あんたはペット 3
「まぁ、それで家に残してきたの?!
それってすごく危ないじゃないの!」
「はんちょ、警戒心なさすぎ〜!」
翌日のガーデン。
スコールの同僚、キスティスとセルフィはガタリと椅子を倒さんが勢いで立ち上がって捲くし立てる。
「このご時世、何があってもおかしくないんだよ〜?!」
「無用心にも程があるでしょう。
手の込んだ泥棒かもしれないわ」
「あー…まぁ…」
対するスコールは頬杖ついて天井を見上げた。
「でも、似てるんだ」
「え、誰に?」
「………ぽち」
「ぽち?はんちょ、ぽちって何?」
「…ポチって、あのポチ?」
すっかり追憶に嵌っているらしいスコールから応えはない。
キスティスは溜息を吐いてセルフィに言った。
「ほら昔、孤児院にいた時にスコールが白い子猫を拾ってきたことがあったじゃない」
「あ〜?…あーあー、ネコなのに『ポチだ』って言い張ってたやつ!」
「そうそう。孤児院じゃ飼えないからって、すぐに他に貰われて行ったんだけど。
スコール、こっそりベソかいてたみたい」
「あはは!かわい〜い」
「うるさい!」
スコールの盛大な仏頂面に、二人は慌てて口に手を当てて黙った。
「で、でも、はんちょ。やっぱり家の鍵はヤバいって〜」
「そうね。だって、似てるって言ったって人間でしょ?」
「………」
「スコール?」
(普通に考えればそうなんだが、言ってることは事実だってなぜか信用できるんだ。
別にポチが帰って来たと思ってるわけじゃないんだ。
ただ、あいつ、小動物系っていうかなんていうか……不機嫌に毛を逆立てた様もなんだか目が離せなくて。
それに、あの目で睨まれるとちょっとときめくっていうか…いやいや、違う違うそうじゃない。
でも、自分でも不思議だがやっぱり疑う気になれない。
なぜだろう…)
「スコール?」
「おーい、はんちょ、戻ってこ〜い」
思いに沈み込んで遠い目をしているスコールに、二人は溜息を吐いた。
* * *
その日の夕刻。
無理矢理ついて来たセルフィとそのお供のアーヴァインを伴ってスコールが家に帰ると、まだ彼はそこに居た。
昨夜スコールから借りたダボダボのTシャツとスウェットの裾をかなり捲くった格好で、ぼんやりとソファーに座っている。
その様は、子猫と言うよりも卵の殻の中の子チョコボのようだ。
テーブルにはスコールの渡した鍵がそのままで置いてあった。
「あんた、帰ったんじゃなかったのか?」
先に部屋に入り、彼を目にしたスコールはちょっと驚きながらそう言った。
彼は、帰るとこなんて…と呟いたようだったが、その直後。
「ポチ〜、ポチどこ〜?」
スコールの後ろ付いて部屋に入ってきた二人は、スコールを脇に押しのけて彼を見つけ、食いついた。
「うわわ!びっじーん!!
ちょ、はんちょ、こんな綺麗な子だって言わなかったやん!」
「スコールってば!あの話は、実はこの美少女と同棲するための前振りじゃないの!?
やっぱりリノアと別れちゃったんだ!
泊めたってことは、もう既成事実とか作っ…ッ」
「黙れ!こいつは男だ!」
二人ににほぼ同時に叫ばれて、彼は弾かれた様に顔を上げた。
眉根を寄せて睨むその美貌に、二人がほぅっ、と感嘆の息を吐いて見蕩れている。
スコールは彼に向き直って『大丈夫だ。こいつ等は俺の仲間だ』と言ったが、彼はソファーから立ち上がりながら三人を一瞥すると、ふいっとキッチンの方に行ってしまった。
「ごめーん。驚かせちゃったみたい。
それにしてもキレ〜イ」
(あれは『怒らせた』って言うんだ)
「ほんと。シャイな美人さんだね、可愛いなぁ…。ね、なんて名前?年は?」
(え…?)
