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あんたはペット 5






クラウドが居付いてから数日後。
その日、ガーデンはいつになくザワついていた。


神羅の大御所が訪れたのだ。
一目見ようと我も我もとひっきりなしに見物人が訪れる。
相手が英雄ならば、その持て囃されぶりも納得できるというものだろう。
スコールは混雑するロビーの様子に首を傾げ、それから件の人物を見つめて動きを止めた。

長い銀髪に翠の目を持つ長身の男。
神羅の銀鬼、セフィロス。

スコールがロビーにいることに気がつくと、人垣が左右に分かれた。
どうやら皆、遠巻きに眺めているだけで声をかける者がいなかったようだ。
受付は何をしているんだと思いながら、仕方なく英雄に歩み寄った。


「失礼します。ご用件を承っておりますか?」
「シド・クレイマーと約束がある」
「…ご案内します」


受付でアポを確認し、セフィロスが頷くのを見てから、スコールは先に立って歩き出す。
後をついて来る野次馬がいるかと心配したが、煩かったざわめきが遠ざかるのに一安心して奥へ向かった。

(それにしても、神羅の英雄がガーデンに何の用なんだ。
それも、彼が直々に出向くような用件なんて…。
さっぱり思いつかない)


「君は確かSeedの…」
「スコール・レオンハートです。はじめまして」
「噂はかねがね聞いている。優秀だそうだな」
「恐縮です」


セフィロスの言葉に、スコールはらしくもなく伏せ目がちに頷いた。
何の噂だ、とは突っ込めない心の声だ。
それを見透かしたように、英雄は続ける。


「そう言えば、魔女の騎士を辞めたと聞いたが」
「どこからそんな噂を拾われたのか存じませんが、おっしゃる意味がわかり兼ねます」
「ほう。それは失敬」
「いえ」


神羅の情報もたまには間違うらしい、と笑みを含んだような声音で言われて。
半歩前を歩きながら、スコールは関係者全員を殴ってやりたい気分だった。

学園長の部屋まで案内して入口で別れると、ガックリと疲れが出た。




*  *  *





一日が終わり、疲れを引きずったままスコールは帰宅した。
クラウドは家に居なかった。
どこかに出かけているようだが、大丈夫だろうか。
まぁ、メモも置いていないところをみると、すぐ帰るつもりなのだろう。

あの後、セフィロスはごく短時間の面会で帰ったようだ。
その事について学園長から何か話があるのかと思ったが、そのまま何もなく、肩すかしを食らったような気分だった。
そうして、なんだかイライラしているような、単に疲れているような、ザワザワと落ち着かない気分をずっと引きずっている。
虚空を見詰めていたスコールを我に返らせたのは、押し殺したようなクラウドの声だった。


「…た、…だいま」


ゼェハァヒューヒューと喉を通過する音が彼の状態を如実に表していた。
白い肌が上気して顔が紅く色付いている。
その頬を汗が流れ、クラウドは靴を持ったままクローゼットに駆け込んだ。


「…あんた、追いかけられてきたのか?」


後を追いかけて声を掛けたスコールに軽く頷いて、クラウドは声を潜める。


「撒いたとは思う。
でも念のためだ。
置いてきたフェンリルのことが気になって、こっそり遠くから見ようとしたら見つかった。
くそ。
とことん追い掛けられた…わかってたけどしつこいんだ…」

(フェンリル?なんだそいつは)

そう訊けば簡単なのになぜか素直に訊けない。
無意識にスコールの眉間に皺がよる。
それを見たクラウドはバツが悪そうに言った。


「わかってる。
軽率な行動は控えろって言うんだろ?
でも、俺にもいろいろあるんだ」


クローゼットの隅で肩を落としたクラウドに、シャワーでも浴びて来い、と言って背を向けてスコールはリビングに戻った。

いくらしつこいといっても、マンションの部屋まで逃げ込んだ人間を探し出せるヤツは滅多に居ないだろう。
ずっと張り込んでいたら気付くかもしれないが、それが成功する前に不審者として通報される筈だ。
されなきゃ、こっちからするまでである。

(あー、ペットは平和でいいよな…)

