[携帯モード] [URL送信]
アンドロイドCloudは電気羊の夢を見るか?@
Does Android Cloud Dream of Electric Sheep?






『煙草』の自動販売機が、夜中になるとコッソリ出ているという噂を聞いた。
その日、俺は深夜になった帰宅の途中で通りかかった公園に何気なく目をやった。
案の定、真夜中だというのに広場の自販機の前は黒山の人だかりで、この分では機械警察が来るのも時間の問題だろう。
単なる噂じゃなかったんだな、と思いながら俺は足を止め、公園の入り口の階段の上からなんとなく見ていた。


『煙草』は今から数年前に発売禁止になったシロモノだ。
ガン、脳卒中、不妊症を始め様々な病気をいくつも併発した上に、毒性も強く、幻覚症状があり、中毒症になって止められなくなるという厄介なものだ。
受動喫煙の方がさらに害があると言うのだから、周囲で吸っていたら堪らないだろう。
まぁ、今に至るまでよく売られていたものだ。

製造及び販売の禁止は止むを得ない措置とはいえ、どこにでも抜け道はある。
外で堂々と吸えなくなりはしたが、今でも手に入れようと思えばさほど難しい事ではないようだ。現に、吸っている奴を何人か知っている。
だが、この公園で売られているものは、害をなくすどころかトリップ効果を上げたヤバイものらしい…と、さっき横を通り過ぎた誰かが言っていた。
常習性も強いそうだ。勿論、値段もバカ高いのだろう。
それでも一服したいと欲しがる人間は後を絶たない。


『押サナイデー。一列ニ並ンデクダサーイ』
『小銭ヲ用意シテクダサーイ』


不恰好に角ばった自動販売機が、群がる人々を前に甲高い声で偉そうにがなりたてている。
その声にあわせる様に、人だかりが列を作ろうとノロノロ動きはじめた。




「莫迦らしい…」

ふと見ると階段の数段下の斜め足元に、目を見張るほど綺麗な顔立ちの少年が腰を下ろして呟いていた。
いつの間に…と違和感を感じ、少し警戒して彼を見た。
黒のノースリーブタートルに黒のパンツ、暗くても輝きを失わない金髪に不思議な揺らめきを持った青の瞳。
美しい。でも、彼は人間ではない。
人間の外観によく似せて造られてはいるが、アンドロイドと俗に言われる機械だろう。……多分。
少年のタートルから覗く左首筋に、機械の証であるタトゥーのような紋章が刻まれていた。
もっとも、最近はそれを真似たタトゥーも流行っているから、すぐにすぐ彼が機械だとは言い切れないだろうが。


「…あんた、機械(マシン)か?それとも人間(ヒューマン)?」
「機械だ」


興味に駆られてつい口を開いてしまうと、細い指で首筋を指しながらぶっきらぼうに彼は言った。
もし、この答えが本当なら彼は機械に間違いない。機械はウソをつかない。
もし、彼が人間なら…この答えはウソだ。人間は嘘をつくから。
なんだ。
結局どちらかなんてわからないってことか、と俺は思った。


「莫迦莫迦しいな。
あんた、そうは思わないか?」


彼が、自販機に群がる人々を見つめながら呟いた。
彼の視線の先に俺も目を遣ると、まだ人々が大勢群がっていた。
しばらくすると、自販機の声に促されてようやく列になり始めたばかりの人だかりの向こうに、けたたましいサイレン音を立ててパトカーが現れた。
機械警察が来た。
あっという間に人だかりはバラバラと崩れて、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。


「あんたは欲しくないのか?」


つい、口に出してしまった俺の問いに、少年は首を横に振る。


「いらない」
「最近は紙でなく葉のままで巻いてあるのが流行ってるんだそうだ。
紙巻よりも効くらしい」
「あんた、詳しいんだな」


彼は無表情で俺を見上げた。俺もそのまま彼を見つめる。
綺麗というか端整というか、今まで見た中でも最高レベルの美人だ…男性型ではあるが。
そんな事を考えていたら、少年が口を開いた。


「欲しいのか?」
「ああ、まぁ、手に入るものなら」


自分でも珍しいと思うぐらい無防備に喋っている。その自覚はある。
煙草自体を試してみたい訳でも、欲しいわけでもないが、噂が本当かどうかの興味くらいはあった。


「頭がおかしくなってブッ飛ぶんだそうだ。
それでも?」
「それも面白いかもしれないだろう。
でも、残念ながら金がない」


俺がそう言うと、彼は淡々と、ああ俺もだ、と言った。


「機械もタバコって効くのか?」
「さあ、試したことはないが。効いたら面白いだろうなぁ」


そんな別次元にいるような話をしているうちに、パトカーからはマシン警察官がワラワラと下りて来て、自動販売機とそれに群がる人々を捕まえだしていた。
公園内はちょっとしたパニック状態で大騒ぎだ。
でも、ここから見ているとまるで映画のワンシーンのように見える。


「欲しいのなら、少し待っていろ」


少年はその騒ぎを尻目にそう言って立ち上がると、騒ぎの只中にある自販機の方にスタスタと歩きだした。


「あっ、と、待て!
危ないぞッ……痛ッ!!」


慌てて後を追いかけて呼び止めようとした俺の腕を、誰かがグイッと後ろ手に掴みあげた。
痛みをこらえて振り返ると、マシン警察官だ。


「やめろっ!!俺は違う!」
『アナタ、ヲ、麻薬取締法違反、デ、逮捕、シマス』


感情も顔もないヒューマノイドは、機械的な声でそう言うと、俺の腕を引っぱって連れて行こうとした。


「煙草なんか持ってないだろうが!」


俺は、腕を離そうと抵抗しながら、思いっきりマシン警察官の下っ腹に蹴りを入れた。
しかし、ゴンと鈍い音がしただけで凹みもせず、俺の足の方が痛かった。


『抵抗スルト罪ガ重クナ・・・』


最後まで言い終わらないうちに、いつの間にか傍に戻ってきていた少年が、マシン警察官に蹴りを入れた。
彼の足首までがスッポリと警察官の腹をブチ破り、バチバチと火花が散った。
彼の手が、俺を掴んでいた警察官の腕を根元から引きちぎり、俺から離してポイと放り投げる。


『公務シッコココ・・・・ピュー・・・ガガ・・・ッ・・・』

「行こう」


ノイズが入って動かなくなった警察官をその場に蹴り転がすと、他のマシンが集まる前にと、彼が俺の手を引っぱってその場から走り始めた。









[次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!