そう言われて初めて、名前も年も訊いてないことにスコールは気がついた。
が、それを二人に言ってどんな反応が返るか見えているので、言わずに逆に訊き返した。
「もういいだろう。どうだ危なそうに見えるか?」
「どっちかって言えば、スコールの方が危険人物に見えるなぁ」
「あはは!はんちょ、断定された〜」
スコールは、指差して笑ったセルフィを一睨みし、アーヴァインの頭を勢いに任せて叩く。
そして、『だったらいいだろう、もう帰れ』と背中を押して二人を玄関から追い出した。
部屋に戻ると、彼は無表情のままキッチンのシンクに凭れていた。
(さて、なんて言おうか。
名前を訊くのも今さらな気がするが…)
スコールがそう思っていると、彼の方から口を開いた。
「あんたに一言礼を言ってから出ようと思ったんだ。ご飯、美味かった」
「あ、ああ」
「あと、悪いけどこの服借りておいていいか。後で必ず返すから」
「いい、が…」
「…ありがとう」
そう言うと、彼は微かな笑みを浮かべた。
春風が吹いたようなほんのりした笑みに、目が離せなくて凝視していると、彼は玄関の方に歩き出した。
思わず、その背中に声をかけた。
「待て」
うん?と振り返り首を傾げる仕草がまた小動物染みていて。
咄嗟に、なんて声をかけていいのかスコールは迷った。
迷って、迷って、言った。
「腹、へってないのか?
アンタ、今日一日何も食べていないんだろう?」
(それはないだろう俺!よりによって食い物で釣るなんて)
「あ…だいじょ…」
言いかけて、こいつの腹が『ぐうう〜〜〜っ』と盛大に鳴った。
真っ白い頬がみるみる紅く染まっていくのは、いっそ見事だった。
「違う、違うんだ!そんなんじゃない!」
「わかった。今、何か作る」
「いい、ホントに平気だからっ…!」
「食べてからでも遅くはないだろう」
「いや。それは」
「一人分でも二人分でも一緒だ。
それに、あんた行くところがあるのか?」
「…だ、大丈夫だ」
(ホモの追っ手がウロウロしてるのにか?
そもそも、靴もないんだから追われたら逃げられないだろうに)
「ここに居てもいいんだぞ?」
つい甘い言葉が口をついて出た。
とたんに彼は慌てて後退りし青褪めた。
その理由に思い至った俺は苦笑した。
「莫迦。俺にそういう趣味はない。
勿論、監禁なんてしない。
…アンタは好きな時に出て行って気が向いたら帰ってくればいい」
俺はキッチンの壁に凭れた。
彼は黙って聞きながら、俺に探るような目を向けている。
「まぁ、野良猫に軒先を貸すようなものだな」
「エサをやったり、遊んだりってことか?」
「遊ばなくてもいい。でもまぁ、そんなものだ」
(遊び方なんてわからないし)
俺がその言葉に頷くと、そいつは可笑しそうに笑い出した。
「ペットってこと?
あんた、変なヤツだな。
普通人間相手に言うか?ペットになれって」
「あー、確かに」
しばらく笑ってから、彼は頷いた。
「わかった。それでいい」
「うん?」
「だから、ペットでいい。
あんたも変わってるけど俺も相当だからな」
(確かに)
「先に言っておくが。俺に可愛い仕草なんて期待するなよ?」
「ああ」
(そのままでも結構可愛いんだが…。
そんなこと言ったら爪を立てられて出て行かれそうだ)
「ところで、あんたの名前は?」
「付けてくれるんじゃないのか?」
「やめてくれ。そこまで酔狂じゃない」
「そうか。クラウドだ。
クラウド・ストライフ」
「わかった。じゃ、クラウド、飯にしようか」
「ああ」
あんたも手伝うか?と訊いたら、困った顔で『できないんだ、料理は』と言われた。
やっぱり、俺が餌付けするのか…。
こうしてコイツと俺の妙な関係が始まってしまった。
→
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