あんたはペット 2
「…あ……」
「気がついたか」
流石に汚れた子供を自分のベッドに入れるには躊躇いがあったので、ソファーに寝かせて毛布をかけてあった。
少年は、のろのろと身を起こした。
「…あんた、だれ?
…俺を売り渡すつもり?」
「介抱してやったというのに随分失礼だな」
不機嫌なことがわかりやすいように眉根を寄せると、そのガキは大きな蒼い瞳をパチクリと瞬かせた。
「…ああ、そうか。
ここ、どこ?」
「俺はスコール、ここは俺の部屋。
状況把握ができたところで、アンタどこか痛い所はあるか?」
「え…?」
そう訊くと、身体のあちこちを手で触ってキョロキョロと見回している。
その後、ふるふると首を横に振った。
よく見ると、空を映したような明るい碧い瞳、表情がなくて残念なくらい綺麗な顔だ。
最初はなんだか生意気だと思ったが、仕草は愛らしい。
「…ごめん」
ジッと観察していたら、そう言われた。
別に謝れと言っていた訳ではなかったのだが、説明するのも面倒なので頷いておいた。
でもその後、そいつはだんまりになってしまった。
動かないそいつを残し、とりあえず俺はシャワーを浴びてきた。
その後、風呂に湯を張って、汚れを落とすようにそいつを風呂場に追いやってから、簡単な食事を作った。
風呂から上がってこざっぱりしたそいつと遅めの夕食をとった。
着替えは俺のTシャツとスウェットだ。汚れた服は今動いている洗濯機の中にある。
空腹も満たされて、コーヒーを淹れてリビングに落ち着いてから、やっと口の重かったヤツがポツポツと喋りだした。
「俺…色々あって…」
(ボロボロの格好で裸足でダンボールに詰まってるような色々、だよな)
「でも、もう一度ちゃんと生きてみようとしてたんだ」
(…ちゃんと生きてその有様なのか)
「幼馴染の所に居候させてもらって、仕事もして、なんとか普通って呼ばれる生活をしてたんだ」
(良かったじゃないか。
あ、待てよ。
仕事ってことは…いくつなんだ、こいつ。
未成年じゃないのか?)
「でも、いきなり俺の事『兄さん』とか呼ぶ自称弟が三人も出てきたり。
本当にしつっこい烏賊ストーカーに付き纏われたり」
(イカ??…なんかいきなり話が明後日の方に逸れてないか?)
「そいつは常識が通用しないのは知ってたけど。
俺、いきなり問答無用で拉致監禁されて」
(ストーカーにか?…普通、それは犯罪って言うぞ。
まぁ、これだけ綺麗な顔をしてるんだから、ある意味では納得できるが)
「『お前は私の人形だ』なんて言われて」
(ある種の愛の告白と取れなくもないが。
とにかく独占欲の塊らしい。…凄まじく歪みまくっている、という俺の見解は正しいよな)
「押し倒されかけたんだけど風呂使わせろって抵抗して、シャワー使ってる振りして窓から雨樋伝って逃げ出したんだ」
(それで、その格好か)
そいつは、ハァと疲れたような溜息を吐いて首を振った。
「……随分スペクタクルな色々だな」
俺の感想が端的過ぎたようで、そいつは少しムッとしたように眉を顰めた。
「だって、それ以外にどうすればよかったんだ?
あのままあそこにいたら、俺はいつか死ぬ。
って言うか、すぐ死ぬ。
その自信が俺にはあるぞ」
(なんの自信だ…まったく。
あんたを好きな奴なんだろう?ムザムザ殺しはしないさ。
…ただ、想像したくないような目には遭いそうだがな)
「その女を上手く丸め込んで逃げ出せばよかっただろう」
俺がそう言ってやると、こいつは無表情のまま器用にフンと鼻で笑った。
「ヤツは男だ」
(ああ……そりゃ逃げるわ)
スコールはソファーで毛布に潜り込んだそいつに、
『俺は明日の朝早い。好きな時に出て行け』と言い残してテーブルに鍵を置いた。
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