呟くクラウドの口元が、少しだけ緩んでいるような気がする。
クラウドはソファーに座ると、ポンポンと軽く隣を叩いた。


「スコール」


俺を呼ぶ。…隣に座れという事だろうか。
まさかいそいそと横に座るわけにもいかず、俺は突っ立ったままクラウドを見て、なんだ?と訊いた。


「話をしないか」
「何のだ?」
「まずは礼を言う。ありがとうな」
「は? だから、なんの?」


自分でも、なんて間の抜けたセリフだと思った。
でも、クラウドは気にした様子もなく言葉を紡ぐ。


「だって、スコール。俺なんかを家に入れてくれた」
「ただの成り行きだ。
それに、助けられたのは俺なんだ、礼を言うのは俺の方だろう」
「あれはただ、あいつ等が気に食わなかっただけだ」
「でも、大丈夫なのか?
一応あれでも警察の機械だぞ」
「平気だ。人間に手を出したわけじゃない」


クラウドはそう言うと、その揺らめく瞳で俺をジッと見つめてきた。
彼の瞳を見返しているとなんだか落ち着かない気分になってくる。でも、目を逸らしたくないとも思ってしまう。
そのまま言葉を探そうにも手持ち無沙汰すぎて、仕方ないのでキッチンに立ってお茶を入れることにした。…別に逃げるわけじゃないが。
声をかけて俺がキッチンに移動すると、クラウドも立ち上がってついてきた。
俺の横に立ち、湯を注ぐ手元をジッと見ている。


「なんか珍しいものでもあるか?」
「俺に『お茶を淹れろ』とは言わないんだな」
「あんたは俺の物じゃないし、第一、やったことあるのか?」
「ない。知識としてならあるけど」
「それなら自分で淹れた方が早い。それともやってみたいか?」


あまりにもジッと見つめてくるので、横目でクラウドを見ながらそう訊くと、いや、と返ってくる。
その彼の綺麗な横顔にやっぱり目が行ってしまう。
と、クラウドがこっちを向いて、大きな目をして俺を見つめた。


「なぁスコール。俺の顔はあんたの好みか?」
「ばっ、莫迦!あんた、なに言って…アチっ!」


慌てて、注いでいたマグからちょっとお湯を零してしまった。


「危ないぞ」


クラウドは俺の手からポットを取って置き、ポットの代わりのように俺の懐にスルリと入ってきた。
そうして潤んだ瞳で俺を見上げて、俺の背に手を回してきた。
……み、身動きがとれない。


「スコール…」
「く、く、クラウド!?な…ッ」
「そんな慌てるなよ。今…」


今?
今、なんか言うのか!?
今、なにかしてくれるのか!?
今、どうするんだ!??


その続きは聞けなかった。
急に玄関のドアが開いて


「はんちょ帰ってる〜あーもうココの階段キツくて死んじゃう〜!」


と息を切らせたセルフィが飛び込んできた。
しまったドアロックしてなかった、と思ったが後の祭りだ。

セルフィは額に浮いた汗を手で拭いながら部屋を見回して、俺を見つけて、そのまま固まった。
クラウドに擦り寄られたままで、俺も固まった。
クラウドは彼女を無視して、わざわざ俺の肩口に擦り寄るように顔を埋めてきた。


『いらっしゃいませ、お客さま!こんにちは、ごきげんよう!今、お茶の時間です!』


鳥だけが、空気の読めない甲高い声でがなり立てていた。









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