クラウドとが聞いたら激怒するような事を内心呟きつつ、スコールは一つ溜息をついてからキッチンへ向かった。

この時間――普段ならとうに晩御飯の支度が出来ているはずだった。
スコールはそれまで何をする気にもなれず、彼にしては珍しく時間を無駄にしていた。

(…軽いものにしておくか。食欲もないし)

ゆるゆると頭を振ってから冷蔵庫を開けて中身を見、サンドイッチとスープでいいかと思う。
クラウドのデザートは昨日買ったクッキーで間に合うだろう。
水道で手を洗おうとしたところで――

『ピンポーン』

インターホンが来客を告げた。



「はい」

外部スピーカーに伝えられたスコールの声に、相手は礼儀正しく応じた。

『夜分失礼いたします。こちらで不審な男を見かけていないかお伺いしたいのですが…』

女性の声だ。

(おかしい…ストーカーは男だってクラウドは言っていた。
…まさかと思うが、別口?)

そんなもの知るか!と言いたいのを堪えてスコールは続ける。


「不審者?」
『マンションの住人じゃないのに出入りしているとか、金髪碧眼のチョコボとか』

(ピンポイントじゃないか)

『見かけられましたか?』
「いや。そういう風体の奴を見たら通報しろと?」


色々言いたい事は堪えつつ、スコールはインターフォン越しに問いかける。


『恐れ入ります。こちらの名刺を置いていきますので、ご協力よろしくお願いいたします。失礼いたしました』


(…クラウドはいったい誰に追われているんだ?
ストーカーは一人じゃないのか?
もしかしたら、ヤバイ仕事でもしていたのかも。
それとも……)

(…わからん)


インターフォンが静まり返った後で、また考えながら時間が経ってしまったようだ。
クラウドが濡れた髪のまま首にタオルをかけてキッチンに現われた。


「誰か来たのか?」
「いや…」

(この場合は言った方がいいんだろうか。
あんたを追っかけてる『女』が来た、って。
でも、やっと馴れてきてくれたところなのに。
………。
………。
………俺が調べてから、後で訊こう)


「クラウド、ちゃんと頭を拭け。風邪ひくぞ」
「平気だ。ドライヤー使ったって言うこときかない髪なんだから、自然乾燥が一番だ」
「そういう問題じゃない。
ほら、床に水滴が落ちてる」
「あー」


バスルームから点々と水が滴っている。
クラウドはやっと自分の足元を見た。
そうして、首からタオルを取ると床をゴシゴシと拭き出した。

(だから、そういう問題じゃないって言ってるだろう。
ああ、ほら、拭いてる傍から、髪の毛から垂れてまた濡れてるじゃないか。
どうもコイツは大雑把と言うか、拘らないというか…ある意味、さっぱりした性格なんだろうが)


放っておくと、床を拭いたタオルでまた髪を拭きそうだ。
スコールは足早に洗面所からタオルを取ってくると、床に蹲るクラウドの頭に被せて拭きだした。


「ちょ、いいって!」
「あんたが頭を拭かなきゃイタチごっこだ。ほら、こっち」


ジタバタして手を振り払おうとするクラウドを、ヒョイと脇に抱えてソファーに連れて行き、隣に座らせて丁寧に髪を拭く。


「…あんた、ムカつく。ちょっとくらい俺より体格がいいと思って!」


最初は真っ赤になって文句を言っていたクラウドだが、やがて諦めて大人しくなった。
そうして乾き始めた髪は、柔らかくスコールの指の間を抜ける。


「……はー」
「なんだ?」
「あんたって、ほんと世話焼きだよな…」
「そんなことはない」
「これも飼主の責任ってとこ?
俺ってホントにペットなんだ」
「………」
「こんなに良くしてもらってるのに。
なんか、癒しにもなれなくて悪い気がしてきた…」


(十分癒されてる、って言ったらどうする?
ほら。いつの間にかさっきまでのささくれた気分が無くなっている)

(それにしても、手触りのいい髪だ。
普段はあれだけツンツンしてるからもっと硬いのかと思ったのに…。
それに、この甘いような匂いはなんだろう。
おかしいな、同じシャンプーを使ってるのに)


心の中で呟いてからクラウドの髪を撫で、嫌がられないのをいいことにそのままふわふわと撫で続ける。




スコールは郵便受けに入れられたはずの名刺を取りに行かなかった。









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あきゅろす。
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